個別エピソード 戦艦・三笠
「仕事が終わらん……」
笹栗は書類仕事を行いながらぼやく。
南シナ海掃討作戦報告書、Z旗に関する情報報告書、艦隊被害報告書、信濃戦力報告書などなど……笹栗が書くべき書類は山のようにあった。
その書類と格闘し続ける笹栗。途中で那智が壊した備品の発注書なども混ざってたりするのは苦笑するしかない。
「提督、少し休んだらどうだ」
そこにやってきたのはお盆に食べ物を乗せてやってきた三笠であった。
「昼食も食べずに仕事をしているだろう、少し休むのも大事だぞ」
「あ~、そっか。もうお昼ですか」
笹栗が時計を確認するとすでに十二時は過ぎ、十三時近くになっていた。
笹栗は執務机から立ち上がると応接用に置いてあるソファーへと移動する。三笠も手慣れた様子で応接用の机に昼食を置く。
料理を見て笹栗は驚く。
「信濃さん、もう揚げ物を作れるようになったんですか」
基本的に艦嬢の艦隊は艦隊内で料理当番を決めて作るのが普通である。
しかし、笹栗艦隊では信濃が料理に興味を示し、料理当番は信濃が務めるようになっていた。
ネット世界が普及した昨今、ちょっと調べれば料理のレシピなどはいくらでも出てくる。信濃はそのネットでレシピを調べて毎食の食事を作っているのだ。
笹栗の上官である阿比留大佐の艦嬢である鳳翔は料理の腕前がプロ級というのは一般人でも知っている常識であるが、信濃もなかなか良い腕をしており、笹栗や艦嬢達の楽しみの一つになっていた。
とんかつにソースをかけながら笹栗は口を開く。
「こうなると信濃さんの作った漢料理にも興味がわきますね」
「漢というと極東同盟の漢か」
「ええ、士官学校時代に同期の仲間と演習の一環で漢に行ったんですよ。その時に教官の眼を盗んで脱走して食べに行った漢料理が旨かったなぁ」
思い出すように呟く笹栗を優しい眼差しで見ている三笠。
しかし、三笠は何かに気づく。
「待て提督。脱走して食べにいっただと?」
「衣もさくっとしていておいしくあがっているなぁ!」
「話を逸らすでない! お主まさか脱走経験があるのか⁉」
とんかつと一緒に銀シャリまでかきこんだ笹栗はゆっくりと咀嚼する。
この状態で口を開くのは無作法なのは三笠でも理解できる。そのために待っているのだが笹栗は怒られるのがわかっているのでわざとゆっくりと食べている。
しかし、形あるものはいつかなくなる。
笹栗の口の中のとんかつと銀シャリが胃に落ちるのをみた三笠は箸を取り上げて笹栗の顔を掴む。
「提督は! 脱走経験が! あるのか!」
「脱走って言ってますけど、消灯時間過ぎた後に部屋から抜け出して飯食いに行っただけですよ」
「む、そうか。それならばいい」
ちなみに消灯時間以降の抜け出しは立派な軍規違反であり、上官にばれれば始末書+独房コースなのは間違いない。
残念ながら三笠はそれを知らない。
三笠から箸を返してもらった笹栗は食事をすすめる。すると笹栗の端末にメールが来たことが知らされる。
「提督、食事中だぞ」
「仕事に関することかもしれないから許して三笠ママ」
「誰がママか」
注意してきた三笠に軽口を飛ばす笹栗。三笠もその軽口に対して苦笑しながら窘めるが、攻める口調ではない。
メールを開いた笹栗は少し顔を顰める。側に多くいることが多い三笠にはその表情も見慣れたものだ。
「小西少尉か? それとも加藤少尉か?」
「今日は小西ですね」
笹栗は同期である小西と加藤とは頻繁に連絡をとっている。片やエリートコース、もう片や未来のエースパイロットである。仲良くなっていて損はないと三笠は思う。
まぁ、笹栗にとっては損得勘定を別にして一緒にバカをやれる友人というくくりであるが。
「メールのタイトルが『親愛なる友人に向けて』って時点で嫌な予感しかしないんだよなぁ」
「前回の加藤少尉のメールは空中戦の映像だったか?」
「あいつ単機で十機以上落とすとか頭おかしい」
その証拠に加藤の空中戦映像を見た信濃と千歳は『この機動は無理』と太鼓判を押している。
(空母艦嬢をして無理な機動をする加藤ってなんなんだ? ああ、変態か)
そう思った瞬間に加藤からメールが着信する。
タイトルが『機銃だけで十機落とせるまで帰れまテン』の時点でメールの内容を察した。
とりあえず加藤のメールは放置して小西からのメールを開く。
メールに本文はなく添付ファイルがあるだけ。
そして添付ファイルを開いた瞬間に笹栗は大きく目を開き、そして床に崩れ落ちた。
焦ったのは三笠のほうである。いつもであれば軽快な毒舌の応酬が始まるところで、突然笹栗が床に崩れ落ちたのだ。
笹栗に駆け寄りながら三笠は焦ったように問いかける。
「どうした提督!」
床に突っ伏している笹栗はその状態で大きく叫んだ。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……は?」
そして心の底から漏れ出てきた羨望の言葉に三笠から間抜けな言葉が出た。
三笠が残っている笹栗の空間ディスプレイを確認すると、黒髪ロングヘアーで軍服にミニスカート姿の艦嬢と思わしき女性と、小西が戦艦の砲身をバックに写真を撮っていた。
三笠は呆れたように目頭を揉みながら口を開く。
「あ~、提督。これがどうかしたか?」
「呉の海軍ミュージアムに展示されている戦艦・陸奥の四十一センチ主砲身の前で艦嬢の陸奥さんと一緒に写真を撮るとか士官学校時代から俺があやりたいって宣言してたやつぅぅぅぅぅぅぅ!」
笹栗渾身の叫びで三笠はこの艦嬢が戦艦・陸奥だということを知った。そして自分の提督が割とダメな部類に入ることも知った。
「む、提督。小西少尉から追加のメールが来たぞ」
「だいたい予想がつきますけど内容はなんです?」
床に潰れている状態での笹栗に呆れながらも三笠はメールを読み上げる。
「『ねぇ、どんな気持ち? やりたいって言ってたことが先こされるってどんな気持ち? あっはぁ! ざまぁ!』だそうだ」
「あんのクソイケメェェェェェェン!」
そして勢いよくがばりと起き上がって司令室に備え付けられている電話からどこかに電話を始めた。
つながった相手からも罵詈雑言が飛んでくるあたり、電話の相手は小西であろうと三笠は予想をつけて、笹栗のためにお茶を入れ始める。
「クッソがぁぁぁぁぁ!」
そう叫びながら笹栗は受話器を叩きつけた。どうやら今日の煽り合いは小西に軍配があがったらしい。
三笠が置いたお茶を一気に飲み干す笹栗。そして真剣な表情を浮かべたまま笹栗は口を開く。
「三笠さん」
「なんだ?」
「横須賀に戦艦・三笠が現存しているのは知っていますか?」
笹栗の問いに三笠は首を傾げる。
「ああ、横須賀にいたことろに一回見物にいったぞ」
同僚となる艦嬢達と一緒に見学に行ったのは記憶に新しい。
そして笹栗は力強く机をたたく。
「今度横須賀に行ったときに戦艦・三笠の前で三笠さんの艦装を並べて三笠さんと一緒に写真を撮りましょう!」
「頭は大丈夫か?」
「奴に勝つにはそれしかない……!」
「本当に頭は大丈夫か?」
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