最終話 転生王女はこの世界で幸せに微笑む。
「それで、レイヴンさんはまだ見つかってないの?」
昼下がりの午後、数週間ぶりのお茶会を千鳥と楽しんでいると、開口一番に千鳥は聞いて来た。
「そうね、空軍が行方を追っているみたいだけど、さっぱりね。そっちにお父様から命令が下ったりはしていないの?」
「国王様からは何も」
きっとお父様はレイヴンが私を助けてくれたことから、彼を追うつもりはないのだろう。
だがレイヴンは空賊で、指名手配犯だ。
捕まえるべき人に変わりはなく、意識が戻ったら逮捕するつもりだった空軍からすれば大問題だ。
病院から抜けだされたことで空軍の面目は丸つぶれで、彼らは今血眼になってレイヴンを追っている。
「それにしても、まさかアナから聞いた初恋の人がレイヴンさんだったなんてねぇ……」
「ちょっと、恥ずかしいから止めてよ……!」
にやにやと笑う千鳥にからかわれて、顔に熱が集まる。
レイヴンに告白したあの時、私は周りが全く見えていなかった。
だから恥ずかしげもなくみんなの前で告白したり、き、キスまでしそうになって……!
思い出してまた顔が熱くなる。冷やすように顔を手でぺたぺた触っていると、千鳥は嬉しそうに微笑んだ。
「でも本当、アナが幸せそうでよかった。過去の話を聞いてから私、アナには好きな人と一緒になってほしくて……」
「千鳥……」
過去の話を千鳥にした時、彼女は泣いて話を聞いてくれた。私はそれが凄く嬉しくて、千鳥の優しさに心が温かくなったのを覚えてる。
そんな優しい千鳥にも、私は幸せになってほしい。
「次は千鳥の番ね」
私も微笑み返せば、千鳥は突然の振りに顔を真っ赤にさせた。
「え! 私⁉」
「カイトとは今どこまで進んでるのかしらねぇ」
「そそそそんなっ! 私とカイトさんがなんてっ!」
慌てて否定するが、千鳥の顔を見ればその感情が何かなんて明白だ。
千鳥はこんなに分かりやすいのに、全くカイトは何をしているのやら。
千鳥の付き添いとしてやってきて、遠くで待機しているカイトを窺い見る。
彼はこちらを気にしているようで、視線は千鳥の方を見ている。カイトもカイトで、何て分かりやすいのだろう。
私は千鳥に幸せになってほしいが、勿論カイトにも幸せになってほしいのだ。
だってカイトがあの時私の目の前に現れてくれなかったら、今の私は存在しない。
きっと今も安穏とただただこの世界を楽しんでいただけだろう。
でもあの時の絶望があったから、私は今を精いっぱい生きて行こうと思えるのだ。
このかけがえのない世界で。みんなと一緒に。
ふと空を見ると、今日も綺麗な青空が広がっていた。そこに、一羽の飛竜が飛んでいる。
「あれは……」
「そう言えば、アニスさんこのお城で働く事になったんでしょう?」
顔の熱が治まった千鳥が、話しを変えるためにそんな事を言う。
「ええ、今は薬の研究をしてもらってる」
アニスは色々な事情を考慮して、罪には問われないことになった。
伯爵から薬を作らないかと誘われた時点で、彼女に断る術はない。何故ならきっと、伯爵は知ってしまっては協力しない限りただでは返さなかっただろうからだ。
それから、幾度となく私を助けてくれたことも関係している。
飛行船と王城で薬を盛られたとき、その量は規定量に達していなかったのだ。
本当はもっと私の精神に異常をきたす薬だったらしいが、彼女が薬の量を少なくしてくれたおかげで、私は一時的に意識を失ったり錯乱するだけで済んだのだ。
この事から、彼女は罪に問わず、代わりに王城で働いて薬の研究をしてもらう事になった。
今は居住を王都に移して、アニスのお母さんも王都の病院で入院している。体の方も順調だという話だ。
伯爵も捕まり、これで全ては万事解決、なのだけど……。
「でもレイヴンさん、折角アナと気持ちが通じ合ったのに、何でまだ会いに来てくれないのかなぁ」
千鳥は不満そうにしながら呟いた。
何故レイヴンが会いに来てくれないのか、理由は色々考えられる。
まず第一に、城の警備が厳しくて侵入が出来ないということ。
私が幾度となく危険な目にあったことから、今城の警備は最大限高められていることだろう。
昔、八歳のときに会ったレイヴンがその後姿を見せなかったこともこれが原因だった可能性がある。あの時も私が怪我をしたから、城の警備が厳しくなったのだ。
次の可能性が――。
「きっと、恥ずかしいのよ」
「へ?」
笑って言った私の言葉に、千鳥が素っ頓狂な声を上げる。
「レイヴンはかっこつけたがりだから、私の前で泣いたのが恥ずかしいのよ。後は、自分が一番かっこいいタイミングで登場したい、とかね」
昔会った時も、レイヴンは私の前で泣いた。あれから姿を見せなかった理由は、そういう色んな原因が重なったのではないかと推測する。
「でもきっと、もうすぐ会いに来るわ」
空を見上げれば、遠くを飛んでいた飛竜がどんどん近付いてくる。
真っ黒な羽の飛竜。あの時傷つきながらも彼をかばっていたあの飛竜は、こんなにも立派に大きくなっている。
「レイヴンは必ず迎えに行くと言ったし――私の声も届いていたもの」
昔、遠ざかるレイヴンに言った、待ってるという言葉。届いてるか不安だったけど、レイヴンにはしっかり届いていた。だから私はもう不安にはならない。
だって今は、こんなにも近くにいる。
「アナ、迎えに来た」
降り立つ飛竜に乗っているのは、夜の様な真っ黒の髪をした、太陽の瞳を持つ空賊。
「遅くなって悪かった」
私は差し出されたその手をとって悪戯っぽく笑う。
「ふふ、待ちくたびれた」
レイヴンは金色の瞳を優しげに細めて、私を引き寄せる。
「ああ、でももう――離さない」
私達の顔は自然と近付き、私は目を閉じる。そこには暗闇が広がっているけど、私はもう何も怖くない。
暖かな感触が唇に触れて、遠くからウィスとカイト、千鳥の騒々しい声が聞こえてくる。
目を開けば広がっているだろう楽しげな風景を想像して、私は微笑んだのだった。
〈了〉
脇役王女は少女漫画の世界で、せーいっぱい!生きてます! 新みのり @minori626
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