第17話 女子会に恋バナ

「姫、お戯れが過ぎるのではありませんか……」


 ぶるぶると怒りを噛み殺しながら、カイトが鬼の形相で声を震わせている。おお、怖い、怖い。


「あら、カイトも参加なさる? 別に一人分茶器が増えるぐらい、なんてことないわよ? ねぇ、ウィス」

「はい、姫様」


 紅茶を注ぎお茶菓子の準備をしてくれているウィスにわざとらしく話しかけ、カイトに微笑んで見せる。

 するとカイトは結構です、なんて怒って、私達から少し離れた位置に立った。そこから付近の警戒をしてくれるのだろう。

 わざわざ私の警護をしてくれているカイトに少し無礼過ぎたかとも思ったが、これで先ほどの溜飲が下がったというものだ。


 それに、これで心置きなく千鳥の話が聞ける。

 私の正面に座る千鳥ににこりと微笑めば、カイトを心配そうに見ていた千鳥も微笑み返してくれた。


「姫様、準備が整いました」

「ありがとう、ウィス。下がっていいわよ」


 ウィスは頭を下げるとカイト同様、私達から少し離れた場所へと移動した。

 なんて言ったって、女子会に男性は厳禁だものね!


 私達は今、城の庭園にいる。ここは季節の花が咲き誇る、私のお気に入りの場所の一つだ。

 私は良くここでお茶を楽しむのだが、今日はなんと、千鳥と一緒にお茶会ならぬ女子会を開催します! いえー!


 お友達になったのだから早速お話がしたいと言えば、千鳥はすぐに了承し、ウィスは準備に取り掛かってくれた。ただ一人、カイトだけは姫と護衛がお茶会なんて、って怒っているけど……。

 カイトの言うことは正論なのだけど、頭が固いのなんのって……私や千鳥の事を思ってのことなのは、分かっているのだけどね。


「……?」


 紅茶を一口飲んで千鳥を見れば、彼女の視線は私の後ろに行っている。振り返れば、その視線の先には付近を警戒しているカイトがいる。

 どうやら千鳥はカイトの機嫌が気になるらしい。

 これは早速、千鳥にカイトの事をどう思ってるのか聞かなければ!


「カイトのことが気になる?」


 いまだぼうっとカイトを見ている千鳥に唐突に矢を向けてみれば、彼女は顔を赤くして面白いように慌てた。


「な、何を言ってるんですかお姫様!」


 もっと掘り下げたいところだが、だがしかし! 私は千鳥の顔にびしっと手を向けた。


「アナよ」

「へ?」

「お友達になったのだから、もうお姫様、なんて呼び方も、敬語もなしにしてほしいの」


 ずっと気になってはいたのだ。折角友達になれたのだから、こうなればとことん我儘を貫き通したい。

 でも案の定、千鳥は困った顔をした。


「で、でも……いいんでしょうか……?」


 当然の反応だろう。いくらこの世界の元からの住人ではないとはいえ、臣下が王女に気易く話しかけて良いものか、悩むはずだ。

 やっぱり少し調子に乗り過ぎただろうか……。


「……千鳥が言いにくいなら、無理強いはしないわ」


 少し寂しいが、権力に物を言わせてあれこれしたい訳じゃない。

 引き下がろうとしたが、千鳥はぎゅっと私の手を握って笑顔を見せた。


「いえ! 私も、お姫様……ううん、アナとは仲良くなりたいもん」

「千鳥……」

「でも流石に、二人の時だけね。みんなの前でこれが駄目なのは、流石の私もわかるし……」


 秘密、というように唇に指をあてる千鳥に、思わずきゅんとする。

 可愛い! 好き! 優しい!


