第二章 対馬泊地

 横須賀鎮守府にて艦装の建造を終えた笹栗艦隊の面々は配置基地である対馬泊地へと向かっていた。

 外を見れる輸送艦の展望デッキに、笹栗と旗下の艦嬢達が見えてきた対馬を眺めている。

「対馬か。我の時は対馬海峡が主戦場になったわけだが、後世ではどうなのだ?」

 三笠が発した疑問に指揮官である笹栗が帽子を団扇代わりで扇ぎながら口を開く。

「第二次世界大戦……信濃さん達の世代の時にはそこまで重要な拠点ではなかったんですよ」

「なかった……ということは今は……?」

 笹栗の言葉に反応したのは信濃であった。そんな信濃に笑みを返しながら笹栗は言葉を続ける。

「初期の頃のレイン・クロインの大量蜂起。これによって日本海もレイン・クロインの手に落ちました。で、日本海奪還のために二つの島を前線基地として整備しました。一つは佐渡島。もう一つが我々が配属された対馬基地です」

 笹栗はそこまで説明して全員見渡してから言葉を続ける。

「二〇〇五年の日本海奪還作戦である『星二号作戦』の時には五十隻近い艦嬢と特装艦が対馬基地に集まって出撃、勝利を手にしたと言われています。それ以降は主戦場が北方海域と南シナ海に移ったことで日本海の哨戒任務に主に従事しています。その任務性から対馬基地の規模は縮小され、今は対馬泊地になっています」

 そう説明を続けていると輸送艦が対馬と並走するように移動する。

「対馬泊地と呼ばれている場所は過去に倭寇の本拠地として知られている浅茅湾を改造して作られました。規模が縮小されたとは言え、元々は最前線の基地ですから艦嬢や特装艦の最大収容数は六十隻と想定されています。とは言っても今は後方警備の基地。特装艦が配属されていてもせいぜい旧式が二隻。現在の基地司令官が提督適正の持ち主なので艦嬢もいますが、それも一人だけ」

「それだけで日本海を守り切れるのか?」

 那智の問いに笹栗は頭をかく。

「そうは言っても先ほども言った通り主な任務は日本海警備を別にしたら後方輸送任務。日本のレイン・クロインとの戦いは北方海域と南シナ海、それに太平洋です」

「……関わるとしたら南シナ海の戦いでしょうか?」

 生真面目な矢矧の言葉に笹栗は頷く。

「駆り出されるとしたらそっちでしょうね。ですが北方海域では新ソ連との連合軍でも一進一退、太平洋側は完全にレイン・クロイン側に落ちています」

「押し込まれているわね」

 千歳の言葉に笹栗は笑った。

「千歳さんの言う通り、まさしく人類は存亡の危機です」

「その割には司令官には悲壮感がないと当方は感じますが」

 浜風の言葉に笹栗は大きく笑った。

「それはそうさ。何せ自分が生まれた時から現在まで戦況は人類の不利のまま。しかも歴史を調べれば完全に追い詰められている時もあったわけだからな。その時に比べれば今は天国みたいなもんさ。協力してくれる艦嬢も大きく増え、特装艦の建造も進んだ」

