第30話 私のもの

「実はこの美術館の警備兵は、王女がここにいると知らないんですよ。先ほど捕えたのは賊だと言ってありますから、騒がず下を向いていて下さいね」


 階段を上りもう少しで地下から抜けるというところで、伯爵は私がお忍び用で来ていたコートのフードをかぶせた。


 そんな事を言われて、はいそうですかと従う訳がない。どうにか伯爵にバレずに私が王女であると伝える方法はないかと考えるが、伯爵が笑う声で思考がかき消された。


「……何ですか」

「いえ、今必死に私を出し抜く方法を考えてらっしゃるのかと思うと、可愛らしく思えてしまいましてね」


 おかしそうに笑う伯爵が腹正しい。こちらの考えは全てお見通しということだろう。


 地下から抜けて一階のフロアに出る。だが辺りには誰もいないようだった。

 きょろきょろと辺りを見回す私に、伯爵は歩を進めながら笑った。


「止めた方がいいですよ。あの牢には爆薬を仕込んでありましてね、私がこのスイッチを押せば爆発する仕掛けになっているんですよ」


 伯爵が懐から出したのは手のひらに収まる程の小さなスイッチだった。


「まぁ建物が崩れては困りますから、小規模な量ではありますが……あの牢にいる人間を殺すぐらいは出来るでしょう」


 スイッチを収めながら、伯爵は世間話をするように人を殺す算段を話してみせる。

 つまりは私の行動一つで、レイヴンやアニスを簡単に殺せると言いたいのだろう。まるで全ては伯爵の手の上だ。


 それに両腕も自由に使えるようだし……やはり撃たれたのは演技で、全ては私達を騙すためだったのだろう。

 ここまで伯爵が冷酷だと、先に捕まったウィスが心配になってくる。ちらりと横を歩く伯爵を窺い見た。


「……ウィスは無事?」

「無事ですよ、今のところは」


 今のところ、ね。

 ウィスもレイヴン達と同じように捕まってしまっていて、私の行動によっては殺されてしまうということだろうか。


「それにしても、彼は随分強いのですね。こちらの警備が何人か気絶させられて困りましたよ。さすがはロビウム家といったところですか」

「当然よ、ウィスは私の執事なのだから」


 ウィスの生家であるロビウム家は代々王家に仕えていて、絶対的な忠誠を誓っている。

 そのため幼い時分より戦闘、飛竜の扱い、使用人としての知識等々、様々な事を教え込まれる。

 そして彼らは執事や護衛、側近となり、王家の人間の一人を主と決め、仕えるのだ。


「立派な主従関係をお築きのようで。ああ、だからですか……あんなに暴れていたのに、これ以上暴れれば王女をどうするか分からないと言ったら、途端に大人しくなりましてね。今も大人しく捕まってくれていますよ」


 にこりと笑う伯爵に憎しみが増す。感情が揺さぶられていることに気付かれぬよう、平静を装って嫌みを言った。


「……伯爵は随分姑息な手段がお好きなようね」

「ええ、好きですよ。そうだ、この後貴方の執事がどうなるかお教えしましょうか」


 嫌みにも全くダメージを受けず伯爵は肯定すると、つらつらと語り出した。


「これから、貴方は空賊に捕まった事になり姿を消します。その証拠として貴方の供をしていたウィスティリア・ロビウムの無残な死体が発見されるのです」


 語られる言葉に怒りで手が震えた。震える拳を握りこむ私とは対照的に、伯爵はさも残念そうに話を続ける。


「可哀想に、王女を守るために空賊と果敢に戦ったものの、貴方を守り通すことなく死んでしまい、王女は連れ去られてしまったのです。悲しいですが、これからその通りに――」


 まだ話を続けようとする伯爵だが、私はその胸ぐらを掴んで黙らせる。そしてぐっとこちらに引き寄せた。


「あれは私のものよ。勝手は許さない」


 突然の行動に流石の伯爵も驚いた顔をしたが、それもすぐにいつもの胡散臭い笑顔に変わる。それどころか逆に顔を近付けると、唇が触れるぎりぎりの位置で囁いた。


「……貴方は許しますよ。必ずね」

「何を言って……!」


 何があろうと、ウィスが殺されるなど許すはずがない。反論しようとするが、伯爵はぱっと顔を離した。


「そういえば、可愛い部屋だったでしょう?」

「は?」


 脈絡のない話についていけずにいるが、伯爵はにこにこと続ける。


「貴方が先ほどいた地下ですよ。どういうものが好みかわからなかったので、とりあえず可愛らしいぬいぐるみやフリルを選んだのですが……気に入っていただけました?」


 どうやら私が捕まっていたあの鉄格子の部屋のことらしい。

 あれは私のために用意されていたのか。何から何まで全部用意づくとは、ウィスの言うように私が目当てだったということなのだろう。


「……悪いけど、全然私の好みじゃない」


 伯爵や今のこの状況全てが腹正しく、精一杯の嫌悪を込めて言うが、伯爵は困ったように眉を下げただけだった。


「それは残念……ですがきっと、次にお見せする部屋は気に入りますよ」


 伯爵はどこか恍惚とした表情で私を見た。

 でも私ではなく、私を透かして別の何かを見ているような気がして、どこか引っかかりを覚えながらも私は促されるままに歩みを進めるのだった。

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