2話

 対馬泊地笹栗艦隊司令棟ブリーフィングルーム。前には作戦説明のために笹栗が立ち、艦嬢達はそれぞれ席についている。

 全員を見渡してから笹栗は真剣な表情で口を開く。

「大本営から命令が届きました。『笹栗艦隊ハ対馬泊地ヲ出撃シ、南シナ海掃討作戦二参加セヨ』。出撃は明後日〇六〇〇」

 そう言ってから笹栗は覚悟を決めた顔で口を開く。

「レイン・クロインとの戦争です」

 静まりかえるブリーフィングルーム。

 だが、すぐに那智が大笑いをしてその沈黙を破った。

「ははは! そうか! 戦争か! いいぞ! しばらくつまらん輸送任務とかだと思っていたが……そうか! 戦争か!」

 那智の言葉に笹栗は困ったように頭をかく。

 すると今度は矢矧が口を開いた。

「閣下、閣下はまだ任官したばかりのはずです。言い方は悪いですが、素人に毛が生えた程度の閣下を掃討作戦に参加させる利点がわかりません」

「矢矧さんははっきり言うなぁ」

 矢矧の言葉に笹栗は困ったように頬をかきながら説明を続ける。

「矢矧さんの言う通り、任官したばっかりの新米提督を最初から掃討作戦に従事させるなんてありえません。ですが、今回は大本営の狙いがわかります」

「それは?」

「信濃さんですよ」

「……? 妾が……?」

 笹栗の言葉に信濃は不思議そうに首を傾げる。それに頷きながら笹栗は説明を続ける。

「日本人なら誰でも知っている戦艦・大和。その大和型三番艦として設計され、最終的に大和型空母となるも不運にも奇襲を受けて轟沈した正規空母・信濃。大本営としてはその実力を知りたいと言ったところでしょうね」

 笹栗の言葉に信濃は悲痛な表情を浮かべる。

「妾に対して……過大な期待……妾は……妾は……」

 そんな信濃に対して笹栗は笑顔で手を振る。

「あ、大丈夫です。たぶん戦果を挙げたら『流石は大和型空母』ってなって、逆に駄目だった場合は『指揮官が悪い。更迭せよ』って声が挙がるだけなんで」

「いや、それは貴様にとっては駄目だろう」

 思わず那智が突っ込んしまう。だが、平然と『戦果を挙げれたら艦嬢のおかげ。駄目だったら指揮官の力量のせい』と言い放つ笹栗の神経もおかしい。

 笹栗はそれでも笑いながら手を振る。

「日本には『空母の神様』と呼ばれる吉川提督がいらっしゃいますからね。たぶん、ここで俺が駄目だったら信濃さんは吉川提督のところに配置転換になると思います」

「……そなたは……それで……良いのですか……?」

 信濃の言葉に笹栗の雰囲気が変わる。

 研ぎ澄まされた刃のような、凍てつく氷のような雰囲気を出しながら笹栗は口を開く。

「今回の作戦で戦果を挙げれなければ『笹栗艦隊は無能』のレッテルを張られます。俺一人だだけが無能と蔑まれるだったら別に構いません。ですか、艦嬢の皆さんも無能と言われるのは私には耐えがたい」

 笹栗は指で机を叩きながら言葉を続ける。

「みなさんは俺の建造に応じて来てくださったんです。その皆さんを無能と蔑まれるのは個人的に嫌です。それと、我が笹栗家は代々船乗りの家系です。自分の無能はあっても船に無能はない。そういう家訓がありますので」

