個別エピソード 軽空母・千歳

 千歳は軽トラの助手席に座り、窓から外を眺めている。運転席にはラジオから流れる歌を歌いながら笹栗が運転している。

 その姿を見て千歳は苦笑する。

「上機嫌ね、指揮官」

「そりゃあ、一か月に一度しかない外出許可日ですからね」

 笹栗の一か月に一度の基地から外に出ても構わない外出許可日。上機嫌で軽トラに乗り込んでいる笹栗を発見した千歳は、一緒に出掛けることにしたのだ。

 本来、艦嬢は軍上層部からの許可がない限り基地の外に出ることは基本的に禁止されている。

 だが、千歳達がいるのは辺境の対馬泊地である。笹栗が基地司令官である阿比留に話をつけて千歳の外出許可をもらったのだ。

 千歳は視線を笹栗から窓の外に戻す。

 浅茅港周辺は軍事基地としての観点から開発されていたが、そこから少し外れると緑が生い茂っている山々がある。

 元々、対馬は小さな土地に山が多い島である。その地形を利用して古くは倭寇の基地にもなっていた。

 そして、レイン・クロインの出現によって対馬の一部は開発されることになったが、多くは古くからの緑が残っている。

「空からはよく見ているけど、こうして地面から見るとまた違うわね」

「……あれ? 千歳さん、まさか勝手に艦載機飛ばしてます?」

 つい口が滑った千歳はとりあえず微笑してなかったことにしようとする。それに呆れながら笹栗は会話を続ける。

「阿比留大佐と鳳翔さんにはバレないでくださいね。一応、軍規では有事以外での艦載機の発艦は禁じられているんですから」

「飛ばしているのは一機だけだから大丈夫よ」

「いえ、数が問題なのではなく」

 笹栗の突っ込みに千歳は笑う。

 千歳は大人びてみえるが好奇心は旺盛な性格だ。普段は那智をからかって遊んだりしているが、ヒマを見つけては艦載機を飛ばして対馬や対馬周辺を艦載機を通してみている。

「島の大半が山……でも北と南にそれなりの規模の都市があったわね」

「北にあるのが大陸と日本を繋ぐ海底列車の駅もある上対馬市、南が民間人が多く居住する厳原町になります」

「方角的に目的地は厳原町かしら?」

 千歳の言葉に笹栗は頷く。

「数多い量産品を買うという点では物流の拠点である上対馬市がいいんですが、掘り出し物を探すという点では厳原町のほうがいいんです」

「指揮官は何か探し物があるの?」

「下地島にいる友人に酒を送ってくれと頼まれまして」

 笹栗の友人で下地島にいる人物にすぐ千歳は誰だか気づいた。

「加藤少尉のこと?」

「ですね。あいつすさまじい酒豪なんですが、下地島にはろくに酒の種類がないらしく、自分と小西のところに補給物資の依頼がきました」

 笹栗の言葉に千歳は上機嫌で笑う。

「仲が良いのね」

「まぁ、悪くはないですね……っと、厳原町に入りますよ」

 笹栗の言葉に千歳が再び視線を外に戻すと、確かに軽トラックが住宅街に入っていく。

「交通量も意外とあるのね」

「対馬の基地化に向けて島民が厳原と上対馬に集められましたからね」

 そう話ながらも笹栗は時折対向車に向けて手を挙げている。

「知り合い?」

「自分の生まれは厳原なもんで」

 千歳の問いに笹栗も簡潔に答える。それからしばらくは二人で他愛のない会話をしながら市街地を走る。

 そして笹栗は一件の酒屋に軽トラを止める。笹栗が降りるのを見て千歳も軽トラから降りる。

 店構えは実に古めかしい。こう言ってはなんだがいつ潰れてもおかしくないたたずまいだ。

「ここが目的地?」

「そうです。ババア! 生きてるかぁ!」

 店に入りながらの罵声に千歳のほうが唖然とする。

 千歳の笹栗に対する印象は礼儀正しいがどこか不真面目な軍人、といった印象だ。確かに小西や加藤と連絡をしている時は罵声や軽口が飛び交っているが、それ以外の人物には基本的に友好的に接する。

 少しだけ呆気にとられた千歳であったが、すぐに笹栗に続いてお店に入る。中には酒だけなく、雑貨なども置かれていた。

「お~い! ババア! マジで死んだか!」

「うっさいよクソガキ!」

 二回目の罵声に店の奥から老婆が出てくる。腰は曲がっているがどこか威圧感のある老婆である。

 笹栗を見てさらなる罵声を飛ばそうとした老婆であったが、千歳を見て驚いた表情になった。

「なんだい! 笹栗のところの倅が女連れかい!」

「そういう言い方はやめとけババア。俺の部下。艦嬢の千歳さんだよ」

「千歳です」

 千歳がお辞儀をしながら名前を告げると、老婆は拝むように千歳を見てくる。

「は~、これは艦嬢さんかい。いつも人類を守ってくださってありがとうね~」

 老婆の言葉に千歳のほうが困る。

 艦嬢が人類を守るのは一種の本能である。無論、それ以外にも艦嬢個人にも理由があるかもしれないが、千歳はその本能に従って戦っている部分が大きい。だからありがたがられても困るのだ。

