第三章 南シナ海掃討作戦
「提督、作戦海域に入るぞ」
「了解、後方の作戦旗艦・ふそうに向けて打電。『日本海方面第三遊撃艦隊ハ作戦二入ル』」
「了解」
笹栗の言葉に三笠が作戦旗艦・ふそうに向かって打電をうっているのを確認しながら笹栗は旗下の艦隊に通信を繋ぐ。
「本艦隊はこれより作戦行動に入ります。対空監視を厳としてください」
笹栗の言葉に旗下の艦嬢達から了承の返事を聞きつつ笹栗は軍帽をかぶりなおす。
(意外と緊張するものだな)
「提督、作戦旗艦・ふそうから打電。『笹栗艦隊ノ奮闘ヲ期待スル』ということだ」
「いやだ、いやだ。新米がしくじるなってことですかね」
「素直に戦功を期待されたと思えばよかろう」
「そうしますか。っと、危ない、三笠さん、千歳さんに通信を繋げてください」
「む? 了解した」
笹栗の言葉に三笠が少し掌を動かすと、空間ディスプレイに千歳の姿が現れた。千歳は敬礼しながら口を開く。
『指揮官、どうかしました?』
「確か千歳さんに搭載可能な艦載機は三十機でしたね?」
『ええ』
「ならば二十機を偵察装備にして発艦。周囲の偵察をお願いします」
その言葉に千歳は少し顔を顰める。
『偵察機を出すのには賛成です。ですが数が多すぎるのでは? あまり多すぎると対空戦闘になった時の艦載機が足りない可能性が出てきます』
「それについては問題ないかと。信濃さんには対空、及び対爆装備で待機してもらいます。要は役割分担です。偵察の千歳さん。攻撃及び対空の信濃さん。もちろん千歳さんの予備機十機も場合によっては出してもらいますが」
笹栗の言葉に少し考えていた千歳であったが、すぐに頷いた。
『了解しました。敵艦載機を発見した場合はどうしますか?』
「すぐに報告を。信濃さんから艦載機を出撃させて撃滅します。千歳さんは戦闘に参加せず、空母型レイン・クロインの探索をしてください」
笹栗の言葉に敬礼をしながら通信を切る千歳。
十分後には偵察装備をした艦載機が千歳から出撃していった。
それを見ながら三笠は不思議そうに笹栗に問いかける。
「あれは操縦者がいるのか?」
「特装艦などの艦載機には操縦者が必要です。しかし、艦嬢の艦装に搭載されている艦載機は空母の艦嬢が全て操作できるそうです」
三笠の問いに答えながら笹栗は指揮卓に座って胡坐をかく。目線は南シナ海の海図が映されている。
「今回の作戦は昨年に行われた南シナ海奪還作戦の総仕上げです」
その言葉を三笠は黙って聞く。三笠に聞かせるようにしているが、笹栗が自分の考えを纏めていると気づいているからだ。
「奪還作戦において南シナ海にあったレイン・クロインの巣を破壊することに成功。場所はここ」
笹栗が示したのは南シナ海の中央に位置する地点。
「巣を破壊したことによって多数のレイン・クロインは太平洋に逃亡した模様です。ですが、沖縄方面のスクランブルの回数は減ってもなくなったわけではありません」
「空母型レイン・クロインがいるということか」
三笠の言葉に笹栗は頷く。
「レイン・クロイン艦載機の数から考えて空母型が最低でも二隻。まだ南シナ海にとどまっているはずです」
「狙いはわかるのか?」
三笠の言葉に笹栗は肩を竦める。
「さっぱりです。研究によってレイン・クロインは高度な知的生物だということは判明していますが、行動については動物的です。それら全てを把握するのは無理でしょう」
「そうなると昔の艦隊戦のように出会ってからの砲撃戦、ということだな」
「近代戦ではその前に航空戦も入りますがね」
そこで笹栗は何かに思いついた表情になる。
「そういえば三笠さんと言えばZ旗がありますよね?」
「む、そうだな」
Z旗。単独では『私は引き船が欲しい』、漁場では『私は投網中である』という意味しか持たないが、日本海軍にとっては特別な意味を持つ。日露戦争における日本海海戦において連合艦隊司令長官である東郷平八郎がイギリス軍のトラファルガーの戦いにおける通信にならい、『皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ、各員奮励努力セヨ』という意味を持たせて、士気を高めたのだ。
この勝利以降、日本海軍では大規模な海戦の時にはZ旗を掲揚して士気を高めるのが慣例化した。
