第5話
「とりあえず次のイベントプランが決まったわ」
もはやツアーである事を隠す気も無くなったポラリスが上空から舞い戻ってきて言う。
「……というか、随分本格的な橋作ってるのね?」
「いや、楽しくなっちゃって」
単に木を切り倒して、木材に加工して、川に横たえるだけの橋では味気ないしすぐに終わってしまうと思い、ポラリスが戻るまでの間多少凝る事にしたのだ。と言っても流石にトラス構造を採用すると時間がかかり過ぎる。橋ならラーメン構造なんかも採用してみたい所だが木材しかない現場では不可能だ。アーチや吊り橋なんかもロマンがあるよなぁと言う説明をしていたら途中でミユちゃんにサボるなとばかりに引っ張られた。ちなみに作っているのは最も一般的とされる桁橋だ。
「それで、イベントって?」
「渡ってから教えるわ」
尋ねると、ポラリスは嘆息して言う。不思議道具搭載型ツインテールと協力して和気藹々と作業していると、もう一生橋作らせとけば良いじゃない、という呟きが聞こえた。けど、僕はそれダメだと思います。
「そもそも何が目的なわけ?」
桁橋を架け川を渡り切った後、イベント会場(?)への道すがら尋ねてみた。
「それは秘密と言っておろう」
「……っ……っ」
ポラリスの素っ気ない返答に追従するミユちゃん。君はもっと他愛無い所で発声したらどうなんだね。
「いや、もう隠す意味も無くないか?」
「……一理あるわね」
「……っ……っ」
十中八九、というかどんな意外などんでん返しがあった所で、僕とミユちゃんを仲良くさせたい意図は十分伝わった。激しく首を横に振るツインテールはどうしても最後まで秘密にしときたいようだが、はっきり言って無駄と思う。
「じゃあ話すけど良いわね?」
「異議なし」
「……っ」
ポラリスの決定に、巻き込まれてるだけの僕は反対する理由が無い。秘匿型ツインテールだけが絶望した表情で言葉を失っていた。最初からほとんど喋ってないけど。
「そもそも私とミユは小さい頃の幼馴染なの。ママ同士が仲良くてね。しょっちゅうお互いの家に遊びに行ってたわ。ほとんど家族ぐるみの付き合いね。とは言っても、ミユのパパは海外に単身赴任してて滅多に帰ってこなかったけど。小さい頃肩車なんかしてもらった事もあるらしいんだけどほとんど覚えてないわ」
「あの、話を遮って申し訳ないんですけど」
「なによ」
ジト目を(たぶん)しているポラリスに思わず口を挟む。
「その話、長くなる?」
「……掻い摘んで話すわ」
「助かります」
正味目的さえ聞ければそれで良いのだ、今は。昔話は、気にならないわけではないが、別に今聞かなくても良いと思う。
「2人は選ばれた戦士なの」
「……はぁ?」
「心を通わせる事で強くなるわ」
「……ふむ」
「で、とあるマシンに乗って戦うんだけど」
「……ちょっと待って」
突拍子も無さすぎて脳処理が追いつかない。戦士?戦うの?なにと?じゃあなんでデート紛いの事今までしてたん?心を通わせる為?
「混乱するのも無理ないわ」
ほんとだよ。
「私は2人のサポーター。あなた方2人の身体的精神的な健康を管理するのが仕事よ」
野球部におけるマネージャー的なものだろうか。
「名前はポラリス」
「それは知ってる」
ジロリと視線がツインテールの方に動いた。当のツインテールはギクリとして下手くそな口笛を吹く。誤魔化すの下手か。
「当作戦では2人の相性チェックを兼ねた交友関係の構築を目的としています。あわよくば恋人にでもなって頂けると」
「……さいですか」
「差し当たってはこんなものかしら。何か質問はある?」
「そうだな……」
腕を組んで考える。正直ツッコミどころが多過ぎだ。なにからツッコむ?
「僕達はなにと戦うんだ?」
「敵です」
「そりゃそうだろうよ。どんな敵?」
「とりあえず機械です。デカい戦闘マシン」
「おまえも詳しくないのね」
「軍事機密よ。詳しくは言えないの」
「……うーん」
ツッコミたい。だがなんかツッコんだら負けな気がする。
「どうして今まで秘密に……?」
核心的な事を聞く事にした。これさえわかればスッキリするような気がする。
「……」
ポラリスは躊躇うように間を持たせ……。その視線が僕の背後のツインテールに注がれてる事がわかった。嘆息して、ポラリスは答える。
「惚れちまえば後はどうとでもなるだろうと」
「おい」
「最初に“惚れさせる為”なんて言ったら惚れないでしょう」
「それはそうかもしれないけど」
「増して、戦う為に仲良くなって、とか」
「……」
想像する。ミユちゃんの方を向きながら。初対面時、私と一緒に戦ってとこの子に懇願されて、強くなる為に仲良くならないといけないと言われて、色々な事をして……。その展開、正直萌えると思います!
「第一、平和な日本に住む一般人が、どこの誰とも知れぬ異世界の住人を助ける為に命を懸ける理由が無いでしょ?だから惚れちまえば、と」
「……最低だな」
要するに人の善意に漬け込もうとしたわけか。
「……ごめんなさい」
ポラリスの謝罪の言葉に、なお苛立ちが募る。
「おまえは言う事ねぇのか」
「……っ」
不安げに胸の前で手を組んでいたツインテールはびくりと飛び上がる。その間にポラリスが割り込んできた。
「この子を責めないで。計画したのは私よ」
「共犯だろうが」
「この子は……、少なくともあなたを人として見てたわ。全力で、仲良くなろうとしてた」
「無辜の一般市民を戦士にする為にか?」
「……っ」
「お友達が必死に庇ってくれてるのに、おまえはだんまりか。大した友情じゃねえか」
「ごめん……、なさいっ……」
嗚咽混じりの謝罪に、心が晴れる事は無かった。
「いいよ、もう。帰してくれ。不愉快だ」
「でもっ……」
「終わりだよ。こっから仲良くなんかなれっこないって。仲良しじゃないと戦えないんだろ?なら致命的だよ。僕はもうおまえらの事が大嫌いになった。以上」
背を向けると、沈黙だけが残った。
この感覚を知っている。生きてれば、人と関わってれば、何度でも訪れる決裂の音。いつ聞いても、嫌になる。
「お、お願い……!私と戦って……!」
「……この状況でそれが言える神経を疑うよ」
そりゃ悪手だ。交渉にはやり方がある。作法がある。少なくとも、それを言って成功する可能性が高かったのは出会い頭のあの瞬間だ。涙がミユの頬を伝う。女の涙が、ここまで癪だと感じたのは、生まれて初めてだ。
「泣けば許されると思ってる、とか言う気は無いけどさ。それハラスメントだと思うな。泣くなら見えないとこで泣いてくれるかな?答えは変わらないから、気分が悪くなるだけ。説得したいなら逆効果だ」
なるべく平静を装って言葉を絞り出す。コツは時折溢れる怒りが抑えきれないかのように声に不自然な抑揚をつける事。これが効くって事はよく知ってる。
「……家まで送るわ」
ポラリスが弱々しく言う。
「そうしてくれ」
にべもなく言い放った。我ながら冷酷な奴だと思う。背を向けて、走り去った、木陰で泣いているあの女の子を、あのままにしていいのだろうかと疑問に思ったまま。身体が、ここに来た時のように閃光に包まれると、僕は見慣れた地元へと帰還を果たしていた。
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