第二話

 日本海軍横須賀鎮守府特殊建造棟。ここの司令室に笹栗はやってきていた。

 笹栗は敬礼しながら口を開く。

「本日一〇〇〇! 提督として着任しました笹栗栄少佐であります!」

 笹栗の言葉に基地司令官である坂下中将は穏やかに敬礼をし返す。

「提督の世界にようこそ、笹栗少佐。今、人類は滅亡の瀬戸際に立っています」

「は! 自分は日本のため、人類のためにこの身を捧げる所存です!」

「なるほどなるほど」

 優しい笑みを浮かべて頷く坂下。その姿は好々爺という言葉がよく似合う。

 そして真剣な表情を見せる。

「それで本音は?」

「できれば終戦まで生き残りたいです!」

 笹栗の言葉に坂下は大笑いする。

「それでいいのです。まず生き残りたいと思いなさい。そして艦嬢と心を通わせなさい。そうすれば名将になれなくても良将になれましょう」

「良将と呼ばれるように努力する所存です」

「それで構いません」

 そして坂下が合図をすると部下がスーツケースを持ってくる。坂下はそれを受け取ると机の上に置いて開く。

 そこには小さな六つの黒い箱があった。

 笹栗は興味深そうに見ていると、坂下は説明を続ける。

「これは艦嬢達の心臓になる代物です。量産方法は確立されておらず、極稀に海で漂っているのを回収しています」

「数はあるものなのですか?」

「まさか。これの管理は地球防衛戦線が管理しています。今回は世界でも例をみない提督適正・甲の持ち主ということで六人分もいただけました」

 坂下はそう言いながらスーツケースを閉め、持ち手についていた手錠を自分の手にはめる。それは決して落としてはならないということでもあった。

「さ、貴君の愛艦を呼びにいきましょう」

「は」

 坂下の言葉に笹栗は返答をし、坂下の後についていく。

 武装した軍人二名が守る扉をくぐり、網膜認証の扉を開き、さらに地下へとおりていく。

 そして最下層にあった扉を坂下が網膜認証と指紋認証、音声認証全てを入力すると扉が開く。

 そこには不思議な雰囲気を持った部屋であった。真っ白な部屋に中央に巨大な透明な三角錐がある。

「中将、ここは?」

 笹栗の問いに、坂下は用意されていた机にスーツケースを置きながら口を開く。

「ここが日本軍の技術を結集して開発した『艦嬢建造システム』です」

 その言葉に笹栗は部屋の中を見渡す。どこまでも真っ白な部屋であった。

「貴君は何を感じましたか?」

 坂下の言葉に笹栗は少し考える。

 正直、笹栗の教官であった艦嬢・香取は人間としか思えなかった。香取の艦装に乗ったことで初めて香取が『艦嬢』という『人間ではない存在』だと気づいたのだ。

 それほどまでに艦嬢は人間に近かった。

 そして笹栗は今、『艦嬢』を『建造』しにやってきた。

 その事実が笹栗に現実を突きつける。

 人類を守ってくれている『艦嬢』達は『人間』ではないのだ。

「中将、艦嬢は何故人類と共に戦ってくれるのでしょうか」

 笹栗の問いに坂下は優しい笑みを浮かべる。

「その理由を探すのも提督の使命です。そして艦嬢と『共存』することもです」

 坂下の言葉に笹栗の疑問は解ける。

(なるほど。『共存』を目指すか)

 後世、艦嬢との共存を目指していた提督としてな名高い笹栗栄の思想はここで確立されたとも言える。

 彼は多くの人々が艦嬢に抱いていた『恐れ』も理解し、艦嬢達を率いていた提督達の持っていた艦嬢への『信頼』を同時に併せ持っていた。

 小西行成はそう書き記している。

「では、笹栗少佐。建造をはじめますか?」

「は! ところで提督、これは建造される艦を選べるのですか?」

「残念ながらその技術は確立されていません。誰が呼ばれるかは全くもって不明。一応、提督の国籍に応じた国の艦嬢が建造される……ということは判明しています」

「……あれ? それってガチャなんじゃ……?」

「笹栗少佐!」

「は!」

 笹栗から思わず漏れた呟きに坂下が怒った表情をみせる。

「艦嬢の建造を前時代の悪しき風習のように呼ぶのは辞めなさい。ガチャという文化はすでに滅びたのです」

「中将! それだと艦嬢の建造がガチャだって否定できていないであります!」

 笹栗の言葉に坂下は聞こえないポーズをとる。

「では中将。艦嬢の建造はどのようにすれば?」

「ああ、この黒い箱を直接持ち、あの三角錐の中に置いてください」

 坂下に言われた通り、笹栗は艦嬢の心臓である黒い箱を持ち上げる。

(なんか人肌くらい? それくらいの暖かさがあるな)

