第111夜 もちもちの百合 「健やかなる時もち病める時もち」

 急に万物がもちもちになり、世界が大混乱に陥る。もちショックが起きたとき私は車移動の最中で、もちもちアスファルトにハンドルを取られ、対向車と正面衝突をかました。しかし車体だってもちもちなので、モッチーンと跳ね飛ばされただけで無事だった。びっくりして車外に出たところで、空から女の子が降ってくる。地面に叩き付けられてまた跳ね上がった彼女は、靴を履いていなかった。

 公園のもちもちベンチの上。自販機は硬貨がもちもちしているせいなのか使えず、結局コンビニで買ってきたコーヒーを、彼女は苦労しながら食べた。なにせ水分すらもちもちしている。聞けば、やはり彼女は自殺志願者で、飛び降りた瞬間に地面がもち化したせいで生き永らえたらしい。手酷い失恋が原因だと語る彼女を、私は家に連れ帰ることにした。歳は同年代くらいだろうか。こういう人を放っておけない性分なのだ。

 精神が少し不安定な子だった。楽しそうにお酒を食べていたと思えば、次の日は突然バイトを休んでもちもち毛布に包まって過ごす。華奢で少し骨ばった身体は、抱きしめるともちもちしていた。零れた涙が床に落ちてもちっと跳ねる。

私は彼女に適度に優しく接していたが、たまに口論になることもあった。ひとしきり加熱して冷めたあと、彼女はいつも私の胸にナイフの切っ先を突き立てる。儀式めいた仕草だと思った。その殺意はあまりにもちもちで、私は血すら流してやれない。

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