第21話 二度目の誘拐予定
「……落ち着いた?」
千鳥の涙が渇いた頃、確かめるように両手で頬を挟み彼女の顔を上げる。泣いたせいで目元は赤いけれど、もうその目に涙はない。千鳥は笑って頷いた。
「うん……へへ、ありがとう」
「いいのよ」
照れ笑いする千鳥の頭を撫でれば、彼女は嬉しそうに頬を緩めた。可愛い!
さぁ、次はどんな話をしようかしら。そう思って改めて椅子に座り直すと、ウィスが近付いてきて頭を下げた。
「失礼します。姫様、そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間なの……」
実はこの後大臣との会議の予定があるのだ。もう少し千鳥と話していたかったけど、公務を疎かにする訳にはいかない。千鳥とのお茶会はまた機会がある時に楽しもう。
千鳥にそう言おうと正面を向くと、ちょうど千鳥の傍にカイトがやって来た。そして千鳥の頬に手を添え、赤くなった目元を親指ですり、と撫でる。
「か、カイトさん……?」
突然の事に千鳥は顔を真っ赤にさせて固まっている。
カイトは睫毛を伏せ、心配そうな声色で千鳥に問いかけた。
「……何で泣いた?」
「ええーと、」
千鳥は言い淀む。
そりゃそうだ。この世界が本当か信じられないことがあった、なんて、正にこの世界の住人であるカイトには言えないだろう。同じ思いを抱いていた私にだから千鳥は言えたのだ。
でももちろんカイトはそんな理由知るよしもない。悲しそうな顔で千鳥の涙の痕を指でなぞった。
「俺には、言えないのか……?」
これは、嫉妬!
千鳥は元気っ子だから、人前で泣くなんてこと滅多にない。そんな千鳥がつい先日会ったばかりの私の前では泣き、恐らく弱音を吐露したであろうことが寂しいのだろう。
あのカイトがここまで言うなんて、思った以上に二人の気持ちは近いらしい。
カイトと千鳥好きの私にしてみれば、そのカイトの気持ちは嬉しいばかりだ。
それに、漫画ではなかった二人のこんなシーンが見られるなんて、ファンにとっては眼福、眼福。
でも目の前に私とウィスがいるのにこんなこと出来るなんて、カイトに私とウィスは見えてないんじゃないかと心配になるぞ。
まぁ別にいいけどね……こんなシーン拝めるなら壁にでも空気にでもなるさ。
そう思って気配を殺していたのだが、千鳥が顔を真っ赤にしながら目線で私に助けを求めてきた。
もうちょっと見ていたいけど……しょうがない、助けるか……。
私はふぅとわざとらしくため息をつく。
「あら、私がいじめたとでも言いたいの?」
我ながら中々いじわるな台詞だ。
もちろんそんな気持ちはなかったカイトは驚いて否定した。
「そんな事……!」
「じょーだんよ! 全く、貴方は本当に真面目な人ね」
「姫っ!」
笑って立ち上がれば、カイトはまたもやからかわれた事に立腹している。
この反応が面白くて、ついついカイトの事はからかってしまうのだ。
千鳥を見ると、彼女はカイトが離れてくれたことにほっと息を吐いていた。
「千鳥、」
名前を呼ぶ。すぐにぱっとこちらを見た千鳥に、私は微笑みかけた。
「引き続き、護衛を頼めるかしら」
信頼を込めてそう言えば、千鳥はぴしっと立ち上がり、笑って頷いた。
「はいっ!」
「カイトも、頼りにしてるわ」
ぷりぷりと怒っていたカイトにももちろん声をかける。
すると一瞬びっくりしたような顔をして、でもすぐにしょうがないと言うように小さく笑って、しっかりと礼をした。
「お任せ下さい、姫」
前にウィス、その後ろに千鳥、そして私の後ろにカイトと、厳重な体勢で城の廊下を進む。
正直ここまでしなくても……と思うが、カイトと千鳥の二人がこうやってついてくれるのは今日限りなのだから、まぁ良しとしよう。
そうなのだ。私が攫われる最後の日が今日なのだ!
今まで日付がはっきり思い出せなかったけど、漫画では攫われるときに千鳥とカイトが護衛についていたし、きっと今日がそうなのだろう。
漫画ではこうだ。
王女の護衛をすることになったのはカイトと千鳥の二人。賊の事もあり王女は城から出る予定はなく、安心に思われた。
だがしかし! 城の使用人を買収し入れ替わった賊が紛れていて、二人の隙をついて王女は攫われてしまうのだった!
でも千鳥の風の声を聞く力により王女の居場所を掴んで、無事王女を救出。空賊を逮捕し、事件を解決。
というところまでが今回のお話になる。
途中レイヴンも出てきて、乗りかかった船だから、みたいな感じで千鳥を助けてくれるかっこいいシーンもあるから要注目だ。
でもなぁ……こうやって漫画の話に巻き込まれるのはいいとしても、また私が捕まるっていうのは解せない。
怪我ひとつなく無事でいられる保証はないのだし、出来れば捕まらずに捕まえたいとこだけど……。
まぁ、襲われたら全力で抵抗して大声を出そう。誰かが気付いて犯人を捕まえてくれるかもしれないし、そこから仲間の空賊の逮捕につながるだろうし。
そうこう考えていると会議予定の部屋へとついた。もう大臣は中で待っていることだろう。
三人には部屋の外で待っているように伝えて、私は中へと入った。
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