それは現在でも続いており、大規模海戦の時には艦隊旗艦にZ旗が掲揚されるのである。
三笠も知識としてはそれを知っているので難しい表情を浮かべる。
「それは構わないが提督は連合艦隊長官ではあるまい? 勝手に掲揚してよいものか?」
三笠の問いに笹栗は軽く手を振る。
「かまいませんって。第一、こっちは『三笠』さんの『Z旗』ですよ? 艦隊旗艦のよりこっちのほうが味方艦嬢の士気上がりそうじゃないですか」
「む~、そんなものか。承知した」
三笠の言葉が終わると同時に三笠のマストにするするとZ旗が上り、風を受けて翻る。
すると興奮した面持ちで那智から通信が入った。
『おい! 貴様! よくわかっているじゃないか! そうだ! 私達には三笠様がついているんだ!』
「喜んでいただけて幸いです。三笠さんも那智さんに一言」
笹栗に振られて少し焦った様子で三笠は口を開く。
「奮闘を期待する」
『ハ! この那智にお任せを!』
そして興奮した様子で那智は通信を切る。それを見て唖然とした表情をしている三笠に笹栗は笑ってみせた。
「御覧の通りです。三笠さんは自分が思っているより艦嬢達に尊敬されているんですよ」
「そうか……うむ、そうか!」
笹栗の言葉に三笠は嬉しそうに頷く。
(良かった、これで自分に自信を持ってくれるかな。しかし……)
そう思いながら笹栗は帽子をとって団扇のように扇ぐ。
(東郷先輩の言う通りだったな。確かに三笠さんは艦嬢達にとっては特別な存在らしい)
後世においても笹栗艦隊=Z旗とも呼ばれるほど有名になる三笠のZ旗であるが、そのアイディアは笹栗本人ではなく、その先輩である東郷透によって提案された事実なのは知られていない。
初陣ということで何かアイディアをもらった笹栗本人もここまで効果があるとは思っていなかった。その点、後世において魔術師とまで呼ばれる用兵の天才である東郷のほうが、才能はなくてもこの時点では艦嬢達に対する理解は深かったのであろう。
「む、提督、千歳から通信だ」
「了解、繋いでください」
三笠の言葉に笹栗が即答すると、空間ディスプレイに千歳が現れる。
敬礼をするとすぐに千歳は報告を始めた。
『私達の艦隊から西の地点に友軍艦隊を発見しました』
「編成はわかりますか?」
『前衛艦隊に神通、夕立、江風。後衛艦隊に龍驤、祥鳳です』
千歳の言葉に笹栗は口笛を吹く。それを見て三笠は問いかけた。
「知っているのか?」
「神通、夕立、江風の編成と言えば豪勇を持って知られる女傑・志摩中佐の艦隊です。そして後衛を務めている龍驤、祥鳳の編成は軍歴六十年の老将・九鬼大佐の艦隊です。どちらも日本だけでなく世界にその名を知られる名提督ですよ」
「ふ~む、なるほど。大本営もこの作戦には力を入れているのだな」
「宿願であった南シナ海の奪取がかかっていますからね」
『それで提督、どうすればいいかしら?』
「軍規通りに合図をして離脱してください。九鬼大佐がいるならそっち方面の偵察は不要でしょう。逆方面に注力してください」
『了解』
笹栗の言葉に千歳は敬礼してから通信が切れる。笹栗が海図を見ると、味方艦隊の位置が三笠によって追加されていた。
それを見ながら思案していた笹栗であったが、海図を見ながら口を開く。
「やはり我が艦隊は予定通りに南沙諸島方面に向かいますか」
「太平洋の入り口方面はどうする?」
「そちらには友軍艦隊が向かっているはずです」
「こちらからレイン・クロインを追い立てて友軍艦隊の待ち伏せで潰すということか」
「その通りです」
笹栗の言葉に三笠は少し首を傾げる。
「だが、それでは提督の戦功にならぬのではないか?」
「私に期待されているのは狩りでいうところの勢子の役割です。追い立てるだけでも十分なんですよ」
「提督はそれだけでいいのか?」
三笠の問いに笹栗はニヤリと笑う。
「三笠さん、知ってますか? 古来より一番敵に損害を与えられるのは追撃戦の時なんですよ」
笹栗の言葉に三笠は虚を突かれた表情になるが、すぐに笑いだす。
「ははは、なるほど。提督は一番手柄を挙げる気でいるのか」
「いるであろう空母型二隻のうちの一隻……これをうちの艦隊だけで仕留められれば最高ですね」
