第21.5話 空居千鳥は考える
アナが部屋に入って扉が閉じられると、私と執事さんは壁を背にドアを挟んで立ち、カイトさんは私の横に立った。
こうして付近の警戒をしながらアナを待つのだけど……知らずほっとため息が出た。どうやら初めての王女の警護任務で緊張していたらしい。
ふにゃりと肩が下がって、けどすぐに隣に立つカイトさんに背中を叩かれた。
「いっ!」
「ぴしっと立て。警戒を怠るな」
「はーい……」
確かに気が抜けた私が悪いけど、何も叩かなくても……。
背中をさすりさすりカイトさんを見上げる。壁を背にじっと立つカイトさんの姿勢は人に言うだけあって確かに綺麗だ。しゃんと伸びた背と見据えられる瞳はお手本としてパーフェクト。私も真似をして背筋を伸ばし、不審な人はいないかと目を動かす。
とはいえ今のところ至って平和で、窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえる。丁度いい太陽の光にうとっと瞼が下がりそうになって、慌てて姿勢を正した。
眠たくなったなんてカイトさんにバレたらどんなお叱りを受けることやら。眠くならないようにしなきゃ……何か考え事、考え事……。
そしてふと、先ほどのアナとのお茶会を思い出す。
泣いてしまって恥ずかしかったけど、アナのおかげで随分気持ちがすっきりした。もやもやしたものがすっと晴れて、今が一番、この世界と向き合えていると思う。
アナには大感謝だね、と思っていると、ふと、そういえばアナの好きな人は今どうしてるのかな、と思った。
アナがずっと好きな、黒い髪の、金色の瞳の男の子。どんな子なんだろうと考えていると、レイヴンさんが頭に浮かんだ。アナから聞いた特徴に似ている。それにレイヴンさんの飛竜も真っ黒だし、アナの話と一致してる。
まさかと考えて、飛行船で初めて彼と会った時のことを思い出す。
あの時私はレイヴンさんに連れていかれて、でも結局危険な目に合うこともなく、彼は私を地上に降ろしてくれた。
「ありがとな」
お互い飛竜から降りると、レイヴンさんは私にお礼を言った。何のことか分からず首を傾げる私に、彼は続ける。
「飛行船からアナが落ちそうになったとき、助けてくれただろ。ほんとに感謝してる。手荒なことして悪かったな」
そう言って笑う彼は悪い人には見えず、でも空賊であることは間違いない。そんな彼がなぜ親し気に王女であるアナスタシア姫のことを話すのかがわからなかった。
「えっと……レイヴン、さんは、お姫様と知り合いなんですか……?」
私の質問に彼は少し面食らって、そして視線を彷徨わせる。言いにくそうにあー、とか、うー、とか唸って、髪をかき上げた。
「いや、知り合いっつーか……なんつーか……」
「でもアナ、って、お姫様の名前ですよね? ……お友達、とか?」
「友達ってわけでもねえんだけど……あの感じは俺のこと覚えてなさそうだしな……」
「覚えて?」
「あーいや……俺が勝手に知ってるって感じか? 向こうは多分、俺のこと、知らない……」
後半どんどん尻すぼみになり落ち込むレイヴンさん。
こっちは知ってるけど、向こうは知らない。それなのに相手が助けられたらお礼を言う。この関係性を考えて、私は一つのことに思い至る。
「わかりました!」
はいっと元気よく手を挙げれば、落ち込んでいたレイヴンさんはゆっくりと顔を上げる。私はその彼をびしっと指さした。
「貴方、お姫様のファンですね!」
「……あ?」
そう、これはアイドルとファンの関係性に他ならない!
アイドルの方は応援しているファンを知らないけど、ファンはアイドルを知っているし、アイドルに何かがあればまるで自分のことのように落ち込んだり喜んだりする。きっとレイヴンさんとお姫様はそういう感じなのだ!
ぽかんと口を開けるレイヴンさんを前に、私はしきりに頷く。
「わかります、わかります。あんなに綺麗なお姫様ですもんね。私も初めて見た時びっくりしちゃいました。正におとぎ話のお姫さまって感じで、優しそうで綺麗で……」
推したい気持ちも十分にわかると深く頷くと、レイヴンさんも先ほどと違い笑顔で頷いた。
「そうか、お前にもアナの魅力がわかるか!」
「勿論です! わかりますよ、レイヴンさんが好きになる気持ち!」
「好き、にっ⁉」
「え?」
途端、レイヴンさんの顔が真っ赤に染まる。そしてなぜか慌てて手を振った。
「いやっ俺は別に好きって言ったわけじゃ……!」
「……ファンなんですよね? 好きじゃないんですか?」
「っ……!」
不思議に思いながら訊ねると、レイヴンさんは言葉に詰まり増々顔を赤らめる。
そしてやがて私の視線に耐えられなくなったのか、ふいとそっぽを向いて小さく答えた。
「好きに、きまってんだろ……」
「やっぱりそうなんじゃないですか」
とんだ恥ずかしがり屋さんだ。推しは好きだから推しているわけで、それぐらい素直になればいいのに。
そう思ったのだけど、レイヴンさんは少し言いづらそうに言葉を曇らせた。
「……空賊の俺が王女を好きだなんて、迷惑じゃないか?」
そういうしがらみもあるのかと、私は少し驚く。
そうか、王女様と指名手配犯じゃあ確かにそういうことも考えるかも知れない。
私は腕を組んで考える。でもそう深く考えずとも、私の答えは簡単に出た。
「そうですねえ……好きが高じて誘拐したりしたらダメですけど、好きなのは迷惑なんてことはないと思います。その気持ちは誰だって持っていい気持ちですし、お姫様だって、誰かに好きでいてもらえているというのは嬉しいと思いますよ」
深く考えなさすぎな気もするけど、これが私の気持ち。それにきっとあのお姫様なら、そう思うだろうなと思ったのだ。
レイヴンさんは少し目を丸くして、でもすぐに朗らかに笑った。
「……千鳥、お前良い奴だな」
「へへ、恐縮です」
その後レイヴンさんと別れて、私はカイトさん達に保護されたのだった。
あの時のことを思い出し、引っかかりを覚える。
レイヴンさんが言った、覚えてなさそう、という言葉だ。
あの時はよくわからず聞き流していたけど、今思い返せばあれはどこかで会ったことがあるっていうことだよね。
もしかして、もしかするのかな……。アナの好きな子は、レイヴンさんだったり……? きゃあー! もしそうなら凄いロマンチック! アナに言ってみたほうがいいのかな……いやいや、推測に過ぎないし……。でもでも……!
なんて頭の中で考えていると、隣のカイトさんが咳払いをした。びくっとしてちらりと横を伺えば、怖い顔で私を睨んでいる。
「千鳥……頭が留守なのは顔を見ればわかるぞ……」
「ひいっ」
「しっかり、警戒、しろ」
「は、はいいい」
ゆっくりじっくり低音で怒られて、すぐさま姿勢を正す。
外は相変わらず和やかで、でも隣からは冷気が伝わってくる。
アナ、早く戻ってきてー!
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