第102夜 怪物と信仰の百合 「脈々」

 海で行方不明になっていた友人が肉塊となって帰ってきた。水揚げされたのである。その姿は水死体とは言えないものだった。ドーナツのような円形をしており、なによりまだ生きている。複数の眼球を得た友人は、テレビ画面の向こうで元気に蠢いていた。


 不思議なことに、連日ニュースになっていた行方不明の女子大生とその怪物を、結びつけて考える者は居なかった。代わりに、日本各地に散らばる伝承が友人を定義していった。郷土資料やわらべ歌に、類似の存在が記されていたのだ。友人に似た何かを御神体として祀っている神社が現れて、友人はそこで生け簀に入れて飼われはじめる。


 海に面した地域では海の精霊とされた。ある漁師は友人の肉の一部を高値で買った。彼の繰る船は百年に一度の嵐に見舞われ、そして無事に生還を果たした。友人に豊穣の神を見出した地域では、友人の肉を大地に埋めることで四年間の凶作から脱した。


そしてある日、友人は生け簀から逃げ出した。友人に人を攫う怪異のミームを重ねていた人々が次々に消えた。玄関先で弱っていた友人を、私は家で匿った。その綺麗な瞳は、数が増えても友人と一緒だ。友人が浴槽に住み始めても、人は勝手に夜道に消えた。


 いまや、あらゆる人が友人に信仰を向けている。異なるものを祈っている。けれど、彼女を正しく理解しているのは私だけだ。でも、友人はもう好きだったオムライスを食べない。小さなかたつむりや赤いチューリップを、幸せそうに飲み込んでいる。

 

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