7話

「艦嬢・陸奥に通信! 『志摩中佐の水雷戦隊支援のために支援砲撃を行う。陸奥も本艦と共に支援砲撃を求む』と!」

「承知した」

 笹栗の指示に三笠も即座に対空戦闘中の戦艦・陸奥に通信を繋げる。

 笹栗はそちらを見ずに周囲を見渡す。

 矢矧と浜風の対空戦闘の甲斐もあって嵐電は続々と信濃から発艦している。そしてそれにつれて空域も日本軍が有利となっていた。

「……いけるか?」

 そう呟いた瞬間であった。レイン・クロイン艦載機との空戦によって落とされた嵐電が三笠を掠めるように落ちたのだ。

 揺れる三笠。嵐電の破片が三笠を襲う。

 三笠は幸いなことに無傷で済んだが、三笠は笹栗を見て驚愕の声をあげる。

「提督!」

 嵐電の破片があたったのか右腕の肘から先がなくなっている。

 飛び交うレイン・クロイン艦載機を三笠は機銃で迎撃しつつ、笹栗のところへと向かう。

「提督! しっかりしろ!」

 三笠は必死になって声をかけるが笹栗は起きる気配がない。

「額の傷は……大丈夫だな。問題はこちらの傷か」

 三笠は最上艦橋に取り付けられていた医療キットを使って笹栗の傷口を塞ぐ。額の傷は問題なく血止めを行って包帯を巻けたが、腕は血を塞ぎようがない。

「どうするべきか……えぇい! 考えろ三笠!」

 そう叫んだ三笠の視界にあるものが入る。

 未だに熱を放出している嵐電の破片であった。

 三笠はも少し迷ったが、覚悟を決めてそれを掴む。人の身であれば熱くて持てなかったであろうが、三笠は艦嬢である。問題なく、それを持ち上げる。

 そしてそれを笹栗の傷口へと押し当てた。

 肉が焼ける音と共に気を失っている笹栗が苦悶の表情を浮かべる。

 しかし、その行動のおかげで笹栗の血は止まる。

 そこに包帯を巻きながら三笠は艦の周囲を見渡す。

 矢矧と浜風、そして他の艦の対空戦闘によって信濃は安全に嵐電を出撃させている。

 そうなると残る問題は一つだ。

「那智、レイン・クロイン艦隊を頼むぞ……!」



 那智は自分の艦橋で腕を組みながら近づいてくるレイン・クロイン艦隊を睨みつける。

 那智は一時的に笹栗の命令で志摩の艦隊に配属されていた。それというのもレイン・クロイン艦隊の迎撃のためだ。

 笹栗から那智にくだされた命令は一つ。

『レイン・クロイン艦隊の撃滅を』

 その命令を思い出して那智は獰猛に笑う。

 重巡洋艦・那智は第二次世界大戦開戦以前から戦っていた艦船だ。さかのぼれば第一次上海事変の警備から始まる。

 だが那智の戦歴は屈辱の歴史であった。

 誤射や誤認が多く。あまつさえ戦闘の最中であるとは言え友軍である最上との接触事故。そして最後は空襲によって何もできずに沈没した。

 だから那智は戦闘を求める。

 自分は戦えるという証明のために戦いを求める。

『笹栗艦隊の那智ですね』

 空間ディスプレイに浮かび上がった顔をじろりと那智は睨む。相手も那智の視線を平然と受け入れる。

 通信の相手は那智が一時的に配属された志摩艦隊の旗艦・神通であった。

「なんだ?」

『志摩様からのご命令です』

 那智は無言で先を促す。そして神通もゆっくりと口を開く。

『粉砕せよ』

「く、は!」

 神通の言葉に那智は思わず笑ってしまう。

 笹栗の命令も痛快であったが志摩はそのさらに上をいった。

「くはは! いいな! いいぞ! 粉砕してやる! この俺が! 那智がレイン・クロイン艦隊を一掃してやる!」

 那智の叫びに神通もニヤリと笑うと通信を切る。

 レイン・クロイン艦隊は日本艦隊の行先を斜めに防ぐように航海している。それは日本が日本海海戦でみせた丁字戦法のようであった。

 それを見て那智は鼻で笑う。

「化物風情が人間の真似事かよ」

 その突如、日本艦隊から支援砲撃が飛んでくる。その射撃によってレイン・クロイン艦隊の数隻から火柱があがる。

「確か戦艦だったら陸奥がいたか? あとは特装艦の砲撃か。三笠様の砲撃もあるかもな」

 那智の呟きの間も後方からは隙間なく砲撃がレイン・クロイン艦隊に撃ち込まれ続ける。

 そして志摩率いる遊撃艦隊の雷撃距離にレイン・クロイン艦隊が入る。

 那智は獰猛に笑いながら大きく叫んだ。

「さぁ! 戦いの時間だ!」



「味方艦隊が敵艦隊に切り込んだ。支援砲撃中止」

「了解。砲撃中止」

 笹栗の指示に三笠は行っていた支援砲撃を中止する。切り込んだ志摩率いる遊撃艦隊は砲撃と雷撃を撃ちまくり、敵艦隊を混乱に落とし込んでいる。

 それを遠目に眺めながら笹栗は額から流れ落ちる血を袖でぬぐう。

 最上艦橋での戦闘指揮。それは確かに戦場を見渡し、的確な指示が可能であったが、同時に生身を戦場にさらす危険性もあった。

 笹栗も右腕を失うという大怪我を負い、つい先ほどまで気を失っていた。

「提督、傷は大丈夫か?」

「死ぬほどいてぇ」

 笹栗の言葉に三笠はからからと笑う。