 そして笹栗は浜風を指さす。

「そう、人類は勝ちつつあるんだよ」

「本気で言っているのか?」

「まさか。軍学校で習ったことです」

 三笠の突っ込みに笹栗が笑いながら答えると、笹栗艦隊の艦嬢達は全員苦笑した。いや、那智だけは若干不機嫌であったが。

 その不機嫌状態のまま那智が口を開く。

「となると俺達のしばらくの任務は日本海の哨戒任務か?」

「でしょうね。不満ですか? 那智さん」

 笹栗の言葉に那智は不満そうに鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

「不満だ。だが、それで任務を放棄するほど俺は愚かじゃない」

「安心しました」

 そんな会話をしていると輸送艦は対馬泊地へと入っていくのであった。



 対馬泊地総司令官室。ここには大佐の階級をつけた老年の女性と、その艦嬢と思わしき女性。そして笹栗を筆頭にした笹栗艦隊の艦嬢達も来ていた。

 笹栗は綺麗な敬礼をしながら口を開く。

「笹栗栄少佐、及び笹栗栄旗下艦嬢六隻! 本日より対馬泊地に着任いたします!」

 笹栗の言葉に笹栗配下の艦嬢達も綺麗に敬礼する。

 その姿を見ながら老年の女性は優しそうに口を開く。

「ようこそ対馬泊地へ。私はここの駐留艦隊の司令官を務める阿比留友恵大佐です。こちらは私の艦嬢である鳳翔です」

「鳳翔です。よろしくお願いしますね」

「は! よろしくお願いいたします!」

 阿比留と鳳翔の言葉に笹栗が真面目に返すと、阿比留はどこか眩しいものを見るような眼で笹栗を見る。

「しかし、昔から基地に忍び込んで悪さをしていた悪ガキが提督適正・甲で強制徴用なんてわからないものねぇ」

「友恵ばっちゃ。やめて、今のところ艦嬢のみんなには真面目で通しているんだから」

「あらあら、そんな自分を取り繕っても駄目よ? 貴方は根本的に不真面目なんだからすぐにバレることになるわ」

 クスクスと笑う阿比留に困ったように頬をかく笹栗。その二人を見て微笑ましそうにしている鳳翔。

 不思議に思ったのか代表して三笠が口を開いた。

「提督は阿比留大佐とお知り合いなのか?」

「あ~、俺も友恵ばっちゃ……じゃなかった、阿比留大佐は対馬生まれの対馬育ち。阿比留大佐が対馬に着任してからしょっちゅう軍管区に忍び込んで遊んでいました」

「貴様、よく銃殺されなかったな」

 那智の言葉に笹栗も頭をかく。

「今、考えるとギリギリの遊びしていたよなぁ」

「軍管区に忍び込む時点で駄目なんですよ」

「そんなバカな。だってそれを言ってる鳳翔さんがいつも真っ先に俺達のことを見つけてご飯を食べさせてくれていた」

「他の人に見つけられたらまずいっていう鳳翔の優しさよ」

 阿比留の言葉に無言で自分達の指揮官を見る笹栗艦隊の艦嬢達。

 そして笹栗は鳳翔に向かって直角に腰を曲げた。

「そのたびはありがとうございましたぁ!」

「どういたしまして」

 笹栗の言葉にも鳳翔はにこにこと微笑みを崩さない。

 そして阿比留は話が一段落したと思ったのか手を叩いて全員の視線を集中させる。

「栄ちゃん……ああ、もうこの呼び方はまずいわねぇ。笹栗少佐とみなさんが入る建物は準備が完了しています。各々の艦装はその建物の前にある港に出してください」

 そして阿比留の視線が信濃で止まる。

「信濃さん……よねぇ?」

「は……はい……妾が信濃です……」

 そして阿比留は困ったように鳳翔を見る。

「信濃ちゃんの艦装、入るかしら?」

「一応、連絡を受けて拡張工事は行いました。信濃さんはそこで艦装を広げてください」

「か……かしこまり……ました……」

 信濃の反応を見て笹栗は首を傾げる。

「なんで信濃さんは鳳翔さん相手に緊張しているんです?」

 その言葉に千歳がスススと近寄って小声で助言する。

「鳳翔さんは全ての空母の基礎になった方です。要はお母さん」

「なるほど、つまり子供の頃に間違って呼んだ『鳳翔ママ』呼びは間違っていなかった」

「貴様のその思考回路が間違いだと思うぞ」

 那智の痛烈な突っ込みにその場にいた全員から笑いがでるのであった。



 対馬泊地笹栗艦隊駐留港。ここでは笹栗艦隊の艦嬢達が自分の艦装を呼び出していた。

 港に並ぶ艦の姿を見て三笠はため息を吐く。

「みな我より大きいのに我より速度あるのはどういうことだ……人類の技術力怖い……」

 三笠の嘆きに全員が苦笑するが、浜風が生真面目そうに口を開く。

「しかし、三笠様もエンジンを積み替えたご様子。速力ならば当方達と変わらなくなったと」

「うむ、まぁ、その通りなのだが……」

 歯切れの悪い三笠の言葉に矢矧が首を傾げながら口を開く。

「他に気になる点でも?」

「……武装がな」

 その言葉に全員が視線を逸らした。確かに三笠の主砲はまだ使えるところであるが、現代の主流である航空機に対する対空兵装が心伴いなのだ。これは三笠の時代には航空機など存在しなかったのも大きい。

 ため息を吐きながら三笠は自分の艦装を見上げる。

 自分にとっては誇らしい艦だ。自分が旗艦となってロシアの艦隊を撃破したという自負もある。

 だが、それでも後輩達との装備の差に暗くなるのも当然だ。

「我は留守番かなぁ……」

 その呟きに反応したのは那智であった。

「三笠様が出陣しないなど考えられません!」

「いや、だがそれは提督が決めることだからなぁ……」

「あのぼんくらがそんなこと言い始めたら俺が殴ってやります!」

 那智の暴走を千歳が宥めながら、千歳も口を開く。

「指揮官はまだ新人です。ここは経験豊富な三笠様がいたほうが安心すると思いますよ」

「……そうかなぁ」

 まだ元気が戻らない三笠。そこに黒いファイルを持った笹栗がやってきた。

「お、みなさんの艦装が出てますねぇ。こいつは壮観だ」

「おい貴様まさか三笠様に出撃していただかないとか考えてないだろうな」

「え⁉ なになに⁉ なんで俺は突然那智さんに胸倉掴まれているの⁉」

 完全に那智の暴走だったので千歳が宥め、矢矧が笹栗の軍服を整える。

 不思議そうに首を傾げながらも笹栗は口を開く。

「みなさん、笹栗棟のブリーフィングルームに集合してください」

 その言葉に艦嬢達から緊張が走る。

 それに気づいて笹栗も笑みを控え、真剣な表情を浮かべながら口を開く。

「出撃命令が届きました」

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