第31話 すべての始まり
「さあ、着きましたよ。話していればあっという間でしたね」
長い階段を上がると美術館の最上階についた。
結局道中誰とも出会わなかったが、恐らく伯爵が事前に人払いでもしていたのだろう。
まぁいたところで、脅されている私に何が出来たか分からないけど……。
「どうぞ、王女」
伯爵が扉を開けて中へと促す。私は一歩その部屋へと入り、言葉を失った。
「……なに、これ……」
ステンドグラスの窓から差し込む光。大きなシャンデリア。赤い絨毯。飾られた青いバラ……。簡素な扉の先には、絢爛豪華な部屋が広がっていた。
しかし私が驚いた理由はそれだけではない。この部屋は……。
「王城のホール……!」
私の驚きに伯爵は嬉しそうに手を広げた。
「お気づきになりましたか! 良く出来ているでしょう。この部屋にはこだわりましてね」
「どうしてこんな……」
まるでうちのホールをそのまま小さくしただけのような部屋だ。
驚き見回していると、伯爵が私の手を取った。
「王女、こちらです」
促されたのは大きなステンドグラスの窓の前。そこは一段高くなっていて、立派な椅子が一脚置いてある。
ここがうちのホールを真似した部屋だというのなら、そこは玉座だ。
本物の玉座とは別に、パーティーがあるとこのホールでは家族分の椅子が置かれ、そこが玉座となるのだ。
何故伯爵がこの部屋を作ったのかまるで分からないまま、私は促されるままにそこに座った。
「ああ、これでやっとこの部屋は本物になる……苦労したかいがありました」
「本物……? 一体どういうことなの……貴方は何がしたいの……?」
私を見て恍惚とした表情を見せる伯爵。
私は彼が言っていることがわからなくて、これまでの全ての答えを求めるように伯爵へと聞いた。
「……貴方の八歳の誕生日パーティー、覚えておいでですか?」
伯爵は一拍置くと私に聞き返した。
八歳の誕生日。それは私が生涯忘れることのない日だ。その日のパーティーで私はカイトと出会い、この世界が漫画の世界であると知った。私にとって重大な日。
でもそれが伯爵と何の関係があるというのだろう。伯爵はそんな事全く知らないはずだ。
「覚えているけれど……それが何?」
「あの日、私もパーティーに参加していましてね。父から領主の座を譲り受けたばかりで、貴方に初めてお目通りした日でもあった」
あの日はカイトに出会ったことの衝撃が強すぎて、実を言うとそれ以外のことはあまり覚えていない。
当然、伯爵のことは記憶の片隅にすら残っていなかった。
「……ごめんなさい、覚えていないの……」
「いえ、いいんですよ。あの日パーティーの出席者は多かったですし、皆が貴方に挨拶をしていましたからね」
まさか私が覚えていないことが犯行原因ではあるまいが、一応礼儀として伯爵に頭を下げておく。
まぁこの状況で礼儀も何もあったものではないのだけど。
伯爵もやはりその事には何も思っていないようで、軽い調子で頭を振った。
だが次に伯爵の口から出た名前に、私は身を固くする。
「カイト・ウォリックもその一人だ」
どきりと心臓が跳ねた。
大勢いる貴族や騎士達の中で、何故カイトの名前が出てくるのか。
私は平静を装って聞き返す。
「……何故、カイトの名前が?」
だが伯爵はその問いには答えず、話を続けた。
「私は最初貴方を見た時、正直がっかりしたんですよ。歳のわりに随分聡明な子だと聞いていたものですから、どんなものかと期待して行って見れば、実際はただの子供だった」
「……それは申し訳なかったわね」
勝手にがっかりされていたとは思わなかったが、歳のわりに聡明なのは当たり前だろう。全ての記憶が戻っていなかったとはいえ、中身は十八で死んだ時のままなのだから。
がっかりさせたらしいので一応謝ってみると、伯爵は誤解しないで下さいと謝った。
「確かに、同じ歳の子供と比べたらしっかりはしていましたし、見た目も美しかった。ですが……幸せそうに微笑み、自分の安寧は揺らぐ事がないと思っているその姿は、他の令嬢となんら変わらない。つまらないものでしたよ」
「そう……」
あの当時の私は、伯爵の言う通りだと思う。自分が自分のままで体感する新しい世界が新鮮で楽しくて、浮かれていたのだ。
しかも、元はただのド庶民だった私が一国の王女になったのだ。豪華な食事に豪華な部屋。皆が私を持ち上げるから、私は調子に乗っていたと思う。
「ですがその評価は、カイト・ウォリックの登場によって変わりました。彼が貴方の前で跪いた時、貴方の目の色が変わった!」
伯爵は興奮したように私の頬を両手で包み、親指で目元に触れる。気持ちの悪さでぞくりと背筋が総毛立つ。
「世界の綺麗なものしか見ていなかった貴方の瞳は暗く濁り、幸せそうだった口元は固く引きつった」
「いやっ……!」
唇に指を這わされたところで、私は堪らず伯爵の手を払いのける。伯爵は困ったように笑いながら懐に手を入れた。
「私は人の感情に敏感でしてね。他の者は気付いていなかったかも知れませんが、すぐにわかりましたよ」
伯爵の懐から出てきたのは、地下を出てからはしまわれていた拳銃だ。それを座る私の頭に突きつける。
「貴方が、絶望した事に」
いつ撃たれるかわからない状況に、流石に抵抗できなくなってしまう。
「そしてそんな貴方を、私は酷く美しく思った」
伯爵は硬直する私をうっとりと見つめた。
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