2話

 横須賀海軍基地内を笹栗と三笠は歩く。先導しているのは小西。そのために周囲がドン引きするようなやり取りをしているが二人は気にした風はない。

 そして一つの部屋の前で立ち止まる。『大会議室』。大きな扉の上のプレートにはそう書かれていた。

「会議はここで行われるよ」

「小西少尉。艦嬢の待機部屋はどこなのだ?」

 三笠の問いに小西はからからと笑う。

「『提督と艦嬢はできる限り同じ行動を』。これは日本が誇る老将にして名将である九鬼大佐の言葉です。そのために提督が会議に出席する時は旗艦の艦嬢は同席することを許されています。なのでこのバカの面倒をお願いします」

「下っ端は下っ端の仕事をしてこいよ」

「君は失言して出撃前に謹慎処分とか面白すぎる真似はやめてね。笑い死ぬから」

 小西の言葉に笹栗が中指を立てると、小西は親指を下にむけて首をきる真似をしてから立ち去っていく。

「あっさりと去っていったな」

「出撃前ですからね。仕事は山積みなんでしょう。東郷先輩も元帥に呼び出されましたし……まぁ、とりあえず入りますか」

「うむ」

 三笠の同意を受けてから笹栗は扉を開く。室内には百人以上の軍人が集まっていた。

 全員の視線が笹栗に集まる。笹栗はそれにひるむことなく敬礼すると、一番末席に着席する。三笠は他の艦嬢を見習って笹栗の背後に立った。

 大半の視線はすぐに笹栗達から外されたが、多くの提督の視線が笹栗……ではなく、その背後に立っている三笠に集まっている。

 視線の集中砲火である。

 少し居づらくなって三笠は小声が笹栗に話しかける。

「なんだか我注目されていないか?」

 それに笹栗も小声で返してくる。

「東郷先輩も言ってたじゃないですか。三笠さんは艦嬢達から神の如く敬われている、って。それはおそらく自分の艦嬢も例外じゃないから気になるんでしょう。それとZ旗。あれが自分の艦嬢にも適用されるのか気になっているのかもしれません」

 笹栗の言葉に三笠はなるほどと頷く。

 そして今度は笹栗が三笠に小声で話しかけてきた。

「三笠さん、今回はすさまじい面子ですよ」

「? どういうことだ?」

 三笠の問いに笹栗は視線だけを提督の上座に向ける。三笠もそれを見習ってそちらを見ると、一人の老人がいた。

「日本海軍提督筆頭の九鬼彦六大佐です。背後にいるのは旗艦の艦嬢である龍驤さん」

 老人の背後には青髪をまとめた巫女服姿の女性の姿がある。

 老人のほうが軍歴六十年を超える九鬼彦六大佐。そして巫女服の女性が長年九鬼の旗艦を務める軽空母龍驤である。

「で、その隣で腕組んで瞑目している方が日本が誇る空母艦隊を率いる吉川元春大佐。背後にいるのは旗艦の艦嬢である飛龍さん」

 九鬼の隣に座りながら瞑目している吉川元春大佐。髪の毛を横で縛った黄色の着物の女性が吉川の旗艦の艦嬢である飛龍。

「そしてその九鬼大佐と吉川大佐に名声で追随しているのが真ん中当たりにいる扇子で自分を扇いでいる女性、志摩奏中佐。背後にいるのか旗艦の神通さん」

 笹栗の言葉に三笠が視線を向けると、不機嫌そうに扇子で自分を扇いでいる長身の女性、志摩奏中佐がいた。その背後には赤髪のショートカットでスタイルの良いセーラー服にタイトスカートを履いた少女、神通がいた。