「痛いというのは生きている証拠だ」

 そして三笠は戦場を見渡す。

「なんとか持ち直したな」

 その言葉を受けて笹栗も戦場を見渡す。

 奇襲によって大混乱に陥った日本艦隊も今は東郷の下に纏まり、むしろレイン・クロインを押し返そうとしている。

 それに気づいて笹栗は腰が抜けたのか最上艦橋に尻もちをついた。

「っづぁぁぁぁぁ! あっぶねぇぇぇぇぇ!」

「もう少しかっこつけられんのか、提督は」

「勘弁してくださいよ、三笠さん」

「お、呼び方もさん付けに戻ったな」

 三笠の茶化しに笹栗はばたりと最上艦橋に倒れる。

「これ、まだ戦闘は終わっておらん。しゃきりとせぬか」

「はいはい……っと」

 三笠の言葉に起き上がろうとした笹栗であったが、右腕がなかったために少し態勢を崩す。だが、そこは軍人である。倒れることはなく、立ち上がった。

「私のちぎれた右腕どこにいったか知りません?」

「空襲が酷い時であったからな。今頃は魚の餌だろう」

 すでに制空権は信濃から発艦した嵐電のパイロット達の奮闘で日本海軍のものになりつつある。

 それを確認して笹栗は次の指示を出す。

「矢矧と浜風を前に。本部の命令次第では第二の矢が必要になるかもしれません」

「……本当に必要か?」

 レイン・クロイン艦隊に切り込んだ艦隊は志摩中佐率いる神通、夕立、江風を中心に暴れ回っている。その働きでレイン・クロイン艦隊は完全に混乱状態に陥っていた。

「でしたら信濃さんと千歳さんに爆撃装備で出撃させてください。レイン・クロイン艦隊にとどめを刺します」

「承知し……む、ちょっと待て提督。あまてらすからだ」

「うん? 繋いでください」

 笹栗の言葉に三笠は通信を繋げる。空間ディスプレイに浮かんだのは頭に包帯を巻いている小西であった。

 その姿を見て笹栗は口笛を吹く。

「ようイケメン。生きていたか」

『悪いけど僕は君や加藤より先に死ぬつもりはないよ。何せ君らの葬式で心にもない弔辞をのべるのを楽しみにしてるんだ』

「加藤の奴も頭おかしいよな。突然通信繋いできたと思ったら『発艦するから信濃の飛行甲板貸せ』だぞ。確かにいいアイディアだから受け入れたけどさ」

『たまにあの馬鹿も役に立つよね』

「二人とも」

 話の脱線を重なていた二人を三笠は注意する。その言葉に二人は軽く肩を竦めると真剣な表情になる。

「で?」

『九鬼大佐が空母機動艦隊を見つけた』

「そいつは朗報。はやいところ日本海軍自慢の吉川提督の飛行部隊で潰してくれ」

『その吉川提督から飛行機の数が足りないから君のところから借りれないか言ってきた』

「何隻いるんだよ……」

『聞きたい? 後悔すると思うよ?』

「遠慮しとく」

 小西の言葉に笹栗は軽く返すと自分の艦隊を見渡す。

 矢矧と浜風は護衛。信濃は嵐電の洋上基地として必要だろう。

「ようは千歳さんを貸せってことね」

『そういうこと。どう?』

 小西の言葉に笹栗の言葉は決まっていた。

「千歳さんには超過勤務をしてもらおうかね」



 千歳は飛ばした艦載機を通じてレイン・クロインの空母機動部隊を眺める。

 その数は軽く十を超えていた。

「あれだけいたらそりゃあ酷いわけね」

 千歳は艦橋で思わず呟く。

 空母の艦嬢は艦載機を同時に複数扱うために習熟が必要だ。だからこそ百戦錬磨の吉川艦隊は『無敵の空母艦隊』とまで言われる。

 その点で言えば千歳はまだ艦嬢になってから半年もたっていない。だから吉川提督の指示で空戦ではなく爆撃に専念するように言われた。

「指揮官の言葉じゃないけど楽させてもらえるなら楽しないとね」

 千歳は軽空母に分類されているが最初は水上機母艦として建造され、第二次世界大戦の途中で瑞鳳型航空母艦に改良された。

 そのせいか最初から空母として建造された艦嬢より艦載機の扱いは少し劣る。

 だから千歳は普段から隠れて艦載機を飛ばして訓練していた。

「その成果をみせる時、ってね」

 すでに吉川艦隊の航空隊が警戒して残っていたレイン・クロインの艦載機を落とし始めている。

 その腕前に千歳は軽く口笛を吹きながら、千歳は手を振るう。

「さぁ、いきなさい。この戦いを終わりにしましょう」





 結果として南太平洋解放作戦は成功した。

 大包囲殲滅作戦を意図した日本、アメリカ、オーストラリア艦隊であったが、レイン・クロインの各個撃破にあいオーストラリア艦隊は壊滅。日本艦隊も壊滅寸前までいくが持ちこたえ、東郷透大佐の的確な指示と奮闘によって逆にレイン・クロイン艦隊を殲滅。

 この間に自由となっていたアメリカ艦隊が南太平洋にあったレイン・クロインの巣の攻略に成功。南太平洋は解放された。


 そしてここから人類の反攻が始まるのである。

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