4話

 工廠の中にある一室。そこに教師のように立っているのが新米提督である笹栗。そして生徒のように座席に座っているのが笹栗艦隊の艦嬢達であった。

「はい、それじゃあ現在の人類の追い詰められ具合を説明したいと思います」

「閣下、よろしいでしょうか」

「はい、なんですか矢矧さん」

 きちんと手を挙げてから答えるあたりに「意外とノリがいいな」と思いつつ笹栗は指名する。すると矢矧は立ち上がってから口を開いた。

「なぜ香取殿がいらっしゃるのでしょうか?」

 その言葉の通り部屋の奥には眼鏡をかけたきつそうな美人女性がいた。

 彼女が主に提督の教育を任されている教導艦嬢・香取であった。

 矢矧に言われた香取を美しい微笑みを浮かべながら口を開く。

「生徒がきちんと勉強しているかどうかの監査です。基本的に口は挟まないので安心してください」

「香取教官! 単に三笠さんを近くで見たかったとぉ!」

 発言の途中で香取がふるった鞭が笹栗の額をうつ。悶えながら地面を転げまわる自分達の提督を見ながら笹栗艦隊の面々は香取を見る。

「監査、です。いいですね?」

「「「「「あ、はい」」」」」」

 香取の有無を言わせぬ発言に笹栗艦隊の面々も思わずうなずいてしまう。

「怖い怖い! 待って! 第二次大戦の艦嬢ってみんなあんな感じなのか⁉ それだと我、かなり辛いんだが!」

「三笠様、私達も同年代の艦嬢です。これは香取という艦嬢が特殊なのかと」

 小声での三笠と千歳の会話。その会話を聞いてから笹栗艦隊全員が香取を見ると、香取は美しく微笑んだ。

「なにか?」

「「「「「いえ、なんでも」」」」」」

 提督である笹栗にも反攻的だった那智も大人しく従うあたりに香取のすごみがある。

 そしてようやく笹栗が立ち上がり空間パネルを操作する。

 すると世界地図が浮かび上がった。

「さて、現在の人類とレイン・クロインとの戦況ですが……」

 笹栗がある操作をすると海の大半が赤くなった。

「ぶっちゃけ人類が押されています。赤がレイン・クロイン占領下、青が人類側、グレーが抗争中のところです」

「待て、それで言うと人類が確保しているのは日本海とドーバー海峡だけになるぞ」

「那智さん、正解」

「なに?」

 那智の言葉に笹栗は頭をかく。

「ぶっちゃけ人類が確保しているって宣言できるのはその二か所だけです。国民向けにはインド洋と南シナ海は確保してるって声明を出していますが、本当のところはレイン・クロインと戦争中。インド洋ではアフリカ連合艦隊とEU連合艦隊が出ていますが、艦嬢が多く所属しているEU艦隊はイギリス周辺で暴れ回るレイン・クロインに手いっぱいでインド洋にまで手が回らないのが現状です」

 笹栗がそこまで言うと今度は浜風が挙手をした。

「はい、浜風」

「は! アフリカ連合艦隊とはなんでしょうか?」

「あ~、そっか。みんながいた当時とはだいぶ世界地図が変わったから、そっちの説明も必要か」

 そう言って笹栗が空間パネルを操作すると、今度は大陸にいくつかの国が表示された。

「まず、極東の島国である日本。俺達の国だな。ここは基本的に大きく変化はない。南シナ海の国々が傘下に入って、少し大きくなったくらいだ。で、次が極東同盟・漢」

 そう言って笹栗は日本海を挟んで大陸にある大国を示す。

「ここは旧中国を中心に反発や紛争が絶えなかった土地だ。で、旧中国に独裁的な政治家が現れ、周辺諸国を圧迫し始めた」

「む、それはレイン・クロインとの戦争の最中のことか?」

 三笠の言葉に笹栗は指をくるくると回す。

「二〇一〇年代後半くらいですかね? その人物のせいで極東がちょっと荒れ始めました」

「それは……人類側にとって……まずいことでは……」

 信濃の控え目な発言に笹栗は笑顔を浮かべる。

「極東にとって良かったのはその人物が『事故死』してしまったことです。これによりEUやアメリカ、日本が口添えして旧中国を中心にした緩やかな巨大同盟国家・漢が誕生しました」