「となると千歳の索敵が肝か」
「その通りです。レイン・クロインも人類側が掃討作戦に乗り出したことに気づいているでしょう。そしてこれまでの研究からレイン・クロインは勝てない時は平気で逃げます」
「今回も逃げの一手となっている、ということか」
「ですね。これは大本営の幕僚本部の総意でもあります。あとは個人的に仲のいい先輩の意見でもあります」
その言葉に三笠が笹栗を見る目がジト目になる。
「提督には自分の意見がないのか?」
その言葉に笹栗は軽く肩を竦めた。
「戦術眼なら少しは自信があるんですがね。こと戦略という視点になると幕僚本部のエリート達や先輩の視点のほうが優れています」
「……まぁ、変に自分の力量を過信されるよりかは良いか」
「そう言ってもらえて幸いです」
その会話を終えて笹栗は海を眺める。どこまでも青い海が広がっており、今が戦時中であることを忘れそうになる。
「む、提督。浜風から通信だ」
「繋いでください」
笹栗の言葉に三笠は浜風との通信を繋ぐ。空間ディスプレイには硬い表情を崩そうともしない浜風の姿が映った。
「なにかありましたか?」
『司令官にお伝えしたいことが』
「聞きましょう」
笹栗の言葉に浜風は硬い表情のまま口を開く。
『この海域に潜水艦の気配がします』
その言葉に笹栗の視線が細まる。第二次世界大戦の時もそうであったが、レイン・クロインとの戦いで一番悩まさられるのは潜水艦の存在である。
開戦当初はソナーに捉えていた潜水艦型レイン・クロインであるが、戦争の中で進化したのか、ここ四十年近くは捉えることができなくなっていた。そしてこの戦争でも人類側は潜水艦型レイン・クロインに大いに悩まされている。
「根拠はありますか?」
『ありません。当方の艦としての感覚……そうとしか説明できません』
浜風は第二次世界大戦の開戦から大和の沈没までを戦い抜いている歴戦艦である。その中には友軍艦が潜水艦によって沈められた戦いも含まれている。
浜風の言葉に笹栗は頷く。
「信じましょう。全艦……いや、信濃さんと千歳さんは無理ですね。那智、矢矧、浜風は……」
『閣下! 魚雷発射音を確認!』
「各艦回避行動!」
まさしく笹栗が指示を出そうとした瞬間、矢矧からの報告が入る。それを聞いた瞬間に笹栗も回避行動の指示を出していた。
「敵潜の狙いは⁉」
『信濃!』
「信濃! 回避行動をとれ! 急げ!」
笹栗の言葉に信濃は回避行動をとろうとする。しかし、全長が二六六メートルもある信濃は俊敏な回避行動はとれない。
信濃の側面に巨大な爆発と水柱が起きる。
「クソ……! 信濃! 被害報告!」
『ッ……妾の損害……軽微!』
信濃の報告に笹栗は少しだけ安堵のため息を吐く。世界でも有数の大和型だ。魚雷一本くらいではびくともしない。
「だがまぁ、何本も浴びるものでもありませんね。矢矧! 敵潜の位置は?」
『判明せず』
「くそったれ。各艦対潜警戒を! 少しのスクリュー音も聞き逃さないでください!」
『指揮官、最悪な報告をしてもいいかしら?』
「現状変わります?」
『悪化するわね。敵航空部隊を発見。私達の方向に向かっているわ』
「……最悪すぎてぶっ倒れそうだ」
千歳からの報告に笹栗は一度だけ目頭を揉むと、新たに指示を出す。
「信濃は艦載機を出撃! 敵航空部隊を撃滅してください! 矢矧、浜風は引き続き対潜警戒を! 三笠と那智は敵航空部隊来襲に備えて対空戦の用意を!」
笹栗の矢継ぎ早の指示に艦嬢達も艦を動かす。三笠と那智は敵航空部隊が迫っている方角に出て対空警戒、矢矧と浜風は引き続き敵潜水艦の探索と撃沈。
そして信濃から総勢六十機の艦載機が出撃していく。
それを見送ってから笹栗は再び千歳に通信を繋ぐ。
『どうかしました?』
「千歳さん、敵艦載機が来た方角に向けて偵察を強化してください。敵母艦がいる可能性があります」
『なるほど……了解しました』
千歳との通信が切れると笹栗は流れる汗をぬぐう。それを見て三笠は苦笑しながら口を開いた。
「楽勝、でななくなったな」
「最初から気を抜いていたつもりはなかったんですが……どこか慢心があったんですかね」
「かもしれぬ。だが、この危機においても提督の指揮に不備はない。優秀であるな」
