個別エピソード 重巡・那智

 ある日、笹栗は執務室でせっせと書類を書いていた。

 笹栗を補佐する三笠はそれを呆れたように見ている。

「提督、今度は何をやったのだ?」

「まるで自分が元凶みたいな言い方は心外ですね」

「提督には前科が多すぎる」

 三笠の言葉に反省するどころか上機嫌になって笑う笹栗。それも仕方ない。笹栗は対馬基地の他の兵士と上官(基地司令の阿比留大佐)に隠れて酒盛りをしただけでなく、用事があって笹栗を呼びにきた浜風をその場にいた全員で何故か胴上げをし始めたのだ。

 性格も能力も問題ないが素行に問題あり。

 三笠は阿比留大佐から笹栗の士官学校の評価書を見せてもらった時にそう書かれていたのを覚えている。

 そしてそれを受けて他の笹栗艦隊の艦嬢達に対して愚痴も言ったからだ。

 その評価書を証明するように笹栗は対馬基地で軍規違反ではないが、軍規違反ギリギリのことをしょっちゅうやっては始末書を書かされている。

 笹栗の行動を完全に把握しているわけではないが、今、笹栗が書いているのは始末書だ。十中八九笹栗が何かやらかしたのだろう。

「いえ、たいしたことではないんですよ。他の兵士が火薬使って作った花火を酒に酔った勢いで千歳さんと一緒打ち上げようとしただけです」

「千歳……!」

 まさかの同僚もやっていたことに三笠は天井を仰ぐ。

「まぁ、その片棒担いだ千歳さんは二日酔いで部屋で死んでますけど」

「千歳……!」

 千歳の醜態に三笠は嘆くことしかできない。

 笹栗艦隊全員で月見酒をしてから千歳が酒にはまっていることは三笠も理解しているし、それを止めようとは思っていない。

 しかし、それで始末書沙汰になるのは困る。

 三笠は千歳にシジミ汁を差し入れしながら軽くお説教をすることを決めた。

「おいこら貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 そして扉が壊れんばかりに勢いで部屋に飛び込んできたのは那智であった。那智はその勢いのまま笹栗の胸倉を掴み上げる。

 だが、笹栗は平然とした表情だし、三笠はまたか、といった表情しか浮かべない。

 男らしいくせに妙に乙女なところがある那智は笹栗や千歳の玩具扱いされることが少なくないし、それに対して切れるところなど対馬基地では普段の光景だ。

「どうかしましたか那智さん。対馬のオソロシドコロに立ち入った人が馬にされるっていうのは嘘ですよ」

「なにぃ! それも嘘だったのか!」

 どうやら別件だったようだがそれも含めて那智は笹栗は締め上げている。だが、笹栗も慣れているのでその状態で那智を煽っている。

(この光景はあまり見慣れたくはなかったがなぁ)

 内心に三笠はため息をつきつつ、いつものように那智を宥める。これもいつもの光景だ。

 那智は三笠に宥められ、笹栗を降ろしてから呼吸を整え、真剣な表情を浮かべる。

「おい貴様。これはなんだ」

 そう言って表示された空間ディスプレイを笹栗と三笠は覗き込む。

 那智のエロ絵であった。

 本物との違うは胸の大きさだろうか。本物はスレンダー体型だが、絵のほうでは少し盛られている。

 三笠は頭痛を抑えるように米神を抑えるが、逆に笹栗は不思議そうに首を傾げる。

「那智さんのエッチな絵ですね」

「正気か貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 平然と言い切った笹栗を那智は再び締め上げる。那智は顔を真っ赤にしている。隠れ乙女な那智としてはこの絵は許されないんだろう。