「おい、ババア。なんかいい酒ないか?」

「艦嬢さんがお飲みになるのかい?」

「いや、俺の友人」

「どぶろくでも飲んでな」

 老婆の速攻の掌返しに笹栗と老婆が口論を始める。

 だが、その口論も二人にとってはコミュニケーションの一つだと判断した千歳は一人で店内を見て歩く。

 お酒のおつまみから駄菓子まで幅広く商品が置かれている。そして一番奥の棚には数多くのお酒が置かれていた。

 千歳はそれを見ていく。ビール、日本酒、芋焼酎など数多くの種類が陳列されている。

「お酒に興味がおありですか?」

 千歳がその言葉に驚いて振り向くと先ほどの老婆が人当たりの良さそうな笑みを浮かべて立っていた。

「あら? 指揮官は?」

「指揮官? ああ、笹栗の倅ですか。ほれ、あそこに」

 千歳は老婆の指先を見る。

 鉄扇を頭に叩きつけられて気絶している笹栗がいた。

 とりあえず千歳は見なかったことにして会話を続ける。

「興味はあまり……私は艦嬢ですし」

 千歳の言葉に老婆はからからと笑う。

「なんのなんの。酒は人類の友。噂でしか私も聞いたことはありませんが、艦嬢さんも人と似たような嗜好を持つと聞きます。とりあえず一杯だけでも飲んでみませんか?」

 老婆の勧めに断るのも悪いと思った千歳は一口だけもらうことにする。

 千歳の言葉に老婆は日本酒を一本取り出して口を開ける。

「これは製造量が少なく、幻の酒とも言われている『月夜見』という酒です。口当たりも優しいし風味もいいのできっと艦嬢さんも気に入られますよ」

「そんな! 希少なお酒は悪いですよ」

 千歳の言葉に老婆はまたもからからと笑う。

「なに、人類を守ってくださっている艦嬢さんに飲まれるならこの酒も本望ってものでしょう。ほい、どうぞ一杯」

 すでにグラスにまで注がれているのに固辞するのは逆に失礼だと思った千歳はグラスを受け取る。

 においをかいでみると確かに良いにおいがしてくる。

 そして千歳は一口飲んで驚いた。

「おいしい……」

 思わず零れた言葉に老婆は嬉しそうに笑う。

「そうでしょう、そうでしょう。艦嬢さんは戦うのが仕事。ですが、息抜きも大切ですよ」

 老婆の言葉に千歳は再び驚きを覚える。

 艦嬢は戦うのが使命だし、千歳もそう思っている。

 だが、老婆は休むのも大事だといっているのだ。

「糸もはりっぱなしじゃぁ、いつかは切れます。それは人も艦嬢も一緒ですよ」

「……指揮官は私達の体もいたわってくれますよ?」

 千歳がフォローのつもりで付け足すと、老婆は楽しそうに笑う。

「でしょうな。笹栗の倅は他の悪ガキどもと一緒に基地に忍び込んじゃあ鳳翔さんにお世話になっていた。あれにとっては艦嬢さんも家族みたいなもんでしょう」

 老婆の話を聞きながら千歳はもう一口お酒を飲む。

 視線の先には叩かれた場所を撫でながら起き上がる笹栗。確かに笹栗は艦嬢達に対して友好的だ。いや、提督という存在は揃って艦嬢に対して友好的であるが、笹栗はそれが強いように思える。

「店主さんは指揮官が私達に対して甘い理由を知っていますか?」

 千歳の言葉に老婆は目を細める。

「さて、人の考えていることなんて他人にはわからないもんです。わたしゃぁ笹栗の倅とは付き合いが長いから色々と知っていますがね」

「それを聞くことはできますか?」

「本人も知らんことを言いふらす趣味はないんでね」

 老婆の言葉に千歳は考える。

 つまり、笹栗には本人も知らないことがあるということだ。

「まぁ、私が知っているのも所詮は噂って話だからね。本当は何も考えていないだけかもしれんさ」

 老婆のあんまりな言葉に千歳はがくりと体を崩す。それを見て老婆は楽しそうに笑った。

 そして笹栗が千歳達のところにやってくる。

「おぉ、いってぇ。おい、ババア。千歳さんに余計なこと言ってねぇだろうな」

「あんたが最後におねしょをした年とかかい」

「それマジで言ってたら戦争だかんな……!」

 笹栗の言葉に老婆は中指を立て返す。それに笹栗も中指を立て返してから笹栗は老婆が持っている酒に気づく。

「ババア! 『月夜見』じゃねぇか! そんな酒どこに隠してやがった!」

「あんたはどぶろくでも飲んでな。これは艦嬢さんに差し上げる品さ」

「え⁉」

 老婆の言葉に驚いたのは千歳だ。千歳は試飲だけのつもりで買うつもりはなかった。

 老婆は千歳のほうを向きながら微笑む。

「笹栗の倅には艦嬢さんが多くいると聞きます。どうぞ他の艦嬢さんと一緒に飲んでください」

 そう言って差し出された『月夜見』の酒瓶を千歳は受け取ることしかできなかった。


 その日の夜、笹栗と笹栗艦隊の艦嬢達は月の下で『月夜見』を味わうのであった。

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