第110夜 消火魔の百合 「送り火」

 大学で出会ったその人は消火魔だった。火を消して回る怪人だという。それって消防士じゃないの? と訊く私の前で、消火魔は中華料理屋のコンロの火を消してみせる。つまり消火魔とは、消えてはならない火を消す存在なのだ。その手口は魔法みたいに鮮やかで隙がなかった。料理屋はその日の営業ができなくなり、私は炒飯を食べ損ねる。


 それから私たちは休日になると、バイクに乗って消火の旅に出た。キャンプファイヤーはいくつも消した。大きな花火大会を無くしてしまうこともあった。戯れに山火事を治めてやったときは、神様の仕業だと取沙汰された。


 東京では夜景の灯をすべて消し、星明りが強まったからそれも消した。全部全部消しちゃおう。世界を夜の国にしちゃおう。いつかオリンピックの聖火を消そうと笑う消火魔の顔は、闇に溶けて見えなかった。けれど、格別の笑顔を向けていたはずだ。

その日は日食を起こす予定だった。人類にとって最も偉大な炎を消してやろうとしたのだ。でも計画は延期になった。消火魔の友人が一昨日死んで、今日の葬儀に参列することになったらしいのだ。とても仲の良かった女だという。仕方ない。


 消火魔がその子の死体を盗んだと知ったのは、今日ニュースを見ていた時のことだ。火葬場の炎が突然に鎮火され、様子を確認すると棺が消えていたのだという。私が死んだときも、消火魔は同じ事をしてくれるだろうか。その感情が、ずっと消えない。



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