第109夜 帳を下ろす百合 「息のできない夜もあるから」
夜の帳を下ろす仕事に就いている。収入がいいのでそうしている。滑車によって空高くまで持ち上げられ、そこから暗幕をゆっくりと引いていくのである。天空は肌寒く、始業時刻には街灯りも点いていない。宵縄に体重を掛けて少しずつ降下するにつれ、ひとつ、またひとつと家屋やビルが点灯していくのだ。夜景が出来上がるころには地上でそれを見上げていて、日当の入った封筒を貰って帰路につく。
同僚は同じ時期に雇用され、すぐ仲良くなった。帳師は女性の割合が低く、更衣室で一緒になりやすかったことも大きい。棟梁は配置場所をいつも隣にしてくれて、だから二人でおしゃべりしながら仕事ができた。出自のこととか、資格勉強のこととか、他愛ないことを話しながら私たちは世界に夜をもたらしていく。
ストライキの話が持ち上がったのは、そんな職場で事故が相次いだからだった。帳師は危険な仕事なのに、うちの職場は設備が古い。でも大本の会社は、設備の刷新を渋るのだ。若い私がリーダーとなり、蜂起の準備は着々と進んでいった。
決行は同僚が休みを入れた日にした。大切な用事があるというのだ。けれど、さして問題はない。私たち社員は誰一人帳を下ろさなかったのだから。この日この街に夜は訪れず、抗議を受けた本社は条件を吞んだ。その報せを聞いて、私は明るい夜に眠る。同僚がデートに行った花火大会が、つまらないものであったことを祈りながら。
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