「この戦いを無事に切り抜けられたらもっと褒めてください」
『魚雷発射音四!』
「矢矧、浜風はデコイ発射!」
矢矧と浜風は対潜デコイを発射する。
爆発音と水柱。
「浜風!」
その爆発と水柱は駆逐艦・浜風を捉えていた。笹栗は思わず悲鳴を上げる。
『当方中破! だが自航及び戦闘行動に支障なし!』
浜風の言葉に笹栗は思わず安堵のため息を吐くが、すぐに次の指示を出す。
「矢矧! 敵潜水艦の位置は!」
『捉えました!』
「よし! 爆雷投下!」
『了解! 爆雷投下!』
敵潜水艦の位置に移動していた矢矧は爆雷を投下する。しばらくして大きな爆発と水柱。
しばし、無言の三笠の艦橋。
『こちら矢矧! 敵潜水艦の撃沈に成功したと思われます!』
矢矧の報告に笹栗は帽子をとって扇ぐ。
「提督、休んでいるヒマはないのではないか?」
「そうでした。とりあえず浜風にはダメコンの指示を出してください」
三笠の言葉に笹栗は新たな指示を出すと、次に信濃に通信を繋ぐ。
「信濃さん、航空戦はどうなっていますか?」
『ん……今、最後の一機を……うん、落とした……』
信濃の報告に笹栗は思わず口笛を吹く。信濃一隻で航空機六十機近くを出撃できる。その数の暴力を目の当たりにしたからだ。
「千歳さん、敵艦隊は補足できましたか?」
『ちょうどたった今ね』
その報告と一緒に通信を受けた三笠が海図に敵艦隊の位置を記す。
『敵艦隊は空母型が一、戦艦型が一、巡洋型が三、駆逐型が六の合計十一編成。指揮官、どうします?』
千歳の言葉に笹栗は新たな指示を出す。
「信濃さんは半分の三十機を戻して対艦装備に換装し再度出撃。残りの三十機で敵艦隊の上空を制圧してください」
「三十機で足りるのか?」
三笠の問いにも笹栗は即答する。
「おそらく敵にはもはや航空戦力は残っていないはずです。残っていたとしても三十機出充分対処できるかと。千歳さんは引き続き周囲の索敵をお願いします。はぐれレイン・クロインがいるかもしれません」
『承知……した……』
『了解です』
そして次に笹栗は浜風に通信を繋ぐ。
「浜風、被害は?」
『魚雷二発が直撃しましたが、戦闘行動に支障はありません』
「魚雷二発が直撃⁉」
おかしな話である。駆逐艦にとって魚雷一発でも致命傷になりうる。それが二発くらっても戦闘行動に支障がない程度しか被害を受けていないのだ。
「浜風は魚雷対策に特化……させてませんよね?」
『は! 当方は通常兵装であります!』
浜風の言葉に笹栗は不思議そうに首を傾げる。
『おい、貴様。ちょっといいか』
「はい? なんですか、那智さん」
そこに口を挟んできたのは那智であった。那智もどこか不思議そうにしながらも口を開く。
『俺の艦だがな。三笠様がZ旗を掲揚してから装甲が厚くなった気がする』
「……なんですって?」
『感覚的なものだがな』
『那智殿の意見に当方も賛成であります。そうでなければ当方が魚雷二発の直撃には耐えられないかと』
笹栗が三笠を見るが、三笠も不思議そうに首を傾げていた。
「そんなことってありえますか?」
「う~む、すまぬが我にもわからぬ」
お互いに首をひねった笹栗と三笠であったが、すぐに笹栗は手を叩く。
「まぁ、その検証については後日行いましょう。信濃さん、出撃準備は?」
『ん……整った……出撃させる……』
その言葉の通りに対艦装備になった艦載機達が信濃から飛び立つ。
そして笹栗も通信を入れる。
「浜風の中破で編成を変えます。最前衛に那智さん、中衛に三笠さんと矢矧さん、後衛に信濃さん、千歳さん、最後尾に浜風がついてください」
笹栗の言葉に笹栗艦隊の艦嬢達は編成を整える。
そして編成が整ってから笹栗は力強く宣言する。
「全艦最大船速! 敵残存艦隊を撃滅します!」
南シナ海掃討作戦は日本軍の圧勝という形で幕を降ろした。南シナ海に残っていたレイン・クロインは撃破か逃亡を選び、南シナ海は人類側のものとなる。
この戦いにおいて日本海方面第三遊撃艦隊(笹栗艦隊)は空母型一、戦艦型一、巡洋型二、駆逐型三の撃沈という戦果をあげたのであった。
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