 そして楽しそうに笹栗は三笠に告げる。

「ベテランは少ないですが、中堅の提督がいっぱいきています。完全に私は場違いですよ」

「その割には提督は楽しそうだが?」

「個人的に様々な艦嬢の方と会えるのは楽しくて」

 子供のように目を輝かせながら言う笹栗。空気が許せば他の艦嬢と会話しにいきそうな雰囲気である。

 それに呆れながらも三笠は忠告する。

「今はやめておいたほうがよかろう」

「わかってます。自分だってたまには空気を読みますよ」

「提督が空気を読めるなんて初耳だな」

「読むことはできますよ? 無視するだけで」

「最悪ではないか」

 三笠の突っ込みに笹栗は軽く笑う。

 しばらくすると大会議室内の巨大な柱時計が鳴り響く。それと同時に元帥の階級章をつけた軍人が多数の軍人を引き連れながら入ってくる。

 その人物に対して部屋にいた全員が起立して敬礼する。それに元帥の階級章をつけた男性は敬礼を返した。

 この男性こそが日本海軍のトップである北条氏丞元帥であった。

 北条が敬礼を返し座席につくと、立ち上がっていた提督や軍人達も着席する。

 そして北条は部屋内にいる軍人全員を見渡すと重々しく口を開いた。

「諸君、人類総反撃の時である」

 その言葉に部屋内に緊張が走る。その空気に笹栗と三笠の背筋も伸びる。

「レイン・クロインとの開戦からおよそ百年。人類はほぼ負け続けていたと言ってもいい」

 北条の演説に聞き入る軍人達。

「だが諸君。人類はそれでも滅びなかった。そしてこれからも滅びぬ。わかるな、諸君」

 そして北条は右腕を高くつき上げる。

「勝つのだ! 我ら人類の英知と奮闘、そして艦嬢の敢闘によって我らはこの戦争に勝利するのだ! この戦いはそのための魁である!」

 北条の言葉に部屋内から軍人達の鬨の声があがる。

 それに調子を合わせながら笹栗は考える。

(流石は元帥。軍人を乗せるのが上手い)

 笹栗がみたところ北条の演説を客観的に見ているのは三人。九鬼、志摩、笹栗の三人だ。吉川は『生まれた時から軍人』と呼ばれるほどの硬い軍人であり、提督適正がわかる前から軍人志望だったというガッチガチの軍人だ。

 だが、九鬼、志摩、笹栗は提督適正があったために軍人に『された』軍人である。そのために北条の演説にもどこか冷たい反応になる。

 北条は軍人達の反応に満足そうに頷くと、視線を横に向ける。

 そこには東郷が立っていた。

「では東郷大佐。作戦説明を」

「は」

 北条の言葉に東郷は敬礼すると海図ホログラムを浮かべる。

「今回の作戦はオーストラリアから増援依頼を受けたアメリカとの共同作戦になります。我々はオーストラリアとのシーレーンを確保しながら進軍、南太平洋に存在するレイン・クロインの巣の破壊が最終目標となります。南太平洋におけるレイン・クロインの巣と思われる地点はここ」

 東郷の操作で海図の一点に赤い光がともる。その地点はオーストラリアと南アメリカ大陸の中間地点であった。

「今回の作戦に主目標はオーストラリアとのシーレーンの回復にあります。現在の細いシーレーンをしっかりとした海路として繋ぐ。これによってオーストラリアの潤沢な物資が世界に回るようになります」

「太平洋と言えばレイン・クロインの大群生地だろうに。それを全て潰すのかい?」

 扇子で扇ぎながら質問したのは志摩であった。

 東郷も志摩のほうを向きながら答える。

「今回の作戦では優先して巣を壊します。長年の研究で巣を潰されたレイン・クロインは他の巣……今回で言えば北太平洋のほうですね。そちらに逃亡すると思われます。そのために巣を破壊した後は追撃戦においてレイン・クロインの戦力を削ぐことになります」

 東郷の言葉に志摩は顔を顰めた。

「うまくいくと思っているのかい?」

「うまくいかせる。それが我々の使命である」

 志摩の言葉にかぶせたのは北条であった。その言葉には長年日本海軍を支えてきた男の凄みがあった。

 北条に言われては志摩も黙るしかない。不満そうに扇子を閉じるとそっぽを向いた。

 それを見て東郷は困ったように頭を撫でながら言葉を続ける。

「今回の作戦はアメリカ側が提案してきたものになります。アメリカの考えでは海軍強国のアメリカと日本の二軍を持って挟撃、これを撃滅するというのがアメリカの作戦になります」

「アメリカらしい大味な作戦じゃの」

 東郷の言葉にぼそりと核心を呟いたのは九鬼であった。

 東郷は正式な発言でもなかったこともあるので九鬼の発言はなかったことにした。

「アメリカとの作戦開始時刻は二一〇〇年六月二日一一〇〇。そのために各艦隊は五月三十日の一五〇〇までにチューク基地に集結。作戦開始時刻と同時に出港し作戦行動に入ります」

 そこまで言い切ると東郷は頭を下げて海図ホログラムを消す。

 そして北条は再び立ち上がって拳を振り上げる。

「この作戦に思う者もいよう。しかし! この作戦は人類総反撃の狼煙となるのだ! わかるか諸君! この歴史的な一戦に我らが祖国日本の名が残るのだ! 敢闘せよ! 奮闘せよ! 諸君らの戦いが人類の勝利へとつながるのだ!」

『おぉぉぉぉぉ!』

 北条の言葉に部屋内にいた軍人達は鬨の声で答えるのであった。

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