第13話 隠した気持ち

「オウル、急にどうしたの?」


 露店通りを抜けて広場までやってきて、ようやくオウルは足を止めた。

 少し早歩きだったために、私は息を整えてからオウルを見上げる。彼はすまなさそうに近くのベンチに私を座らせた。


「悪い、姫さん。少し早かったか」


 姫と呼ばれて周りに聞こえやしなかったかとドキリとしたが、近くには誰もいなかった。少し遠くに私達と同じようにベンチに座っている人がいるだけで、あそこまでは声は聞こえないだろうと判断する。


「ううん、大丈夫。私が運動不足なだけ。それより、どうして急に……」


 首を振って苦く笑うと、オウルに先ほどの行動の理由を問うた。何故突然あの場から去ったのか。

 オウルはふうと息を吐くと、私の隣に座った。


「姫さんは、何でだ?」

「ええ? 私を連れ出したのは貴方でしょう?」


 質問に質問で返されて、私は意味がわからず笑って返す。でもオウルは真剣な顔で続けた。


「姫さんがあの場に居たくないって顔をしてたからな。今すぐここから逃げ出したいって、そんな顔してた」

「……私は、別に、」


 思わずオウルから目線を反らして俯いた。

 そう、別に。別にそんなこと思ってない。たまたま千鳥とレイヴンを見かけただけ。むしろラッキーだった。だって私は千鳥の大ファンなのだから、そんな千鳥の可愛い姿が見られて良かったのだ。うん、良かった、のだ。


 あの時の二人が頭を過った。

 レイヴンは背を向けていて表情がよくわからなかったけど、千鳥は困ったように笑っていた。

 漫画でよく見た、千鳥の可愛い表情の一つだ。またレイヴンに何かからかわれていたのかも知れない。仲が良さそうで、ああ、やっぱりレイヴンは千鳥のことが好きになるのだと、改めて思った。

 いや、もしかしたらもう、既に――。


「悪かった」


 不意に、大きな手がぽんと私の頭にのせられた。顔を上げると、オウルが悲し気に、でも優しいまなざしで私を見ている。


「悪かったな」

「……え? 何が?」


 再度告げられた謝罪に、私は理由がわからず首を傾げる。オウルはじっと私を見ていたけど、突然わしゃわしゃと髪をかきまぜた。


「きゃっ、ちょっとオウル! ぐちゃぐちゃになっちゃうから!」

「わははっ! 姫さんはもっと肉食いたかっただろーに、子供にあげちまって悪かったなーってな!」

「もう……それはいいけど、ちょっとおじさんに悪

かったかなっては思う」


 せっかく私にくれたのに、口を付けずに誰かにそのままあげてしまった。その瞬間をおじさんが見ていたかはわからないけど、好意を無下にしたようで申し訳ない。

 そう思ったが、オウルはいやいやと笑った。


「それは大丈夫さ。あそこらの連中は気のいい奴ばかりだ。それは姫さんも十分わかってるだろ?」


 言われて露店商の人たちの姿を思い返す。あそこいつも活気にあふれていて、みんなが笑顔になれる場所だ。ウィスや兄達とお忍びで遊びに行った時も、あそこの人たちはいつも笑顔でよくしてくれる。

 自身の国の民を誇らしく思って、私も笑顔で頷いた。


「ええ、そうね」

「ああ、そうだ」


 ニッと口角を上げるオウルだが、私を見つめると徐々に口角を下げて、困ったように、なあ、と続けた。


「姫さん、泣きたいときは泣けばいいんだ。そうすりゃスッキリする。やるべきことも見えてくるってもんさ」

「もう、だから私は泣いてないって、昨日から言っているでしょう?」


 昨日からオウルは私が泣いていると言っている。全くそんなことはない。私は一粒だって涙を流していない。だって、涙を流す理由はないもの。そう、ないの。

 笑って否定すると、オウルも少し笑ってくれた。


「……ああ、そうだな」

「それより、」


 もうこの話は終わりとばかりに、私はオウルをじとりと見て話題を変えた。


「この髪は直してくれるんでしょう?」


 いつもなら髪を撫でられても手櫛でささっと直していたが、今は髪を結っているために一度解かなければ髪はぐしゃぐしゃのままだ。

 鏡を見なくとも乱れていることはわかっていたので、オウルに直してもらおうと思っていた。だけどオウルは歯切れ悪く首を振った。


「あー……いや、後はもう帰るだけだから、髪は元に戻すか。人通りの少ないところを通って宿舎に戻ろう。そこからまた俺の飛竜で城に帰ろうぜ」


 そう言って私の髪から髪紐をするりと取ると、自身のポケットに突っ込んだ。

 何だか距離を取られてようでその行為が寂しく感じられたが、私は黙って頷き、自分で髪を整えた。


「……ええ、そうね」


 寂しい、とはいえ、私もこれ以上城下を楽しむ気にもなれなかった。心の中では先ほどの千鳥とレイヴンが渦巻き、私に言いようのない陰りをもたらしている。

 ふっきるように、私は笑顔を作ってオウルに向き直る。


「今日はありがとう、オウル。服も髪も、城下も、とても楽しかった。私を、元気付かせてくれようとしたのよね?」

「……姫さんにはバレてたか」


 オウルは決まり悪そうに頬を掻く。

 デートなんて言っていたけど、そんなところだろうとは思っていた。

 オウルは昔から、私が落ち込んでいると察し良く気づいて、その明るさで元気づけてくれた。きっとバルコニーでの私の様子を見て、今日のことを計画してくれたのだ。


「本当に、ありがとう」

「……ああ」

「帰ったら、ウィスに一緒に怒られましょうね」

「それは勘弁したいね」


 ため息を吐くオウルの顔はげんなりとしていて、私はその顔が面白くて笑ったのだった。

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