第10話 思いがけず聖地巡礼

「駄目に決まっているでしょうっ!」


 翌日、いつもの軍服ではなくラフな格好で、昨日の言葉通りに私をデートに誘いに来たオウルはウィスから特大の雷を落とされていた。


「昨日姫様は御身を狙われたばかりなのですよ⁉ それなのに城の外に連れ出そうなんて、貴方というお人が何を言っているんですか!」

「あーあー、わかってるわかってる」

「わかっていないから言っているんです!」


 飄々と返事をするオウルにウィスはかんかんで、綺麗な顔を般若のようにしてオウルに迫っている。


「ま、まあまあ、ウィス。それぐらいで……」


 私はウィスの後ろから彼を窘めるが、それが癪に障ったのか、くるりと振り返り今度は私に詰め寄った。


「姫様も姫様です!」

「ひぇ」

「なんで、なんで寄りにもよってこの男なんですかあ!」


 外に行きたいなら私に行って下さればいいのに!

 般若の顔から一変、そう言って膝をつきおいおいと泣き出すウィスに、私は困惑しながらその背中をさする。


「あ、安心して、ウィス。別に私からオウルにお願いしたわけではないのよ。どっちかと言えばオウルが勝手に言っていることなの」

「おいおい姫さん、そりゃないぜ」


 そりゃない、とは言いつつ全然悲しんでいないオウルは置いておいて、私はウィスを慰め続ける。ウィスは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると私を見つめた。


「……本当ですか?」

「ええ!」


 こっくりと自身満々に頷けば、ウィスは私の言葉を小さな声で反芻し、小さく頷いた。


「わかりました……」


 そしてゆらりと立ち上がり、懐から彼が愛用している銀色の銃を取り出すと、あろうことかオウルへと向ける。


「あの男を、排除すればいいのですね」

「なっ! だめだめ! だめよウィス!」


 突然の凶行に私は慌てて止めようとする。だが、涙で濡れたその瞳はオウルを捕えて離さない。オウルも焦ったようにじりじりと数歩後退した。


「ウィスティリア、その物騒なもんしまえ! な?」

「姫様に害なすものは、全て私が排除します」


 ウィスはまるで話を聞かず、銃の安全装置をかちゃりと外した。

 これはいよいよ乱心だ。

 私が慌ててオウルと銃の間に飛び出すと、ウィスの体がびくりと揺れて動きが止まった。それを見逃すファルコンではない。


「行くぞ、姫さん!」

「え、きゃあ!」


 オウルは素早く私を担ぎ上げると、そのままバルコニーへと飛び出した。外にはオウルの飛竜が待ち構えており、オウルはひらりと乗るとそのまま飛び立つ。


「姫様!」


 ウィスがバルコニーに出てきた時には、もう私とオウルは空であった。


「姫さんは暗くなる前に返すから、適当に周りを誤魔化しておいてくれよ!」

「待ちなさい! この人攫い!」


 ウィスの怒りの叫びにオウルは苦笑いをする。


「ひでえ言いようだ」

「そう言われてもしょうがないわよ……」


 ため息交じりに言えば、オウルは豪快に笑った。

 



 城から飛び立った後、オウルはファルコンの宿舎へと私を連れてきた。

 今は誰もいないという宿舎は確かにがらんとしていて、人の気配は感じない。それもそのはず、昨日の私の誘拐騒ぎの犯人を捕まえるために、父から命を受けたファルコンは忙しく空を飛び回っているはずである。


 歩きながら、私は人のいない宿舎を見回す。

 ファルコンと付き合いは長いが、彼らの宿舎に来たのは初めてだった。王女が来るところではないのでそれはそうなのだが、実は、密かにずっと来たいとは思っていた。

 だって、


「……あ、食堂……」


 漫画で千鳥とカイトが深夜の食堂で話をするシーンがある。眠れない千鳥に、カイトがホットミルクを作ってくれるのだ。カイトの優しさが垣間見える良いシーンだった。


「あ、この階段……」


 宿舎の一階は食堂などの共用スペースで、二階がそれぞれの個室となっている。

 そしてその一階と二階を繋ぐ階段は、千鳥とカイトが初めて喧嘩をする場所なのだ。千鳥は二階から、カイトは踊り場から言い合い、最後は千鳥が怒って部屋に帰ってしまう。

 喧嘩とはいえコミカルで、初めてカイトに歯向かった千鳥にぽかんとするカイトが可愛らしかったのを覚えている。


「……最高、」


 思わずほうっと息を吐く。


 そう、私にとってファルコンの宿舎は、聖地巡礼の場所と言っても良いのである!

 ああ、歩いているだけで楽しい! あの時の千鳥と同じポーズで写真撮りたいよお! 漫画の世界に来たみたい!

 あ、いや、ここ漫画の世界か。


 あそこで千鳥が、あそこでカイトが、とついきょろきょろしてしまっていると、前を歩いていたオウルが怪訝そうに振り向いた。


「姫さん、さっきから何してんだ?」

「えっ⁉ べ、別に何もっ⁉」


 慌てて首を振って否定する。オウルは納得していなさそうだったが、それ以上追及はせずに再び前を向いた。

 ほっとしながら後に続くと、オウルは一つの部屋の前ですぐに立ち止まった。


「ここが俺の部屋だ」


 扉を開けて部屋に入ると、オウルはベッドに置いてあった衣服を私に差し出した。


「俺は部屋の前にいるから、これに着替えてくれ」


 そう言って渡されたのは簡素なワンピースだった。確かに、外に出るには私が今着ているドレスは目立つ。

 オウルは部屋から出るとすぐに扉を閉め、私はぐるりと部屋を見回す。

 オウルとは付き合いが長いが部屋に入るのは初めてで、新鮮だ。

 ベッドに、机に、クローゼット。

 凄くシンプルな部屋で、思いのほか整えられていた。オウルのことだから、てっきり散らかっているかと思ったが。


 ふうんと見ていると、机の上に目が止まった。この部屋には珍しいカラフルな色に吸い寄せられるように近づくと、そこには栞が一つ置いてあった。

 押し花で作った栞のようで、花がちぎれないように、薄い紙が表面に貼ってあって保護されている。どこにでも咲いているピンクの野花だが、こんな可愛らしいものをオウルが持っているとは意外だ。

 何のけなしに手に取った瞬間、記憶が鮮明に思い出された。


『オウル、これあげる』

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