第一章 始まり

 日本軍海軍学校。神奈川県の古都鎌倉に置かれたこの学校は鎌倉一帯を学園都市とした日本軍海軍学校である。

 鶴岡八幡宮。ここに三人の青年が参拝をしていた。一人は軍服に腰に軍刀を帯び、脇に帽子を抱えて熱心にお祈りをしている。それを見て先に参拝を済ませた青年二人が呆れている。

「おい、小西よ。笹栗ってこんなに信仰心溢れる人間だったか?」

「いやぁ、覚えている限りだと一緒に門限破りした時に『大丈夫大丈夫! 俺はエリートの提督科だから許される! 教官が許さなくても神様が許してくれる!』って大言壮語していたのにバッチリ教官からお説教されて『俺は神を恨む』くらいの信仰心だったかな」

「まさしくクズの所業」

「あの時に真っ先に俺のことを見捨てた加藤は絶対に許さないからな」

 加藤と呼ばれた青年の発言に、祈っていた笹栗と呼ばれた青年は軍帽をかぶり直しながら不満そうに答える。

 熱心に神に祈っていた青年。後世において『人類の守護者』とまで呼ばれるようになる人物もこの時は海軍学校を卒業したばかりの新米少佐である。名前を笹栗栄と言った。

 そして笹栗のことを嘲笑しているのは後世において『空戦の神様』と呼ばれるようになる加藤清正である。

 そして残りの一人は後世にレイン・クロインとの戦いの記録を多数残した小西行成であった。

 後世において高い評価を持つ三人であったが、この段階ではまだ軍学校を卒業したばかりの新米軍人。これから実戦を積むという段階であった。

「しかし、全員無事に卒業できるとはな。俺は提督適正っていう逃げられない呪縛があるから当然だけど、品行がやばい加藤が卒業できるとか日本軍やばくない?」

「お? 実機演習でレイン・クロイン艦載機と遭遇して八機撃墜した未来の大エースに向かって喧嘩売っているな?」

「それだよ。普通演習だったら逃げるでしょ。なんで戦うって発想になるかなぁ」

 小西の言葉に加藤は腕を組んで力強く頷く。

「目の前をふよふよと飛ばれたら邪魔だから叩き落すだろう」

「なぁ、小西。嵐電のパイロットってみんなこうなの?」

「いや、かなり加藤が特殊だね」

 笹栗の半眼指さしに小西も肩を竦める。それでも加藤の煽りは止まらない。

「ん? どうした? 卒業と同時に少尉への昇進が内定している俺が羨ましいか?」

「僕はエリートの幕僚科卒業で少尉スタートなんだけど速攻で加藤に並ばれたんだよねぇ」

「すまない……! スタートが少佐スタートの超絶エリートで本当にすまない……!」

「「提督適正という下駄」」

「ちょっと何を言っているかわかりませんね」

 笹栗の軍学校での成績は悪いとは言わないが良いとも言えない。教官からの評価は『守勢においては卓越した指揮を発揮するが、攻勢においては他の提督に一歩譲る』である。

「そういえば笹栗も一昨日まで艦嬢の香取教官の艦装に乗り込んで実機演習でしょ? どうだったの?」

 小西の言葉に笹栗は軍服を脱いで片腕を見せる。

 そこには多数のみみずばれがあった。

「バッチリあの鞭で叩かれましたが?」

「うぉ、すごいな」

「え~、羨ましい」

 小西の爆弾発言に笹栗と加藤は距離をとる。それを見て小西は落ち着けというジェスチャーをしてから口を開いた。

「勘違いしないで欲しい。僕はドMなんではなくて、ああいう女王様系美人を屈服させることに性的興奮を覚えるだけなんだ」

「「さらに業が深い」」

 とりあえず三人は鶴岡八幡宮の茶店に入って席に座る。

「小西は配属先どこ?」

「呉鎮」

「うん? 呉だったら東郷先輩もいるんじゃないか?」

 小西の言葉に加藤が尋ねると小西は力強く頷く。

「その通り。だから僕の呉鎮での仕事は主に東郷先輩を働かせることになると思う」

「あの人優秀なのになぁ。俺らより五期上なだけなのに今大佐だっけ?」

「総司令官のお気に入りだから各地に飛ばされて戦功を挙げているはずだ」

