第6話


 ハッと目を覚ます。またあの時の夢を見た。寝覚は最悪。随分早い時間に目が覚めた。まだ夜明けまで時間がある。


 仕方がないのでしばらくぼうっとする。あの時の事を、今でも、考えてしまう。


 あの時僕は、どうしてあんなに怒ったんだろう。どうして許せなかった。どうして泣かせたまま去ってしまったんだ。その前まで、仲良くしてたじゃないか。直前まで、割とすんなり話を聞いてたじゃないか。2人で戦えと言われて、僕はむしろ胸躍っていたはずだ。……それなのに。


 僕の日常に変化は無い。毎日が焼き増しの、当たり障りのない、何の価値もない人生。日が登ると起き出して、食卓でトーストを齧り、自転車で登校し、退屈な授業にうたた寝し、昼食を食べ、寝て、帰るだけの、どこにでもある人生。不幸と呟けば、恵まれてる者の罰当たりな発言だと叩かれる程度の、恵まれた不幸な人生。どうして他人が僕より不幸だと、僕が不幸だと感じる事が許されないのだろう。僕より不幸な奴全員死ねば良いのに。そうしたら僕の不幸はこの世で一番の不幸だ。誰も僕が僕を不幸だと言う事に文句を言えなくなる。


 いつもの帰宅路を気まぐれに逸れて、川辺へ向かう。あの時架けた橋はどうなっただろう。あの時、斧を振る時、鋸で切る時、手袋で一緒に運ぶ時。僕らは息を合わせてた。目を合わせて、タイミングを合わせて、結構楽しかった。思えば、あんなに楽しかったのはいつぶりだっただろうか。


 手遅れになってみて、初めて、惜しいと思った。あれはあれで楽しかった。かけがえのない時間かというとピンと来ないが、他愛無い幸せの一部ではあったろう。あれは、諦めていた友情の、再現のような気がした。中学卒業までの9年間の、幼馴染と過ごした気安い、愉快な日々の……。


 ふと蘇る思い出。聞く気も無かった、かつての親友と、その友達の陰口。よくあんなのと9年間も一緒だったね、とか。最悪だったよ、とか。腐れ縁ってほんとにあるんだな、とか。隣の席には一度もならなかったのが唯一の救いかな、とか。


 あいつがいると女の子と仲良くなりやすいから、とか。


 利用されていた。顔が良いから、とか。そのくせ根暗で人見知りで、初対面のやつに攻撃的で……。だから寄ってくる女の子に窓口として接して、アフターケアで優しくしてやれば……、とか。


 涙が溢れる。友達ってなんだっけ。友情ってなんだ。女はみんな顔だけ見て中身なんか見やしない。男はそんな女目的で近づいてきて、誰も僕を見ようとしない。父親は遅くまで仕事で、休日も部屋に篭ってなにかしてる。母親もテレビに心を囚われていてまともに会話も出来やしない。誰も、僕を見てない。必要としてない。興味がない。


 認めよう。あの時、嬉しかったんだ。選ばれた事が。協力してやろうという気があったんだ。戦うっていうのは予想外だったけど。でも、僕じゃなくても同じ事をしたんだ、と。そうわかった途端、怒りが込み上げてきた。僕を見てくれたと思ったのに、そうじゃなかった。期待した分、許せなくなった。結局、誰でも良かったんだ。


 我ながら、幼いなと思う。我ながら、大人げないなと思う。でも仕方ないだろ。高校生になるまで、心を許せるのが1人しかいなくて、当のそいつに裏切られてんだから。


 生きてる意味、ないな……。


 もう死んじゃおうかな。たぶん誰も気が付かない。僕が死んだら、世間体を気にして、人前で鼻を啜るくらいの事は、誰かしてくれるだろうか。3日も経てば、きっと僕が初めからいなかったかのように世界が回っていくんだろう。それでいい。それがいい。もう疲れた。誰かに期待する事も、裏切られて傷つく事も。


 自転車を乗り捨てて、川縁に立つ。昨日の雨が、流れる水を濁流に変えていた。まるでおあつらえ向きの、死にたがりにはぴったりのシチュエーション。死が僕を見てくれている。くだらない妄想にふっと笑う。良い事ばかりじゃないけれど、悪い事ばかりでもない。そんな人生。だけど、良い事に比べて悪い事ばかりの人生。悪い事の方がデカい人生。素敵でかけがえのない、僕だけのオンリーワン。笑える。何の為の人生。何の為の苦しみ。何の為の僕なんだろう。もういいよ。十分頑張った。疲れた。愛想が尽きた。バイバイ、世界。バイバイ、みんな。バイバイ──


 ふとあの子の、ミユちゃんの、泣き顔が脳裏に浮かんだ。川に倒れ込むように落ちて、そのまま濁流に呑み込まれる。彼女は幸いだ。ポラリスという幼馴染がいる。友達がいる。きっと慰めてもらえただろう。今頃立ち直って、新たな戦士候補でも探してるんだろう。僕の時の失敗を反省して、よりよい作戦で共に戦う相棒を見繕っているんだろう。濁流の勢いは凄まじく、元より抵抗する気もないのだが、なす術もなく押し流される。砂と石と倒木と、ゴミと廃材を含んだ水流は、それだけで身体を傷だらけにし、痛めつけていく。激しく頭を打ちつけて、僕は意識が遠のいていくのを感じていた。誰かの叫び声。暗闇。水と土と、痛みの香り──

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女の子と2人秘宝を巡る旅に出る話 柊ハク @Yuukiyukiyuki892

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