 笹栗はそう思いながら黒い箱を三角錐の中央に置く。

 すると三角錐が回転し、光を放ち始めた。

「……やっぱりガチャの召喚演出」

「やめなさい、少佐。それは提督の大部分が思っても言わないことです」

 そして三角錐はゆっくりと回転が終わり、光がおさまりつつあるところから人影が出てくる。

 烏の濡れ羽色のように綺麗な黒い長髪。そして高級軍人が着ていそうな軍服に下はミニスカートの女性。

 笹栗はその女性の美しさに引き込まれた。教官である香取も人並み外れた美しさを持っていたがそこは教官という恐怖フィルターが入って見入ることはなかったが、この女性には美しさ……いや、それ以外にもどこか懐かしさを感じながら笹栗は見入ってしまった。

 そして女性は笹栗と目が合うと美しく微笑む。

「貴官が我の提督か?」

「え、ええ。笹栗栄。階級は少佐です」

 笹栗の言葉に女性は昔の武人のような拱手を返しながら笑顔で口を開く。

「大日本帝国連合艦隊旗艦・三笠だ! これからよろしく頼むぞ提督!」

「「連合艦隊旗艦?」」

「うむ! 我は大日本帝国連合艦隊旗艦・三笠である!」

「三笠さん、ちょっと待ってくださいね」

「うむ! 待とう!」

 笹栗が三笠を待たせて坂下と急遽会議に入る。

「中将、確か歴代の連合艦隊旗艦って長門、陸奥、山城、伊勢、金剛、榛名、大和、武蔵に末期に軽巡大淀ですよね?」

「ええ、その通りです」

「……三笠さんいませんよ?」

「ええ、私も混乱していますが、一つだけ可能性があります」

「本当ですか?」

「ええ……三笠殿でしたな。ひょっとして貴艦は日露戦争時代の連合艦隊旗艦では?」

「うむ! その通りだ!」

「にちろせんそう」

 三笠の自信満々の返答に笹栗は脳みそが死んだように言葉を呟く。

 そしてあることに気づいた。

「え⁉ 旧式戦艦じゃないですか!」

「カフ!」

「やめなさい少佐! 確かに三笠殿は現在の戦況ではかなりつらい旧式戦艦ですが、それでも日露戦争を勝利に導いた連合艦隊旗艦には違いないのです!」

「ゴフ!」

 笹栗と坂下の悪意のない口撃によって三笠は崩れ落ちる。だが、寸前のところで踏ん張って再び立ち上がる。

「否! 確かにこの三笠は現況では旧式かもしれん! だが国のため、民のために奮闘してみせよう!」

 三笠の言葉に笹栗と坂下は拍手をしながら会話をする。

「ところで中将、第二次大戦以前の艦が建造されることもあるんですね」

「世界でも数件しか確認されていませんが。ドイツでは計画段階で中止になった艦が建造された例もあるそうです」

「逆SSR……!」

「だからその前時代の悪しき風習の言い方はやめなさい……!」

 そんな会話をしている笹栗と坂下のところに三笠がやってくる。

「む、提督はまだ建造するのか。用意されているのを見るに残りは五隻と言ったところか?」

「ええ、まぁ」

「なるほど」

 笹栗の言葉に三笠は嬉しそうに頷きながら口を開く。

「そうなると残りは敷島、富士、朝日、春日、日進だな!」

「すいません中将、三笠さんから聞いたことのない艦名が出たんですが、自分の勉強不足でしょうか」

「おそらくは日露戦争時代に三笠と編成を組んでいた艦でしょう。私も第二次世界大戦以前の艦船には自信がありませんが……」

 坂下の言葉に笹栗は覚悟を決めた表情をする。

「三笠さん、その編成じゃレイン・クロインに勝てないです」

「何を言う! 敵前回頭と丁字戦法、それに斉射戦術を使えば我でも勝てる!」

「ところがどっこい今は航空機の時代なんです……!」

「こうくうき?」

 三笠の反応にある意味で笹栗は絶望した。

「中将、これマジで日露戦争艦隊建造したらやばいのでは……?」

「………………き、きっと国民には受けますよ」

「遠まわしな戦力外通告……!」

「ですが真面目な話、エンジンの積み替え技術は確立されているので、速力だけなら最新鋭艦にすることは可能です」