「ええ、分かってるわ! ありがとう、千鳥」


 嬉しくて笑いかければ、千鳥も満点の笑顔で返してくれた。


「うんっ」


 あー可愛い! こんな可愛くて良い子に気に掛けられているのだから、カイトは何て羨ましい奴なんだろうか。

 って、そうだった。カイトの話を聞こうと思っていたんだった。


「それで、カイトとの事、聞かせてもらえるかしら?」


 話を元に戻せば、千鳥はまたもや顔を赤くしてうろたえる。


「ええ! 別に何も無いよ……ただの上司と部下だし……」

「ふうん? それにしては、カイトの事を気にしているようだけど?」

「別に……カイトさんまた怒ってるなぁって思ってただけで……」

「カイトは頭が固くて、自分だけじゃなく他人にも厳しいものね」

「そうなの! 私いっつも怒鳴られてばっかりなんだよ! 遅い! のろま! この馬鹿! これの三点セット」


 カイトの物真似だろう。声を低くして腰に手を当てる千鳥に思わず笑ってしまう。


「ふふ、良く似てる」

「えへへ……部隊のみんなにも褒められた」


 きっとオウルは大爆笑だったに違いない。その時の風景を思い浮かべてこちらもまた笑ってしまう。

 千鳥は照れくさそうに笑ったが、何かを思ったのだろう。悲しそうに眉を下げた。


「……でも、カイトさんは怒ってばっかりで、褒めてくれた事はほとんどないんだ……カイトさん、私のこと嫌いなのかなぁ」


 視線をカイトに向けて悲しげに呟く千鳥に胸が痛む。

 漫画でも同じようにカイトを気にしていたけど、実際に話を聞き、目で見れば、浮かぶ感情は変わってくるものだ。

 あの当時はドキドキしながらどうなるのか展開が気になるだけだったが、今は違う。千鳥の悲しみを取り除いてあげたいと思うし、私にはそれが出来るのだ。


「そんなことないわ」


 私は首を振って千鳥の手を握る。


「カイトが貴方に厳しくするのは、貴方の為を思ってのことなんだもの。それに、千鳥を部隊に入れる事を決めたのはカイトでしょう?」


 ファルコンの隊長を任命するのは王だが、そのメンバーの選出に関しては隊長に一任されている。

 千鳥はこくりと頷いた。


「部隊のみんなが後押ししてくれたからではあるけど……」


 漫画では、最初カイトは千鳥が部隊に入るのを反対していた。でも千鳥の能力や真っ直ぐで諦めない性格を知ったカイトは、彼女を部隊に入れる事を決める。

 その時確かにオウルやほかのメンバーの説得もあったが、最終的にそう決めたのはカイトだった。

 私はそれを知っているし、何より、漫画を読んでいたからだけではなく、実際にカイトと接していて、彼の真っ直ぐな人となりを知っている。


「それでも、よ。カイトは誰かに言われたからってファルコンのメンバーを決めるようなことはしないわ。彼はこの仕事に誇りをもってるし、必ず任務をやり遂げられるような人じゃなきゃ認めたりしない。カイトは貴方だから部隊に入れたし、貴方だから傍に置いてるのよ」

「私だから……」

「千鳥に怪我をしてほしくないから、強くなってほしくて厳しくするの」

「……うん、そうだね!」


 わかってくれたのだろう、千鳥は笑顔で頷いた。私も微笑み返して頷く。

 素直で優しいこの子だから、きっとみんな好きになるんだろう。正に、私もその一人だ。


 不安が取り除かれ千鳥はにこにことしていたが、不意に何かに気付いたようにハッとした。


「……でもアナは、カイトさんのことよく知ってるんだね」


 急に何だろう? カイトの事は確かによく知ってる。漫画の知識だけじゃなく、昔からの知り合いだからだ。


 カイトに初めて会った日のことはよく覚えてる。私が八歳、カイトが十三歳の時だった。

 あの当時からカイトはべらぼうにイケメンで、目の前で跪く彼に私は見惚れた。

 そして……私が絶望した、瞬間だった。


「長い付き合いだもの。もう十年になるわ」

「ふーん……」


 昔を思い出しながら言えば、千鳥は面白く無さそうに唇を尖らした。私は一瞬きょとんとしたが、すぐに意味を理解して笑う。

 こんなにわかりやすい千鳥の気持ちに気付かないなんて、カイトは相当だな。


「ふふ、そんな顔しなくても、私もカイトも別にお互いのことは何とも想ってないわよ」

「へっ? ど、どんな顔してた?」

「さぁ?」

「もー!」


 惚ける私に千鳥はむくれて怒る。可愛い反応にまた笑ってしまう。

 きっとカイトの事をよく知っている私に嫉妬したんだろう。それでもしや二人は……なんて思ったに違いない。


 カイトの事は勿論好きだ。職務に忠実だし、礼儀正しく真面目で良い人で、私が気楽に話せる一人でもある。おまけに顔も最高にかっこいいし。

 でもなぁ……漫画を読んでいた時はファンとしてカイトの言動にドキドキしたりしていたが、今は全くそんな感情はない。

 例えるなら口うるさい親戚のお兄ちゃん、という感じだろうか。


 カイトもカイトで、表情からはわかりにくいが、既に千鳥に何かしらの好意をもっていることは確実だ。レイヴンに千鳥を連れ去られた時も結構嫉妬してるような感じだったし。

 早く二人はくっつかないものかと考えていると、今度は千鳥が興味津々に身を乗り出した。


「ねぇ、アナは誰か気になる人はいたりしないの?」


 突然の質問に、心臓がどきりとする。千鳥に聞きたい事ばかりで、自分が聞かれることなど全く考えていなかった。


 何て答えようか……。そう思った時に一瞬レイヴンの顔が浮かんだが、いやいやと頭からその顔を追い出す。

 そっちじゃなくて、浮かぶのは思い出のあの子だ。

 実際に目の前に相手がいる千鳥とは違い、私は幻想を追い求めているようで少し気恥ずかしくなる。


 ちらりと千鳥を窺えば、彼女はまだかまだかと私の話を待っている。千鳥ばかりに秘密を喋らせて、私だけ話さないなんて不公平だろう。


「……長くなるわよ」


 前置きしたが、千鳥は構わないというように大きく頷いた。

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