第五章 大本営会議

 笹栗と三笠は列車から降りる。そして笹栗は軽く伸びをした。

「流石に福岡からずっと列車だと体が疲れますね」

「だが、一時間で福岡から新藤沢まで到着するとは……人類の技術力は高いな」

 三笠の言葉に笹栗は苦笑する。

「レイン・クロインのおかげ……という言い方はどうかと思いますが、レイン・クロインによって海上と空の輸送が制限された今、鉄道輸送が人類存亡の大動脈ですからね。それに伴って技術力も上がるんです」

「う~む、逞しいなぁ、人類」

 建造されてから何度も思っていることを口に出す三笠。

 滅びかかっている人類。それでもなお人類は諦めることをせずに逞しく生きている。

「それで提督。ここで乗り換えか?」

「いえ、迎えが来ているはず……ああ、いましたね」

 笹栗が歩き始めると三笠もそれについていく。相手も笹栗達を見つけたのかこちらにやってきた。

 そして笹栗と迎えに来ていた軍人は敬礼をしながら挨拶をする。

「ようクソイケメン」

「やぁ野生児」

 酷い挨拶である。

 挨拶でわかる通り、迎えにやってきたのはエリートコースの小西であった。

「なに? お前が迎えなの? 下士官がやるような雑用やらされてマジうける」

「地方の田舎者が緊張しないように友人が迎えてやれっていう上層部の優しさだよ。それも理解できないくらい知性が野生に戻っているんだね」

 そして額をぶつけ合いながら罵詈雑言を飛ばし合う笹栗と小西。三笠にとっても見慣れた光景だ。何せ毎日のように電話や通信でやりあっている。

 なので三笠はみたことのない残りの一人に向き合って敬礼する。

「日本海方面第三遊撃艦隊旗艦三笠である」

 三笠の挨拶にやや不格好な敬礼を返してくる大佐の階級章をつけた男性。

「東郷透大佐です。今回の作戦の総司令官の幕僚の一人を務めます」

 男性の自己紹介に三笠は少し驚いた。聞き覚えのある名前だったからだ。

 東郷透。士官学校の卒業時の成績は落第すれすれであったが、前線指揮や献策が決して外れることがなく、不利な戦場を勝たせたことも一度や二度ではない日本が誇る名将だ。その名は日本国内のみならず海外にまで鳴り響いている。

