第106夜 絵描きの百合 「挿絵と旅する女」
駅前に風変わりな絵描きが現れる。朝、南口前の噴水近くに居る絵描きに千円を渡すと、夕方までに絵を描いておいてくれるらしい。通勤や通学のために駅を用いる人たちを客層にしているという訳だ。絵描きは品の良さそうな容姿をしていて、絵具が跳ねすぎて元が何色かも分からないワンピースを着ていた。物乞いではなさそうだ。そもそも日給千円では、とても生活が成り立たない。
絵描きが話題になったのは、その目が過去を見通す力を持っているとされたからだ。あるいは未来を読むとも。なんでも、絵描きが描く写実的な絵は、顧客の過去の姿を正確に映し出してしまうらしい。記憶にないような場面を描かれた人は、それが未来の姿になるというのだ。そうその絵は、まるで人生の挿絵のような。
その噂が面白かったので、私も絵描きに依頼をした。一日を終えて受け取った絵は、後ろを振り返りながら草原を走る女の子のものだった。記憶に無いというか、そもそもどう見ても私の絵じゃない。知らない子だ。拍子抜けだけど、千円なので我慢する。
だから、絵描きのことなんて長い間忘れていた。私は職場結婚し、娘を授かって平和に暮らす。休日にキャンプに行こうという話になり、夫の車に三人で揺られた。
キャンプ場は草原の上にあった。テンションの上がった娘が、私の手を引き走り出す。なるほどな、と私は思う。そこに私が映らなくても、この画は人生のサビなのだ。
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