「砲門とか諸々のサイズ」

「き、気合と根性で」

「それこそ前時代の根性論じゃないですかぁ!」

 笹栗の嘆きを坂下は目を逸らす形で逃れる。そして三笠は明るい笑顔で言葉を続ける。

「さぁ、提督! 建造を続けるがいい! 我と艦隊を組む勇士を!」

 三笠のその明るさに毒気を抜かれながらも、笹栗は黒い箱を持って三角錐の中におく。

 そして先ほどと同じ反応を起こし、中から人影が現れた。

 腰まで伸びた透き通るような銀髪。着ている黒い着物は着崩されて、彼女の豊かな胸の上半分があらわになっている。

「妾は信濃……幻の大和型空母・信濃と申す……」

「セーフ!」

「?」

 信濃の言葉に笹栗が思わずジェスチャー付きで反応してしまう。それに信濃は不思議そうに首を傾げていた。

 そして坂下は驚いたように口を開く。

「これはすごい……未だに建造されていない大和型の信濃が建造されるとは」

「そういえば大和と武蔵ってまだ建造されたことないんですね」

「ええ、この百年で大半の艦嬢は建造されましたが、わが国では未だに大和型は建造されていません」

 坂下の言葉に信濃は悲痛な表情を浮かべる。

「……初めての大和型が妾で申し訳ない……これは死んで詫びるしか……」

「いやいやいや! 超期待してます!」

 流れるように自害しようとした信濃を手を取り、笹栗は手をぶんぶんと振るう。

「……妾に期待……してくれるのですか……?」

「当たり前ですよ! 大和型空母なんて超胸がときめきますよ!」

 笹栗の言葉に信濃は首を一度だけこてんと傾げ、そして口を開く。

「汝に栄光を……」

「期待してます」

 そう言って信濃は先任である三笠のところに行った。そして三笠から艦歴や装備を聞きだされている。

「後で信濃殿を写真を広報部が撮りに来ると思います」

「人気のある大和型ですからね、わかってます」

 現状、広報活動も重要だ。国民にも広く知ってもらう必要がある。その時に艦嬢というのは便利であった。眉目秀麗に護国の精神。中でも第二次世界大戦での人気艦は国民人気が高い。一般人でも知っている戦艦大和。軍事オタクでは有名な長門を筆頭にした武勲艦などである。

 艦嬢達も戦時中における国民の士気の重要性は理解しているために協力的だ。

「提督! 信濃は全長が我の倍以上あるくせに速力も上なのだが⁉」

「たぶん装備も信濃さんのほうが上ですよ、三笠さん」

「なん……だと……⁉」

 三笠の超驚愕顔をちょっとかわいいと思ってしまった笹栗だが、次の黒い箱を三角錐の中におく。

 そしてお馴染みの反応をした後に人影が現れた。

 長い銀髪を後ろでまとめた巫女服姿の女性。

「軽空母の千歳よ。よろしくね」

「おお、まさかの空母二枚抜き」

「だから前時代の悪しき風習のような呼び方はやめなさい」

 笹栗の呟きに坂下が突っ込む。そして千歳は笹栗のところまでやってきて手を差し出す。

「貴方が指揮官?」

「はい、笹栗栄少佐です」

「そっか、よろしくね、指揮官」

 千歳の笑顔に毒気を抜かれながらも笹栗は千歳を握手をする。そして三笠が焦った様子で千歳を連れていく。

「どうかしたんですかね?」

「さあ」

 笹栗の言葉に坂下も首を傾げる。だが、笹栗はすぐに疑問を思い出したのか坂下に尋ねた。

「中将、千歳って確か水上機母艦だったはずでは?」

「ああ、あまり知られていませんが、戦時中に改装を受けた艦嬢は稀に改装後の姿で建造されることがあります。無論、史実のように改装することも可能ですが、そのためには大量の物資が必要となります」

「あ、なるほど。ということは扶桑や山城、伊勢、日向の艦嬢とかも航空戦艦として建造される可能性があるってことですか」

「その通りです」

 坂下の言葉に笹栗は納得する。

(と言うことは千歳さんが軽空母としてやってきてくれたのはかなり幸運だな。万年物資不足の日本が改装を許してくれるとは思えないし)