「ちなみに一般女性に対して行われた結婚したい軍人のトップだよ」

「顔は駆け出しの学者って感じなのにな」

「顔に関しては笹栗も似たようなものだろう」

 笹栗と加藤の視線が自然と小西に集まる。そして小西は爽やか笑顔を浮かべた。

「イケメンで本当に済まないね!」

「性格で台無し」

「その顔からもにじみでている腹黒さを消す努力をしろ」

「はは、フツメンからの嫉妬が気持ちいぃ!」

 小西の言葉に胸倉の掴み合いが発生したが、即座に店主のお爺さんが投げてきた包丁が壁に刺さったのを見て大人しく座る。

「加藤はどこだっけ?」

「沖縄の下地島基地第四飛行隊だ」

「下地島っていうと最前線かよ」

 出されたお茶をすすりながら笹栗がぼやくと加藤が頷く。

「割とスクランブルや南シナ海への偵察任務、レイン・クロイン艦載機との戦闘が多い基地だな」

「なんか加藤だとあっさりと佐官まで昇進しそう」

「あ、それ俺も思った」

「一年の間に五十機くらい落とせば一階級昇進くらいか? 余裕だな……!」

 加藤の腕前を知る笹栗と小西は『こいつ本当にやるんじゃ』という視線を向けるが、注文した団子が出てきたのでそれに手を付ける。

「笹栗はどこ? 北方方面?」

「そっち激戦区だから。新ソ連と日本共同で討伐軍組んでいるけど一向に決着ついていないところだから」

「だからこそ行くんだろう? 何せお前は前代未聞の提督適正・甲の持ち主だ」

 加藤の言葉に笹栗はないないと手を振る。

「提督適正・甲って言っても指揮統率できる艦嬢が多いってだけで、あとは個人の能力次第なところがあるからな。成績並の俺は対馬基地だ」

「対馬? あそこに基地なんかあったか?」

「加藤、君、本当に座学やばいよね。あるから、日本海防衛の拠点だから」

 加藤の言葉に小西は突っ込むと、今度は笹栗を見る。

「でも八十年くらい前に基地としての規模は縮小されたよね? 配属されている特装艦も一隻か二隻って話だったけど」

「その一隻や二隻を北方方面に引き抜いて、変わりに俺が着任」

「まぁ、艦嬢が一隻いれば特装艦三隻分になるって言われてるけどねぇ」

 そう言いながらも小西は胡散臭げに笹栗を見る。

「いくら提督適正・甲でも君だけで日本海守り切れるの? 二〇〇五年以来守り続けてきた日本海を失ったらマスコミが怖いよ?」

「それ俺のせいじゃないから。日本海を新米提督に任せた軍上層部のせいだから」

「笹栗のその軍の中でも公然と上層部を批判する根性、嫌いじゃない」

 意見の一致をみたのか笹栗と加藤はがっちり握手。

「そういえば笹栗は何人の艦嬢率いるの? 提督適正・甲って確か五人以上指揮できたでしょ」

「香取教官から『今の貴方の実力では六隻が限界です』って言われたから六人だと思う」

「それでも特装艦十八隻分だぞ。やっぱり日本海が陥落したら笹栗のせいだな」

 加藤の言葉に笹栗と加藤のガンのくれあいが発生したがいつも通りである。

 それを横目に見ながら小西は団子を咀嚼しながら会話を続ける。

「笹栗が艦嬢を呼ぶのはいつ?」

「明日。明日艦嬢呼んで明後日から横鎮で艦装の建造開始」

「一回艦装ができてしまえば出し入れ自由になるのは艦嬢の強みだよねぇ。維持費も艦嬢の食事費用だけでしょ? つくづく量産できればって思うよねぇ」

「この百年で艦嬢を呼ぶ技術は確立された。もう百年で量産技術も確立されるかもしれんな」

「その間に戦争に決着がつくに秘蔵の日本酒一本」

「駄目だね、みんなそっちに賭けるから賭けが成立しない」

 小西の言葉に三人は立ち上がる。そして横に置いていた軍帽をかぶりなおし、店から出て桜並木を歩き始める。

「同期の櫻でも歌うか?」

「海軍的に軍艦行進曲じゃない?」

「俺としては加藤隼戦闘隊がいいな」

 そんな会話をしながら三人は寮に帰るのであった。

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