第12話 お忍びデート

「美味しいっ!」


 かぶりついた肉串の感想を笑顔で言えば、露店の店主は嬉しそうに笑う。


「嬉しいねえ! いーい食いっぷりだ! おじさんもう一本サービスしちゃう!」

「良いの? ありがとう!」


 両手に肉串を持ってお礼を言えば、オウルがおかしそうに笑った。


「そうしてるとわんぱく少女って感じだな」

「余計な事言うと、オウルにはあげないわよ」

「俺が買ったんだが?」

「でもこれは私が貰ったものだもの」


 ねーっ、と、店主と声を揃えて言い合えば、オウルは我慢が出来ないというように噴き出した。


「そんなに楽しんでくれりゃ、連れてきたかいがあるってもんだ」


 くっくっと笑われて、なんだか毒気が抜ける。

 笑われていることに面白くない気持ちになりながらも、何故か気恥ずかしく、それでいてオウルの優しさも感じ、座りの悪い気持ちで肉串に噛り付いた。ああ、美味しい。


 宿舎から出た私達は城下中央通りの露店へとやってきていた。

 食べ物や小物、洋服などなど、ここには様々な露店が並んでいて、活気もある。

 来て早々、お昼がまだだった私は肉串の香ばしい匂いに誘われて、オウルにごちそうしてもらっていた。


「それにしても、本当に美味しい。肉は程よく柔らかいし、表面に塗ってある甘辛いたれも絶品で……!」

「そりゃよかった」


 一口二口と、次々に私の口に消えていくお肉を見てオウルは笑う。

 こうして平和にお肉を食べられているのは、オウルが私に施してくれた変装のおかげだ。服と靴と、そして綺麗に結われたポニーテール。器用じゃないから、なんて言いつつ、オウルは上手に髪を結ってくれた。

 肉に噛り付くたびに、背中まであるポニーテールが揺れる。千鳥もポニーテールだけど、千鳥は肩ぐらいの長さだったな。なんて不意に思った。


 そうして食べ進めていると、あっという間にオウルに買ってもらった一本は無くなってしまった。だが、私の手には店主からサービスしてもらったもう一本がまだ無事に残っていた。

 ちらりと店主の方を見れば、彼はほかのお客さんの接客をしている。

 私はこそりと内緒話をするように背伸びをしてオウルに顔を寄せる。オウルは私の意図を察したようで、背をかがめて耳を寄せてくれた。


「あのね、ちょっとお腹いっぱいになってしまったの。おじさんに悪いから、こっそり半分こしてくれない……?」


 半分本当、半分嘘だ。

 あと一本くらいならまだギリギリ食べられる。でも一本で結構なボリュームなので、お腹がいっぱいになってしまうのは確かだ。せっかく露店通りに来たので、まだまだ他の食べ物も食べ歩きがしたい。だけどこれを一人で食べきってしまうと、ほかの物は食べられなくなってしまう。

 それに、さっきあげないと言ってしまった手前言いにくいが、美味しいものは他者と分け合って食べる方がもっと美味しくなると私は思う。

 だからこう言えば、素直にあげるって言いにくくても食べてもらえるという寸法だ。


 とても美味しかったから、オウルにも食べてもらいたい。

 そう思いながらこしょこしょと耳打ちすれば、オウルはぶはっと噴き出した。


「くっ、ふははっ、ひーひっひっ!」

「ちょっ、なんで⁉」


 突然笑い出したオウルの気持ちがわからず慌ててしまう。

 あまりに笑うものだから、私達の横を通った人がちらりとこちらを見た。恥ずかしくて頬が染まるのがわかる。


「ちょっとオウル! もうやめて! 周りの人が見てるからっ」

「くっくっ、いや、すまん。あんまりにもひめ、ああ、いや、貴方が可愛いもんで……」

「ええ? あの会話のどこが……別に私小食アピールはしてないわよ」

「しょ、小食アピール……! ひめさっ、これ以上、笑わせないでくれっ」

「もうっ! やめてってば!」


 一体なんのツボにはまったのか、オウルはまた堪らないと笑いだしてしまった。店主や店主が接客していたお客さんもこちらを見ている。

 止めさせたくて、オウルの服を掴んで揺するように抗議した。


「オウル! ちょっと注目されてるから、これ以上は本当にやめて!」

「ん、ああ、くくっ……すまん。さっさと食べてここから離れるか」


 まだ少し笑ってはいるものの、オウルはやっと落ち着いてくれる。私はほっとして肉串を差し出した。けどオウルは受け取らず、ぽかっと口を開く。


「ほい」

「え?」

「あー」

「ああ、はい……」


 最初何かと思ったが、食べさせてほしいと言っているのだと気付く。別に拒否する理由もないので、私は彼の口に肉串を近づけた。その時だった。


「千鳥っ」


 決して大きくはないはずなのに、だけどよく通る、主張の強い声。

 私はほぼ条件反射で、はじかれるように声の主を探した。


「あ……」


 探し人はすぐに見つかった。

 黒い髪の毛と、黒いシャツに黒のスラックス。いつも着ているベストとコートは来ておらず、ラフな格好が人込みに溶け込んでいる。

 それでも私にはすぐに見つけられた。声の主――レイヴンと、千鳥の姿が。

 千鳥も軍服ではないラフな格好で、レイヴンと何やら親し気に喋っている。

 その姿を見て私は思い出す。そういえば、こんなシーンが漫画にあったな、と。


 王女誘拐騒動があった次の日、千鳥はカイトに言われて城下で情報収集をする。

 何か誘拐騒動の犯人につながる手掛かりはないかとのことだったが、一向に情報は掴めない。途方に暮れていると、たまたまレイヴンに会う。千鳥はレイヴンを逮捕しようとするが、簡単に躱され、逆にからかわれてしまうのだ。

 そして千鳥は、デートしてくれたら情報を渡すとレイヴンに言われて、流されるままデートをする。最初はいやいやだったが、次第に打ち解け楽しくなる。そして最後に約束通り情報ももらえる、という話だ。


 レイヴンは有名だけど一般には広く顔は知られていないし、千鳥は職務上、王女誘拐騒動という民衆に混乱をきたす大事件を隠しながら捜査しているため、軍服を着ていない。

 そんな二人が並んでいると、どこからどう見ても仲が良さげな、お似合いなカップルだった。


「どうかしたか?」


 オウルに肩を叩かれて、はっとしてそちらを見る。不思議そうにしていたオウルだったが、私の顔を見た途端、肉串を私の手から取り上げると近くの子供に押し付けた。


「食ってくれ!」


 そしてぽかんとする子供を後目に、私の肩を抱くようにして人込みを後にしたのだった。

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