第15話 ヒロインと握手会
身支度も朝食も済ませた頃、部屋をノックされる。
きっと護衛のオウルが来たのだろうと部屋へ通すと、現れたのは別人だった。
「今日は私が御身を守らせて頂きます。よろしくお願いします、アナスタシア姫」
そう言って私の前に跪いたのは、特務飛竜部隊ファルコンの隊長、カイト・ウォリックだった。
「あれ、オウルはどうしたの? てっきり今日もオウルが警護についてくれるのかと思っていたのだけど……」
きょろっと周りを見るが、オウルの姿はどこにもない。
昨日のお礼もちゃんと言いたかったにと思っていると、カイトは立ち上がって頭を下げた。
「昨日のオウルの勝手は聞き及んでいます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません、姫。オウルは姫の警護から外しました」
「ウィスっ⁉」
カイトから聞いた途端、私は後ろを素早く振り返った。
昨日あの場には私とオウルと、ウィスしかいなかったのだ。カイトに告げ口をした者など決まっている。それにウィスならやりかねない。
キッとウィスを睨みつければ、ウィスは素知らぬフリでそっぽを向いた。ああ、これは確実だ。だがこのままウィスを攻め立ててもしょうがない。私はカイトに向き直る。
「違うの、カイト。昨日のことはオウルが私を気遣ってのことなの。それに私も承知してのことだし――」
言い募る私に、カイトは力強く頷いた。
「ご安心を、姫。奴が姫の不利益になることをしないのはわかっています」
「え、ならなんで」
「オウルは今日、賊捜索の任務に入っているだけですよ。千鳥を姫に紹介したかったので、ちょうどよいかと思いまして。先日会ってはいるかとは思いますが、正式な紹介がまだでしたから」
オウルが罰を受けたのではないと知ってほっとする。だけどそれと同時に心臓がドキリと跳ねた。
カイトの後ろで先ほどから跪いて頭を上げていない人はやはり……。
「千鳥」
カイトがその名を呼ぶと、千鳥はパッと顔を上げて立ち上がった。
「お姫様! またお会い出来て光栄です!」
彼女はポニーテールを揺らして笑顔を見せる。
ああ、超絶キュート……。百点満点の笑顔だよ、千鳥……。
が、しかし! うう! 今朝の事があるせいで気まずい!
私が胃をきりきりさせているとは露知らず、カイトは千鳥の紹介を始めた。
「この者は千鳥・空居。この国ではない――別の場所から来たものですが、怪しい奴ではないことは俺が保証します。銃の扱いも体術もいまいちですが、剣術と飛竜の乗りこなしは目を見張るものがあります」
千鳥はこの世界に来て一番最初にカイトに出会っているので、別の世界から来たことをカイトは承知済みだ。
でもさすがにそれをそのまま私に伝えることは気が引けるのだろう。随分ぼかしての説明だ。まあファルコンでもごく一部の人しか知らされてない情報だしね。
それにしてもカイトは千鳥の剣の腕は既に認めてるのね! 千鳥はおじいちゃんが剣道の先生で、子供の頃から教わっていたから剣術は得意なのだ!
ふむふむとカイトの話を聞いていると、カイトが何やら口ごもり言いにくそうにしだした。やがて口に出したのは、千鳥の重要な話。
「それから、これは王には既に話してあることなのですが……千鳥には、不思議な力があります」
カイトが千鳥に目配せすると、千鳥は緊張した面持ちで一歩前に出た。そして私の目をじっと見つめ、口を開く。
「このせか……国に来てからなのですが……風の声が、聞こえるようになったんです。その声は私に色々教えてくれて……えっと、だから、この力を使えば、少しはカイトさん……ファルコンのみんなや、王様やお姫様、この国の人たちのお役に立てるかなって、思います」
色々と言葉を選んで、千鳥は一生懸命に私に話してくれる。
千鳥は少女漫画の主人公らしく、特別な能力を有している。それは風の声が聞こえる、話せるというものだ。
常時聞こえているわけではなく、声に集中したり、ピンチの時に聞こえるもので、漫画でもこの力を使って幾度となく誰かを助け、そしてピンチをくぐり向けてきた。
何を隠そう、二度目に攫われる予定の私も、その力のおかげで千鳥に助けてもらえる予定なのだ。
そして思う。千鳥が自分のことを話してくれるこのシーンは、漫画にはなかったな、と。
きっと千鳥は、カイトは、私だから話してくれた。
そう思ったら胸がじんとあったかくなった。つい今朝方まで千鳥に嫉妬していた自分を殴り倒したくなる。
「……姫、信じられないのはわかります。荒唐無稽な話ではありますが――」
噛みしめていたせいでアクションが遅れたからだろう。私が信じていないと思ったカイトが加勢するように話に割って入ってきた。
だけど私はその言葉を遮るように断言する。
「信じます」
「お姫、様……」
不安そうにしていた千鳥が驚いた顔をする。私はその手をとって、千鳥の瞳を見つめた。
「千鳥はとても素直でいい子ですもの。私は何があっても貴方を信じる。千鳥の味方になるわ」
レイヴンとの恋だって、きっと応援できる。
嫉妬してごめんとか、ずっと千鳥のファンでしたとか、これからも応援してますとか、そんな気持ちを込めてぎゅっと千鳥の手を握る。
最初驚いた顔をしていた千鳥だったけど、握られた手を見て、私を見て、花が綻ぶような笑顔を見せた。
「ありがとうございます、お姫様。私、お姫様と出会えて良かったです」
「千鳥……!」
きゃあん! 神対応! こんな笑顔見せられたら私千鳥に恋しちゃう! 一生推します!
さながら握手会のように千鳥にきゅんきゅんしていると、ごほん、と咳払いが聞こえた。
「姫、長いです」
カイトにべりりと千鳥を引きはがされる。
剥がしかよ! 引っ込め!
私の心の悪態が聞こえたわけではないだろうが、カイトはため息をついた。
「姫、俺が言うのもなんですが……もう少し疑ってもいいのでは?」
ふむ。カイトの言い分はもっともだろう。
とはいえ、私は漫画を読んでいるので千鳥の素性はここにいる誰より知っている。
それでなくとも、千鳥がいい子なのは出会って短いながらも私にだってわかるのだ。きっとカイトやファルコンのみんな、王である父にだってわかるに違いない。
それに。
「だってカイトが私やお父様に嘘をつくはずがないもの。千鳥がいい人なのもその目を見ればわかります。お父様も似たようなことを言ったのではなくて?」
「……全く、似た者親子ですね」
カイトはまたため息をついた。でもしょうがないと言うように少し笑って、口元を綻ばせる。
しょうがないのは貴方よ、カイト。そうやって私達が人に優しくするとカイトが喜んでくれるから、私も父もカイトが可愛いのだ。
くすりと微笑めば、カイトと目が合う。カイトは取り繕うように一つせき込んだ。
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