 そこまで言い切ると笹栗は再びへらりと笑う。

「そんなわけで俺は皆さんを率いて大本営が納得できる戦果を挙げます」

 笹栗の言葉に那智は満足そうに口を開く。

「なんだ、そっちが本性か。大本営を納得できる戦果を挙げたい、ね」

「那智さん、違いますよ」

 那智の言葉を途中で遮り、笹栗はニヤリと笑って口を開く。

「『挙げたい』んじゃなくて『挙げる』んです」

 笹栗の言葉に那智は大笑いした。

「くはははは! そうか! そうだな! 俺達は戦果を挙げる! これは決定事項だ!」

「その通りです」

 那智の上機嫌の笑いを見ながら今度は千歳が口を開く。

「そうなると艦隊旗艦は信濃ですか?」

「いえ、笹栗艦隊は三笠さんを旗艦とします」

 千歳の問いに笹栗が答えると、全員の視線が隅っこのほうで小さくなっていた三笠に集まる。その三笠も自分が旗艦になると思っていなかったのか驚いた表情になっている。

「わ、我が旗艦なのか⁉」

「ええ」

「いや、しかし我は旧式だぞ⁉」

「三笠さんを旗艦にするのは三つの理由があります」

 まず一つ目と言って笹栗は説明を続ける。

「例えば那智さん、三笠さんが艦隊旗艦として自分を率いてくれればどう思いますか?」

「最高の気分だ!」

「とまぁ、このように三笠さんは艦嬢達にとって特別な人みたいです。おそらくは他の艦隊と連携を組んだ時も『総旗艦でなくても分艦隊旗艦に三笠がいる』と聞けば他の艦隊の艦嬢達も士気が上がるでしょう」

 三笠が他の同僚艦嬢を見ると那智と同意見のようで反対意見はない。

「それと二つ目。レイン・クロインの生態に関することですが、レイン・クロインの艦載機級は大型の艦艇を優先して狙う傾向があります」

「なるほど。信濃殿を旗艦にしてしまうと艦載機の集中砲火を浴びる可能性が高まるということですか」

 浜風の言葉に笹栗は頷く。

「その通りです。開戦早々に旗艦が集中砲火で指揮官戦死……ってことは避けたいですからね。それで最後ですが」

 そこまで言って笹栗は三笠を見つめる。

「三笠さんの民間人での人気です。横須賀に記念艦として三笠が残されていることもあり、三笠さんの民間人での人気は高いです。その三笠さんが他の艦嬢を率いてレイン・クロインと戦う。それだけで民間人は支持してくれるようになりますよ」

「民間人の間でも人気とは……流石は三笠様」

 矢矧の敬意のこもった言葉に笹栗は頷く。

「以上の三つから三笠さんを笹栗艦隊の旗艦とします。三笠さん、受けてくださいますか?」

「わ、我で良いのか?」

 三笠の言葉に笹栗はにこりと微笑む。

「三笠さんじゃないと駄目なんです」

 その言葉に三笠は嬉しそうに立ち上がり大きく宣言する。

「旗艦の任務任されよう! この三笠! 笹栗艦隊旗艦として皆を率いる! 各自も奮闘努力せよ!」

 三笠の言葉に艦嬢達から鬨の声が上がるのであった。



 笹栗艦隊の艦嬢達は港で笹栗を待っている。

 笹栗は朝になって「ちょっと行くところがあるので出撃準備は整えていてください」と言い残すと軽トラックに乗ってどこかに行ってしまった。

 出撃の時間まであと僅かだ。そのために気の短い那智などは見るからにイライラしている。

「遅い! あの男はどこに行ったんだ!」

 那智の怒鳴りに隣にいた千歳は苦笑する。

「指揮官は対馬の出身とおっしゃっていたし、友人に別れの挨拶をしに行ったのかもしれないわ」

「別れの挨拶など軍に入る前にしておくべきことだろう」

「自分達も他の艦嬢と戦場で別れの挨拶をする時はあります。それと同じことでは?」

「むむむ」

 矢矧の言葉に那智は腕を組みながら唸る。

 それを見て三笠が苦笑しながら口を開いた。

「まぁ、提督にも家族がいよう。その家族との挨拶だと思えば悪いことだとは思うまい」

「……三笠様がそう言うなら」

 三笠の言葉に那智はとりあえずの納得を見せる。そして三笠は同僚となる艦嬢達を順にみる。

 信濃はぼんやりと空を見上げており、千歳は楽しそうに那智をからかっている。那智はそんな千歳に怒っているし、矢矧は作戦海域の海図を空間ディスプレイに浮かべてみており、浜風もそれを覗いている。

(う~む、一言に艦嬢と言ってもいろいろいるものだな)

 それぞれの艦によってある程度の性格などは決まっているそうだが、笹栗艦隊の面々はさらにその個性が強いように三笠には感じる。

(まぁ、我もここしか知らないからあまり偉そうなことは言えないか)

