百合百夜 第二集
謝神逸器
第101夜 傾きの百合 「斜め世界の犯罪」
世界が傾き始めた日、地動説は誤りだったことが公表された。地球は平面だったのだ。その隠蔽に文句を言う暇すらなく、人々は徐々に斜めっていく大地と向き合う。
私たち雑技団は、比較的早くから傾害に晒された職種だった。真っ直ぐな地平は曲芸の命だ。二メートルの棒に立てた椅子に座り、優雅に珈琲を飲むのが十八番だった団長も、引退を余儀なくされてしまった。私は猛獣使いなので、わりと平気だったけど。
でも、そんな余裕もすぐに無くなる。傾きは酷くなる一方で、多くの人が足腰に異常をきたし始める。家具の滑り止めが飛ぶように売れた。いずれ世界は垂直に近い傾きになるという試算が出された。そうすれば皆、宇宙まで滑り落ちてしまう。
その中で団長は立ち上がった。立つこともままならない世界でも、芸で笑顔を届けようとしたのだ。高層ビル滑り、三連続信号ブランコ、逆螺旋階段昇降――団長は魅力的な技を次々と生み出し、傾斜を克服していった。
いま開発している技は、垂直ティータイムというらしい。世界の傾きの上側に構えたテントで、壁に座りながらカップを傾ける団長は麗しかった。
「で、なぜこんなことをしたんだい?」
「私は団長に、危ない芸をやめてほしかっただけなのに」
私が鞭を振るうと、大地の下で巨大な象が嘶く。近くなった星空が綺麗だ。
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