第六章 南太平洋解放作戦

 日本海軍チューク基地。レイン・クロインの発生によって海軍強国である日本の領内に入ることを選択したミクロネシア連邦のチューク諸島を日本海軍は第二次世界大戦の時のように基地化させ、レイン・クロインとの戦いの最前線基地としても利用していた。

 笹栗率いる日本海方面第三遊撃艦隊も南太平洋作戦に参加のためにこの基地まで南下してきていた。

『しかし、たいした規模だな』

「それだけ日本軍もこの作戦に力を入れているってことだろ」

 笹栗が三笠の艦橋で通信をしているのは日本海軍総旗艦・あまてらすに可変戦闘機嵐電のパイロットとして搭乗している加藤であった。

「小西とは会えたのか?」

『あいつだったら忙しく走り回っているようだな。流石は下っ端』

 加藤の嘲笑に笹栗も同じ笑いを挙げる。友人ではあるが、その友人が苦労をしているのをみるのは三人の共通した趣味であった。

『貴様の艦隊も全員集合か……上陸許可は?』

「特装艦の乗組員が優先だからな。たぶん俺は降りない」

『ふむ、残念だな。南シナ海解放作戦の時のやばい話とか聞きたかったんだが』

「報告書でも読んでろ」

『貴様が苦労したって話を直に聞いたほうが気分がいいだろう?』

 加藤の言葉に笹栗は笑顔で中指を立てる。

『俺も待機だから……ち!』

「お、どうした? 上官に無断で通信しているのバレたか?」

『その通りだ。小隊長が五月蝿いから切るぞ』

「おう、生きてまた会おうぜ」

 笹栗の言葉に加藤は言葉を返さず、ニヤリと笑って通信を切った。

 そして笹栗は軽く伸びをしながら提督席で胡坐をかく。

「む、通信は終わったか?」

 そこに艦装の点検に行っていた三笠が戻ってきた。それを笹栗は軍帽をふりながら迎える。

「おかえりなさい、三笠さん。不備はありませんでしたか?」

「うむ、問題ない。我が艦隊の他の艦も問題ないそうだ」

「それは重畳です」

 笹栗の言葉に三笠は艦橋から集結した艦隊を眺める。

 数多くの艦嬢と特装艦。そして存在感溢れる日本海軍総旗艦・あまてらす。

「……圧巻だな」

「日本始まって以来の大艦隊だそうです」

 笹栗の言葉に三笠はぶるりと武者震いをする。

(旗艦ではないとは言え、日本開闢以来の大艦隊に参加できる……)

「これぞ日本の艦嬢の栄誉と言えような……」

「武人ですねぇ」

 三笠が思わずこぼした呟きに笹栗が苦笑して言う。それを怪訝に思ったのは三笠のほうであった。

「提督はそう思わないのか? 日本開闢以来の大艦隊に提督の一人として参加できるのだぞ?」

 その言葉に困ったように笹栗は頭をかく。

「小西だったら使命感があるからそう思うでしょうし、加藤の奴だったら大規模戦闘なのでテンション高まるんでしょうけど、自分はいまいちなんですよねぇ」

 確かに指先で軍帽を回す姿は軍人らしくない。

「自分と東郷先輩はいまいち軍人になりきれないんですよね」

「だが、提督の祖先は武士なのであろう?」

「武士半分商人半分って感じって伝わってますねぇ」

 その言葉に三笠のほうが困ってしまう。

 笹栗艦隊の艦嬢達はこの大艦隊を見て士気は高い。しかし、それを統率する笹栗本人の士気が低くては大きく働けない可能性もある。

 そこで三笠は考える。己の提督である笹栗のやる気をあげる方法である。

 だが、すぐに諦めた。付き合いは短いが、自分の提督に捉えどころがないことはよくわかっている。

「総旗艦・あまてらすには今上天皇陛下が書いてくださった檄文が掲揚されているのだろう?」

「本艦隊は観艦式もやったそうですからねぇ」

 三笠の時代なら一発で軍人の士気が最高潮になるであろう天皇の檄文も笹栗にとってはこの通りである。

 そして三笠は素直に諦めることにした。

「提督、他の艦嬢の前ではその姿をみせないでくれよ。士気に関わる」

「っと、それもそうでした。すいません、三笠さんにはつい甘えてしまいます」

 この注意だけで大丈夫なあたり軍人としての資質がまるでないわけではないのだろう。三笠も基地でのやり取りを思い出すと笹栗は三笠にはよく弱みを見せていた。

「ふむ、何故提督は我には弱みをみせるのだ?」

 三笠の言葉に笹栗も首を傾げる。

「何故でしょう……実は私は母がいないのですが、そのいない母の面影を三笠さんに重ねているのかもしれません」

 三笠も思わず絶句である。

 三笠が言葉を選ぼうとすると総旗艦・あまてらすから通信が入り、総司令官である北条元帥の演説が始まった。

 それを聞きながら三笠は笹栗に話をかえるように問いかける。

「今回の作戦は日本とアメリカの共同作戦だったな?」

「正確に言えば日本、アメリカ、オーストラリアの三国共同作戦です。三方面から同時に侵攻して大包囲殲滅作戦を実施します」

 その構想に思わう三笠は感嘆の声をあげる。

 三国艦隊による大包囲殲滅作戦。これは史上類をみないほどの大規模作戦であろう。

 そして言葉をつづけようとした三笠は思わず言葉を止める。

 笹栗が難しい表情をしているからだ。

「提督には何か気になることがあるのか?」

 三笠の問いに笹栗は軍帽をかぶり直しながら口を開く。

「確かに大包囲殲滅戦、これが必勝の策というのは納得します。ですが、各国の艦隊の規模は南太平洋に生息するレイン・クロインの数を下回ります」

 笹栗の言葉に三笠は絶句する。

「各個撃破に出てくる可能性があるということか!」

「ええ、幕僚本部にいる東郷先輩もその懸念を伝えたそうですが、幕僚長には取り入れられなかったそうです」

 笹栗の言葉に三笠は息を飲む。

 そして笹栗は一回だけため息を吐くと明るい表情をする。

 付き合いが他の艦嬢より深い三笠だから気づいたが、その笑顔は仮面であった。

「さて、元帥の演説も終わったので出撃が近いです。三笠さん、旗下の艦隊に通信を」

「……了解した」

 笹栗の表情に突っ込むことはせず、三笠は自分の仕事をする。

 すると空間ウィンドウに信濃、千歳、那智、矢矧、浜風の姿が現れる。

「さて、みなさん人類総反撃の狼煙をあげる時間です」

 そこで一度言葉を切ると笹栗は全員を見渡す。

「私からの命令は一つ。誰一人欠けることなく対馬基地に帰りましょう。みなさんの奮闘を期待します」

 笹栗の言葉に旗下の艦嬢達は力強い敬礼で返すのであった。


 二一〇〇年六月二日一一〇二。日本大艦隊、南太平洋奪還作戦のためにチューク基地を抜錨。

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