「たいへんだ提督! 千歳の奴も我より六十メートル近く大きいのに、我より速力がある!」

「残念ながら当然なんですよ三笠さん」

「なん……だと……⁉」

 最初の印象は凛々しい系だったのに中身はまさかの可愛い系だった三笠に対応しつつ、笹栗は次の建造に入る。

 三角錐はお馴染みの反応をしつつ人影が現れる。

 軍服にタイトスカート。信濃と対照的なモデル体型で、黒いショートカットにアホ毛がぴょこんと生えている女性。

「重巡洋艦の那智だ。貴様が指揮官か?」

 那智の発する威圧感に押されながらも笹栗は口を開く。

「その通りです。笹栗栄、階級は少佐です」

 そう言いながら笹栗は那智に対して手を差し出すが、那智はそれをとらずに鼻を鳴らす。

「ふん、仲良しこよしをする気はない。貴様は俺に戦場をよこせ。そうすれば貴様に勝利を……うん? おい、なんだ! 俺はまだ指揮官に……!」

 那智は発言の途中であったが焦った様子の三笠に連れていかれた。呆気にとられた様子の笹栗に坂下は声をかける。

「那智という艦嬢は使いづらいところがありますが、その分戦場では答えてくれる艦嬢です。少佐の指揮の見せどころですね」

「新米提督にはつらくないですかねぇ」

 坂下の言葉に笹栗は困った様子で頭をかく。これまでは協力的な艦嬢ばかりだったので、那智の反応に対応できなかったのだ。

(だけどまぁ、そういった手合いには慣れてる)

 同期で友人の嵐電パイロットを思い出しながら笹栗は次の建造に入ろうとする。

「提督! 那智も我より大きいのに速力は我の倍近くある!」

「おい! この不躾な女は誰だ!」

 三笠に返答するのは面倒だったので、明らかに苛立っている那智に笹栗は返答する。

「日露戦争連合艦隊旗艦の三笠さんです」

「……………なにぃ⁉」

 那智のマジ驚愕の反応を意外に思いつつ、次の建造に入る笹栗。

 今までと同じ反応。そして現れる人影。

 セーラー服にタイトスカート。黒いポニーテールに白い手袋が印象的な切れ目美人。

「軽巡洋艦・矢矧と申します」

 そして綺麗な敬礼をしてきた矢矧。笹栗も慌てて敬礼を返しつつ口を開く。

「笹栗栄、階級は少佐です」

「は! これからよろしくお願いいたします、閣下!」

「……いや、自分は佐官なんで閣下と呼ばれる人間では」

 そこまで言ったところで笹栗の背後から坂下が話しかける。

「艦嬢は提督のことを様々な呼び方で呼びます。彼女の場合はそれが閣下なのでしょう」

「その通りです。笹栗閣下は自分の閣下です」

「はぁ、とりあえずこれからよろしく」

 笹栗の言葉に再び綺麗な敬礼を返してくる矢矧。それに返す前に矢矧は三笠によって連れていかれた。

 それを生暖かい目でみつつ笹栗は口を開く。

「三笠さん、矢矧さんも全長は三笠さんより四十メートルくらい大きいですけど、速力は倍くらいありますよ」

「な、なんだと⁉」

 笹栗は三笠の正確な詳細は知らないが、他の面々と比べた時の反応で三笠の詳細スペックがお察しレベルなのは予想がつく。

 だから優しく告げてあげると三笠はショックを受けた様子で崩れ落ちた。

 そんな三笠を見て焦る信濃、那智、矢矧。苦笑している千歳を尻目に笹栗は最後の建造に入る。

 お馴染みの反応に出てくる人影。

 セーラー服にミニスカート。白い前髪で片目が隠れている少女。そして圧倒的なのはその胸部装甲。

「まさかの白髪ショートカットメカクレロリ巨乳とか属性盛りすぎだろ……!」

「え?」

「あ、すいません。なんでもないです」

 思わず口走った笹栗に少女が反応すると、笹栗は焦った様子で手を振る。

 少女も気にしないことにしたのか敬礼する。

「当方は駆逐艦・浜風であります!」

「笹栗栄、階級は少佐です」

「は! これからよろしくお願いいたします司令官!」

 浜風の反応を微笑ましく思いつつ敬礼する笹栗。そして三笠のほうを見る。

「ちなみに三笠さん。浜風は全長百二十メートルくらいで速力三十五ノット出ますよ」

「我が一番……! ポンコツ……!」

 三笠の嘆きが建造室に木霊するのであった。

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