 そのために三笠は『厳格』なイメージを持っていたのだが、実際の東郷は温和そうな表情で駆け出しの学者のような印象を受ける。

 三笠がまじましと東郷を見ていると東郷は苦笑した。

「やっぱりイメージにあわなかったですか?」

「ああいや……否定するのも悪いか。すまないが東郷大佐がたてている功績には似合わぬ風貌だ」

「東郷先輩ざまぁ! 三笠さんに幻滅されてやんの!」

「そういう君も口に気を付けなよ。三笠さん達に愛想尽かされて出て行かれたら笑い話にもならないよ」

 笹栗の突っ込みに即座に小西が突っ込むと再び二人で罵詈雑言の飛ばし合いを始める。

 それを無視しながら東郷はのんびりと三笠に話しかける。

「車できているのでそちらにご案内します」

「む、電車ではないのか?」

 三笠の言葉に東郷は困ったように頭をかく。

「確かに新藤沢からでしたら一本で横須賀までいけるんですが、艦嬢の方を公共交通機関に乗せるわけにはいかないんです」

「ああ、それもそうか。我達は軍事機密のようなものだしな」

「いえ、単純に艦嬢ファンの一般人が集まって混乱するからです」

 東郷の斜め下の返答に唖然とする三笠。そんな三笠を気にすることなく東郷は煽り合いをしている笹栗と小西を止めると移動を始める。

 そして後部座席に笹栗と三笠。助手席に東郷。運転席に小西が座る。

「おい、小西。安全運転で頼むぞ。この車には未来の元帥閣下が乗っているんだからな」

「君は特別階級制限くらって最高階級大佐でしょ」

「バカ、東郷先輩だよ」

「ああ、それならありえそう」

「私もしばらくは昇進の予定はないんだがなぁ」

 ポンポンと三人は軽快に会話が飛ぶ。動き出した車の中でそれを聞きながら三笠は疑問に思ったことを尋ねる。

「三人の付き合いは長いのか?」

 三笠の質問に答えたのは隣に座っている笹栗であった。

「小西とは同期で付き合いが長いですね。で、東郷先輩も士官学校時代からの付き合いになります」

「士官学校時代にめんどくさくて門限破りを見逃したら懐かれまして」

「……提督、門限破りをしていたのか?」

 東郷の言葉に三笠が少し怒りを込めていうと笹栗が焦りだす。

「いえ! やったのはそれ一回だけですよ! それ以降は清廉潔白な士官学校生活です!」

「そうだよね。加藤と一緒になって禁書を教官にばれないように回し読みとかしていたくらいだよね」

「クソイケメェェェェェン!」

 小西の言葉に笹栗は小西の席を蹴りまくるが、小西は笑いながら煽るだけだ。

 そのやり取りに三笠は頭痛を覚える。主にこの二人は本当に大丈夫なんだろうかという意味で。

 そして三笠がふと視線を前に向けると、東郷と目が合った。

「なんだ?」

「ああ、いえ。艦嬢の皆さんの間で神のように敬われている戦艦・三笠という方がどんな方か気になりまして」

 そして三笠はあることに気づいた。初陣の後に笹栗からZ旗のことを進めてくれたのは仲の良い先輩だと聞いていたからだ。

「Z旗の掲揚は東郷大佐の発想か?」

「あ、はい。私も報告書を読ませていただきましたが、かなりの効果があったようですね」

 三笠の言葉に東郷はどこかのんびりと答える。自分の発想で大成功したのならばもう少し誇ってもよいと思うが、東郷はそれをしようとしない。

「己の功績を誇らないのか?」

「戦争の才能……しかも自分ではなく三笠殿の能力ですからねぇ。私が誇るべきことではないでしょう」

 その言葉に三笠は驚く。東郷の言葉に嫌味などもなく、純粋にそう思っている発言だったからだ。

 そしてそれを聞いていた笹栗と小西も大きく笑う。

「でたでた。東郷先輩は自己評価低すぎなんですよ」

「それね。しかも本人は早く退役したいとか言っているんだから」

「退役したいのは今でも思っているよ」

「残念ながら北条元帥が東郷先輩を手放すわけないんだよなぁ」

「先輩、先輩の軍でのあだ名知ってます? 『元帥閣下の頭脳』ですよ? 絶対に退役できませんて」

 笹栗と小西の茶々に東郷は困ったように両手を挙げる。

「今回は呉に配属だったから休めると思ったんだけどなぁ」

「呉に配属されて半年で呼び戻されましたね」

 東郷のぼやきに小西が笑いながら突っ込む。

「しかもこの二か月は小西が私を仕事から逃がしてくれないし……は~、いやだいやだ」

「先輩に任せれば早く仕事が終わるんです。笹栗だったらどうする?」

「サボっている東郷先輩とっ捕まえて働かせる」

「だそうです」

 笹栗と小西の笑いながらの言葉に東郷も苦笑するしかない。

 そんな三人の会話を聞きながら三笠は考える。

(なるほど、似た者同士ということか)

 東郷とはまだ出会って少ししかたっていないが、纏っている空気感が笹栗や小西に近しいものを感じる。だから先輩後輩という間柄でありながら遠慮のない友人のような口がきえけるのだろう。

「そういえば今回の作戦はどのようなものなのだ?」

 三笠の問いに笹栗と小西の視線が東郷に集まる。

「なぜ私なんだい?」

「俺はただの前線指揮官なんで情報なし」

「僕なんかそれ以下の幕僚本部の下っ端なんでもっと情報なし」

 二人の言葉に東郷は行儀悪く軍帽を指で回しながら口を開く。

「今回の作戦はアメリカから持ち掛けられた共同作戦です」

「アメリカということは戦場は太平洋か?」

 三笠の問いに東郷は頷く。

「その通りです。南シナ海を奪還した日本、太平洋全域で戦っているアメリカ。それを聞いたオーストラリアがアメリカに救援を求め、増援として日本にも声がかかりました」

「漢はどうしたんですか?」

 笹栗の言葉に東郷は軍帽を雑にかぶりながら言葉を続ける。

「無視されたのと南シナ海が日本に奪還されたのが面白くなかったのか、日本からの増援依頼をインド洋戦線を理由に拒否したよ」

「子供ではないか」

「インド等からは出兵論も出たようだけど、旧中国等は猛反発したって話ですね」

 東郷の言葉に三笠は呆れるしかない。人類が一致して戦わないといけない時にいうことではないと思ったからだ。

「まぁ、今回の目的は太平洋全体ではなく、赤道より南……いわば南太平洋の奪還を目的としているので不可能ではないでしょう」

「北方戦線からだいぶ引き抜いたせいでソ連が文句言ってきたって噂ですけど?」

 小西の問いに東郷も軽く答える。

「その通り。だから吉川提督や『あまてらす』は作戦終了次第北方戦線に帰ることになりますね」

「『あまてらす』?」

 聞き覚えのない艦の名前に三笠が尋ねると、今度は笹栗が答えた。

「日本が作り上げた対レイン・クロイン特殊艦、通称・特装艦の戦艦と空母の特性を併せ持つ超巨大特装艦。その世界一番艦でネームシップが『あまてらす』です。その巨大さは……まぁ、見てもらったほうが速いですね。あれです」

 笹栗の言葉に三笠が車の外を見、そして驚愕した。

「なんだあの巨大な艦は⁉」

「期待していた反応をありがとうございます。あれこそが日本が世界に誇る技術を集めて作り上げた究極艦『あまてらす』です。全長は五百メートルを超え、搭乗人数は小さな都市くらいの人数になります。戦艦としても大型な主砲を六門。重巡洋艦の主砲クラスの副砲をハリネズミのように搭載し、さらには可変戦闘機『嵐電』を搭載できる空母としての機能を併せ持った日本海軍の総旗艦です」

 窓に張り付いている三笠から視線を外し、笹栗は東郷に視線を向ける。

「こいつを出すってことは軍もかなり本気ですね」

 その言葉に東郷は軽く肩を竦める。

「『人類総反撃の狼煙をあげる』。それが北条元帥のお言葉だよ」

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