 とりあえず話が進まないので三笠が再び仲裁する。

 那智は三笠の淹れたお茶を一気に飲み干してから笹栗を睨みつける。

「で?」

 その『で?』には嘘などは許さないといった感情が込められていた。

 ある種の威圧感を那智から受けながらも笹栗は平然と口を開く。

「艦嬢の皆さんは美人だからですね」

「……で?」

「え?」

「は?」

 本気で『お互い何言ってたこいつ』的表情を浮かべる笹栗と那智。だが、三笠は那智の意見に賛成だ。笹栗の言葉は全く説明になっていない。

 笹栗は説明不足を感じたのか説明を続ける。

「いいですか那智さん。艦嬢の皆さんは美人ぞろいです。これは理解していますか?」

「人間にとって美しいと判断される容姿なのは理解している」

 那智の言葉に笹栗は指を鳴らしながら笑顔を浮かべる。

「だったらエロい絵を描くでしょう! 日本人なら!」

「「その発想はおかしい」」

 笹栗の言葉に三笠と那智は思わずハモってしまう。

 笹栗の説明を要約するとこうだ。

『艦嬢は美人だからエロい絵が描かれる』

 酷い説明である。

「第一! こんなの大本営が許さないだろう!」

「え? 艦嬢の二次創作関係を取り仕切っているのは大本営ですよ?」

「「は?」」

 はもり再び。

 それはそうだろう。一番取り締まらなくちゃいけない連中が全てを取り仕切っているのだ。

 唖然としている三笠と那智に対して笹栗は説明を続ける。

「大本営にとって艦嬢は軍の要です。これを民間人にも広く認知し、受け入れてもらわなくてはいけません」

「まぁ」

「それはわかる」

 笹栗の言葉に三笠と那智は頷く。

「そこで大本営は艦嬢に対する二次創作を可としました。大本営の検閲も通過するば一般販売も可能です」

「「それはどうなんだ?」」

「ちなみに艦嬢を扱った最大手のサークルは『日本海軍大本営』です」

「「なにをやっているだいほんえぇぇぇぇぇぇい!」」

 思わず那智と三笠は叫んでしまう。だがそれも仕方ないだろう。まさかの大本営の裏切りだからだ。

「信濃さんが正式発表された日はネットで大フィーバーでしたよ。それこそ速攻でエロコラ画像が作られるくらい」

「正気か貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

 笹栗の言葉に那智は再び締め上げ、三笠は頭痛を抑えるように水を飲んだ。

「いやぁ、今年の夏はきっと信濃さんの薄い本が厚くなって山のように売り出されますよ!」

「貴様は何を言っているだ⁉」

「というか己の部下がそのような扱いを受けて提督はよいのか?」

 三笠の言葉に笹栗は不思議そうに首を傾げる。

「流石に生でやられたら気分悪いですが、所詮は創作……絵とか小説ですからね。それで民間人が喜んでくれるなら受け入れます……というか士官学校の生徒は夏と冬のコミケに駆り出されるんでそのあたりの感覚狂うんですよ。だって大本営が『艦嬢のエッチな絵柄が入っている抱き枕カバー』とか売るんですよ? しかもそれが十分で売切れたりするんですよ? 言われてから気づきましたけど改めて考えるとろくでもないことしているな大本営」

 笹栗は自分で言いながら最終的に腕を組んで首をひねってしまった。

「いや……しかし……俺達は艦だぞ?」

「鳥獣人物戯画を国宝にしている国に対してそれを言っても無駄かと」

 笹栗の言葉に那智も黙り込む。確かに日本という国は擬人化にかけては世界の最先端を行っているかもしれない。

「いや……でも……ほら……俺達は艦だから、それとセ、セ、セ……が、合体するのはどうなんだ?」

「日本神話では『どう考えても体験しただろ』っていう丁寧な描写で動物などとドッキングする話がありますが?」

「日本はおかしい!」

 嘆くように那智は叫ぶ。

 その叫びを受けて笹栗はしみじみと頷く。

「海外の人にしてみらたら日本人は『サムラ~イかニン~ジャか変態』の三択ですからね」

「世界から見てもおかしいんじゃないか!」

「日本が誇る変態文化を舐めたら駄目ですよ。ここ数十年くらいで日本の変態文化が海外に輸出されて、海外の艦嬢さん……いわゆる洋モノも増えてますからね」

「最悪だ!」

 三笠は力強く叫ぶ那智に対して内心で頷きつつ『人類、逞しいなぁ』とも感心するのであった。

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