 笹栗の言葉に笹栗艦隊の艦嬢達が無言になる。

「おい、それは本当に『事故死』だったのか?」

 那智の言葉に笹栗は軽く肩を竦める。

「少なくとも公式文書には『事故死』となっています」

「……恐ろしいですね」

「なに、結果的にその人物の『事故死』でいい方向に転がりました。まぁ、それが旧日本陸軍がやったこととは違う点ですね」

 矢矧の言葉に笹栗は軽くおどけながら言う。その言葉に笹栗艦隊の面々に張り詰めていた空気が弛緩した。

「で、次がソヴィエト連邦。これは皆さんに改めて説明する必要はないですね。ようは旧ソ連が看板変えて新ソ連になりました。新ソ連のすごいところは独裁者が出ても国が荒れず、しかもレイン・クロインとの戦いにも参戦していることです。極東同盟・漢には艦嬢が少ないですが、新ソ連には艦嬢も多くいて、特装艦も多く持っています。人類側の主戦力の一国ですね」

「信用できるのか?」

 那智の言葉には不信がつまっている。旧ソ連が日本を裏切って攻めてきたことは知識として知っているのだ。だからこその不信であろう。

 それに対して笹栗は手をひらひらと振る。

「少なくともレイン・クロインとの戦いに関しては信用していいでしょう。なにせ新ソ連はレイン・クロインが跳梁跋扈している北極海に面しています。ここで下手に人類側とも仲悪くなればめでたく国家消滅です」

 笹栗の言葉にとりあえずは納得した様子を見せる那智。そして笹栗も説明を続ける。

「で、次がEU諸国連合。ヨーロッパの国々が全て加盟している大連合で、艦嬢、特装艦、人と全て揃っています。まぁ、頻繁に同盟内部でイギリスが独立しようとうしたりしているけど、おおむねまとまっていますね」

「……イギリスって問題のある国なのか? 我を建造した国だから勝手に親しみを持っていたのだが……」

「イギリスはプライドが高くてですね。他の国と同列に扱われるのが面白くないようですね」

「……問題児ではないか……!」

 笹栗はできるかぎり三笠を傷つけないつもりで言ったが、三笠はやはり傷ついてしまったようだ。

 内心で「ファッキンジョンブル魂」と言いつつ笹栗は説明を続ける。

「で、次はアフリカ連合国。ここはレイン・クロインとの戦いが本格化してから、アフリカの人々が率先して連合国家を作り上げました。その後は主にEUの支援で特装艦を建造、EUと共同でインド洋と大西洋の戦いにあけくれています。インド洋での主な戦力はここになりますね」

「はい」

「はい、浜風」

「アフリカでは艦嬢がいないのでは?」

 浜風の問いに笹栗は頷く。

「その通り。前に言った漢も艦嬢は少ないが、アフリカ連合には艦嬢はいない」

「ではどのように戦っているのですか?」

「特装艦だよ」

 浜風の問いに笹栗は世界地図の上に人口のグラフをのせる。

「人口の多い国家だった旧中国と旧インドを取り込んだ極東同盟・漢。そして詳しく調べてみたら人口大陸だったアフリカ。この二国は確かに艦嬢は少なかったりいなかったりする。だが、それを上回るほどの人がいた。あとは簡単だ。物資を他の国々から譲り受けて特装艦を大量生産。それに人を配備して人類側の強国の仲間入りだ」

 そして笹栗は「気をつけなきゃいけないのは」といって言葉を続ける。

「この二国は艦嬢がいないことで、艦嬢の存在に対して否定的だ。いわゆる『艦嬢脅威論』ってやつだな。みんなも二国……特に漢と連合を組むことが多いかもしれないけど、短気は起こさないでくれよ」

「……おい、そういいながら何故俺を見る」

「一番起こしそうですから」

「失礼な奴だな……!」

 那智の反応をみて笑ってから笹栗は説明を続ける。

「で、艦嬢、特装艦、人、物資と全て持っているのが超大国アメリカ。カナダを平和的に吸収すると、麻薬組織や武器売買とかで荒れまくっていた南米にも問答無用で武力侵攻して占拠。新アメリカ合衆国を建国。ここはとにかく強い。太平洋と大西洋、さらには北極海っていう三大激戦区を抱えながら戦えているっていうちょっと頭がおかしい国。『ハワイを放棄したのが唯一の失点』って冗談があるほど強いです」