「ああ、みなさん! お待たせしました!」

「遅いぞ貴様ぁぁぁぁ!」

 軽トラックから慌てた様子で降りてきたのはどこかに行っていた笹栗。その笹栗に対して間髪入れずに那智が怒鳴った。

 その怒鳴り声に対して笹栗はにへらと笑いながら口を開く。

「なんですか? 寂しかったんですか、那智さん」

「いい根性をしている。初陣前に二階級特進しとくか?」

 那智の本気の言葉に笹栗は土下座をして謝る。笹栗艦隊の艦嬢達にとっては慣れたくなかったが、見慣れてしまった光景だ。

 笹栗が那智を煽りすぎて那智が本気切れし、笹栗が土下座する。いわゆる一連の流れでもあった。

 三笠は笹栗に手を貸しながら彼を立たせると、汚れたズボンをはたいてから全員に向かう。

「総員傾注!」

 三笠の言葉に笹栗艦隊の艦嬢達が姿勢を正して敬礼をする。

「艦隊指揮官笹栗栄提督からの訓示である!」

「あ、俺ですか」

 三笠の言葉に笹栗が思わずと言った感じで呟き、それを聞いて思わず力が抜けそうになるが、三笠は踏ん張って笹栗に対して敬礼をする。

 笹栗はかぶっていた軍帽をとり、一回だけ髪をかき混ぜると口を開く。

「私からの命令はただ一つ。生きて帰りましょう」

 そう言いながら笹栗は全員を見渡す。

「私は新米です。つたない指揮もあるでしょう。ですが私の願いは皆さんと再びこの対馬の港で再会することです」

 そして笹栗は力強い表情になる。

「生きて、そして勝って帰ってきましょう」

『は!』

 笹栗の言葉に艦嬢達から元気のよい返事が出る。三笠はその反応に満足してから全員に指示を出す。

「全員乗艦! 出撃準備!」

 三笠の言葉に弾かれたようにそれぞれの艦装へと走っていく。三笠はそれを見送りながら笹栗を見る。

「では提督も我に乗艦してくれ」

「あ~、はい。指揮所までの案内をお願いします」

「うむ!」

 笹栗の言葉に三笠は自分の艦装内部へと笹栗を案内する。

「そういえば提督。提督はどこに行っておったのだ?」

「ああ、昔からの馴染みの神社に戦勝祈願に行ってきたんです」

「なんだ、それだったら我達も連れていってくれれば良かったのだ」

 三笠の言葉に笹栗は少し驚く。

「神頼みなんかしないと思ってました」

「まさか。我達も艦船だからな。神頼みはするぞ」

「それじゃあ次の出撃の時にはみんなで行きますか」

「それが良い」

 会話をしながら三笠の艦装内を歩く。そして途中で笹栗は何かに気づいて、ある部屋の中を覗いている。三笠にとっては自分の体の一部だ。そこを確認するまでもなく何の部屋かわかる。

「副砲が珍しいか?」

「いえ、そういうわけでなないんですが……これって三笠さんの意思で自由に動かせるんですよね」

 返答の代わりに三笠は笹栗が見ていた副砲を動かしてみせる。それを見て笹栗は感嘆の声をあげた。

「おお、本当に無人で動いている」

「我らにとっては体を動かすことと一緒故な」

「う~む、艦嬢の神秘」

 そんなことを言いながら笹栗は三笠について艦内を歩く。

 そして指揮所に到着すると軍帽を深くかぶりなおして大きく深呼吸をする。それを横目で見ながら三笠は各艦に通信を繋ぐ。

「各艦、状況知らせ」

『信濃……出撃準備完了……』

『軽空母千歳、いつでもいけますよ』

『こちら那智だ! 早くしろ!』

『矢矧、準備完了です』

『駆逐艦浜風、準備完了であります!』

「各艦出撃準備完了。提督、笹栗艦隊旗艦三笠も準備は整っています」

 三笠の言葉に笹栗は右手を上にあげ、振り下ろしながら大きく叫ぶ。

「笹栗艦隊抜錨!」


 二一〇〇年四月二十九日〇六〇二分。対馬泊地所属日本海方面第三遊撃艦隊(通称・笹栗艦隊)南シナ海掃討作戦参加のために対馬を出撃。

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