個別エピソード 駆逐艦・浜風

 対馬基地堤防。ここで浜風は釣りをしていた。

 別に浜風は釣りが趣味というわけではない。ただ隣で鼻歌を歌いながら釣り糸を垂らしている笹栗に「お、浜風。ヒマか? ヒマだな。よし釣りをしよう」と言われ強制的に連れてこられただけだ。

「司令官」

「ん? どうした?」

 余談だが笹栗は旗下の艦嬢の中で浜風だけはため口である。それは見た目小学生に対して敬語を使うのが難しかったからという理由がある。

 まぁ、浜風も胸部装甲だけなら大人顔負けではあるのだが。

 閑話休題。

 浜風は真面目な表情を崩すことなく、さらには綺麗に姿勢も伸ばして釣り糸を垂らしている。その状態のまま浜風は口を開く。

「これは何かの作戦行動でしょうか?」

 その言葉に笹栗の顔も真剣になる。

「浜風」

「は」

「これは重大な任務だ」

 笹栗の言葉に浜風は持っている釣り竿を少し強く握る。

 ただの時間潰しの釣りかと思っていたが、違ったようなのだ。

 そして笹栗は真剣な表情のまま言葉を続ける。

「これは兵糧の確保だ。これに成功すると今晩の晩御飯の品数が増える」

 浜風は笹栗の言った任務を頭の中で反芻し、自分なりに理解する。

 そして一つの結論に行きついた。

「それはお使いと同じでは」

「鋭いな浜風。その通りだ」

 けらけらと笑う笹栗に、浜風は少しだけ表情を顰める。

 そしてその浜風の顔に生まれた皺を笹栗はほぐす。

「お前さんは常に気を張りすぎだ。適度に力を抜け」

「……はあ」

 笹栗の言葉に答えながら、浜風はその顔をもにもにと揉む。

 浜風が真面目で常に気を張っているのは第二次世界大戦の時の駆逐艦・浜風の艦歴によるところも大きい。

 開戦から大和特攻まで最前線で戦い続けた駆逐艦・浜風。

 浜風の艦歴は戦いの歴史だ。

 だから艦嬢という人の姿を手に入れても常に気を張ることになっている。

 笹栗はそれをやめろという。

「司令官」

「なんだ?」

「当方に気を張るなというのは難しいかと」

 浜風の真面目な言葉に今度は笹栗が困ったように頭をかく。

「そうだなぁ……じゃあ、浜風。釣りしている間は戦いを忘れろ。釣りのことだけを考えるんだ」

「戦いを忘れる……」

 浜風の言葉に笹栗は頷く。

「少しずつでいい。少しずつ戦いを忘れて息抜きの仕方を覚えるんだ」

 笹栗の言葉に浜風は頷き、釣りの浮きだけを見る。

 波に揺れる浮きを見ているが、浜風はどうしても戦いのことを考えてしまう。

「……司令官」

「ん?」

「しばらく当方達は出撃がないのでしょうか?」

「戦いを忘れろって言ったそばからそれかぁ」

「も、申し訳ありません!」

 浜風が恐縮して頭を下げると笹栗は苦笑しながら手を振る。

「まぁ、気になるなら教えるけどな。近いうちにうちにも出撃がある」

 その言葉に浜風の視線が鋭くなる。

 それを見ながら笹栗は苦笑した。

「細かい作戦はまだ発表されていない。来週、俺と三笠さんが横須賀の日本海軍大会議に呼ばれているからそこで発表されるだろう」

 笹栗の言葉に浜風は持っている釣り竿を強く握りしめる。

(戦いだ。守るための戦いだ)

 すると浜風の手を笹栗がつついてきた。

「……司令官?」

「顔、顔が怖くなってる。そんな顔していたら魚が逃げるだろ。笑え、ほらにっこり~」

「に、にっこり~」

 笹栗の言葉を律儀に返しながら浜風は自分でできる笑顔を作る。

 その表情を見て笹栗は苦笑した。

「うん、笑顔も要練習だな」

 笹栗の言葉に浜風は再び顔を顰めるが、すぐに笹栗に指で押されて笑顔を作る。

「そういえば司令官は対馬出身でしたか?」

「ああ、まあな」

「では釣りもよくされていたんですか」

 浜風の言葉に笹栗は笑う。

「まさか。対馬の子供は銛片手に海に潜ってとってくるんだよ」

「なんと」

 まさかの返答に浜風も少し驚く。それに気をよくしたのか笹栗は言葉を続ける。

「銛片手に素潜りで魚をとってくんだよ。で、海から戻ったらそれを港とかで焼いて食う。それが美味くてなぁ」

 どこか遠い眼をしながらの笹栗の言葉に浜風は自然と言葉が零れる。

「当方も……食べてみたいものです……」

 浜風の言葉に笹栗は笑う。

「そのために釣っているんだよ。って! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「司令官!」

 突然の強い引きに海に落ちそうになる笹栗を浜風は慌てて抱き留める。

「司令官! 竿を!」

「おお! こいつはでかいぞ! 俺を絶対に離すなよ浜風!」

「そうではなく!」

 浜風的には安全のために竿を離せと言いたかったのだが、笹栗は浜風に絶対に離すなよと命令してきた。

 複雑な気分の浜風であったが、命令ならば仕方ないので笹栗を抱き留める。

「おお、なんつぅ引きだ! だが、日本海軍特製の『艦嬢の攻撃でも壊れない釣り竿』があれば釣れない魚なんていないんだよ!」

 それを聞いた浜風は内心で『技術力の無駄遣い』とも思ったが口には出さない。

 あまりの引きに出す余裕もなかったからだ。

 だが、笹栗は楽しそうに笑いながら釣り竿をあげようとしている。

「人類を甘くみるなよ魚類! 対馬の大自然に鍛えられ、軍学校で練り上げられた俺の筋肉は負けぇぇぇぇん!」

 そして笹栗は一気に釣り上げる。

「だぁぁぁぁらっしゃぁぁぁぁぁぁ!」

 笹栗の咆哮と共に釣り上げられる巨大なナニカ。

 唖然とする笹栗。真面目な表情の中に驚きがある浜風。堤防でびたんびたんと動くナニカ。

「司令官」

「なんだ?」

「これは魚ですか?」

 浜風の言葉に笹栗は真面目な表情で答える。

「レイン・クロインの幼生体だな」

「なんてものを釣り上げるんですかぁ⁉」

「う~む、我が出身地ながら恐るべし対馬」

「そういう問題ではないですが⁉」


 最終的に笹栗と浜風が釣り上げたレイン・クロインの幼生体は日本の研究機関に送られることになったのであった。

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