 笹栗の言葉に三笠以外はものすごく複雑そうな表情を浮かべる。それを見て笹栗は苦笑しながら口を開く。

「まぁ、艦歴的に相いれないかもしれないですが、現在の状況じゃあアメリカなしだとどうにもなりません。連合作戦もあるけど我慢してください」

「……閣下がそう言うのでしたら」

 矢矧の言葉に浜風が頷き、千歳も苦笑しながら頷く。信濃はあまり恨みに思っていないのか素直に頷いた。

「那智さ~ん」

「わかっている! 問題は起こさん!」

 ものすごく不機嫌そうに腕を組みながら言い放つ那智。それに頭をかきながら笹栗は説明を続ける。

「で、最後。人類側で唯一結束していないのが中東地域。宗教とか諸々の理由で今でも人類同士でドンパチやってる唯一の地域。強国であるEU、新ソ連、アメリカからも地理的距離があるからどうにもできていません。漢が平定を目指すって噂もあるけどどうなることやらって感じですね」

「人類が結束しないといけないのに、争っている地域があっていいんですか?」

 千歳の言葉に笹栗は頭をかく。

「よくない。だけど他の国々もレイン・クロイン対策があるからどうにもできないんです」

 そこまで言うと笹栗はパネルを操作して画面を変える。

「で、次は日本と諸外国の関係だな。まず、一番関係が深いのが新ソ連」

「漢では……ないのですか……?」

「信濃さんの言う通り地理的に言えば確かに漢が一番なんですけどね。ところが艦嬢に対する扱いや向こうの日本に対する反抗精神で友好的と言えないのが現状。対立的同盟って言ったところですか。これは漢の主要国家に旧中国や旧朝鮮半島が入っていることも関係しています」

「歴史的遺恨というわけか」

 三笠の言葉に笹栗は頷く。

「その通りです。他の極東国家は日本に友好的ですが、旧中国と旧朝鮮半島の反発が強い。漢は独自に動いてインド洋に侵攻して負けたりもしています」

「共同作戦はとらないのか?」

「皆無ってわけではないですけどね。旧中国や旧朝鮮が主体となると日本との連携はなくなります」

 そこまで言うと笹栗は次の国を表示する。

「で、その代わりと言ってはなんですが、仲が良いのが新ソ連。これは長年の問題だった北方領土が日本側に返還されて領土問題が解決されたのも大きい。これによって対立する理由がなくなった日本と新ソ連は共同で北方海域の解放作戦を行っている真っ最中です。それ以外にも物資を融通してもらったり、逆に対レイン・クロイン用可変戦闘機・嵐電のデータを供与したりと友好的です。はい、那智さん。複雑そうな顔しない」

「もともとこういう顔だ!」

 那智の反応にからからと笑いながら笹栗は次の国を映す。

「アメリカ。ここと仲良くしていないと生き残れないくらい重要な国。物資や技術供与はもちろん、太平洋やオーストラリア方面への作戦で共同戦線を張ることが多い。当然のように仲良し。新ソ連とアメリカがちょっと仲悪い時期があって、それを仲介したのが日本なので、向こうにも一目置かれている感じですね。はい、那智さん。不満が顔に出てる」

「やかましい!」

 笹栗の言葉に那智が怒鳴り返すと、ほかの艦嬢からは笑い声が零れた。

「で、EUとアフリカ連合は仲が良いけど、距離の問題もあってあまり作戦を一緒にやるってことは少ない」

 そこまで言うと笹栗は再び画面をもとの世界地図に戻す。

「以上が主な国家と日本との関係。距離があるけどEUには日本のトンネル技術を供与したりしているから意外と仲良かったりします」

「? トンネルの技術が必要なのか?」

 三笠の言葉に笹栗は新しい画面を表示させる。

 それは何かか大陸中に張り巡らされた図であった。ユーラシア大陸とアフリカ大陸、そして離島であるイギリスや日本ともつながっている。

「これは現在の世界における鉄道網。シーレーンがレイン・クロインによって壊滅した現在、鉄道輸送が主流になっています。もちろん海上輸送がなくなったわけじゃないですが、鉄道で運べるなら鉄道で運ぶのが主流ですね。日本のトンネル技術は世界に誇る変態技術です。この技術で海の下を穴掘って線路をしき、人類はイギリスとアフリカ、日本と鉄道網を張り巡らさせました。現在は新ソ連とアメリカをつなぐ計画が持ち上がっているところです」

「たくましいなぁ、人類」

 三笠の感嘆の声に他の艦嬢からも同意の声があがる。それに対して笹栗は笑いながら口を開いた。

「レイン・クロインが現れてからおよそ百年。人類はそれ以上に生存してきた歴史があります。生き汚さにかけては地球史上トップでしょうね」

 笹栗の言葉に艦嬢達から笑い声がでる。

「で、こんな感じでいいですかね、香取教官」

「まぁ、及第点でしょう」

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