第7.5話 リード・ブレイズは面倒が嫌い2

「忘れられてるの、割とショックでした?」


 さくさくと土と葉を踏みながら、レイヴンに問いかける。

 レイヴンは見上げていた視線を前へと戻し、まあ、と小さく肯定した。


「そりゃ、な。俺は一日だって忘れた日はなかったし、アナにもそれぐらい想われてたら――なんて思ってたから」

「がっかりしました?」

「ん……いや、しょうがねえかなって。俺はアナの名前も王女だってことも知ってたけど、アナは俺のこと顔ぐらいしか知らないし、十年も経ってるから、俺だってわかんなくても……」


 そこまで言って、レイヴンはピタリと歩みを止める。斜め後ろにいた俺もつられて止まれば、レイヴンは勢いよくこちらを振り返った。


「それだ!」

「はあ?」

「俺だってわかんなかったんだよ! 忘れたんじゃなくて!」

「あー……昔会ったレイヴンと今のレイヴンが結びついてないと?」

「そうだよ! だって十年経ってるし、俺だって昔よりは断然かっこよくなったし? そりゃわかんなくってもしょうがないよなあ。うんうん」


 自分に都合の良い解釈をして上機嫌に歩き出すレイヴン。

 これで本当に忘れられてたらどうするんだか。全くこの人は、とレイヴンの後に続いて、そういえば、と背中に声をかけた。


「王女の話、なんだかおかしくありませんでした?」

「おかしい?」

「王女が話していた、攫われた時の話ですよ。攫われる前、空賊――恐らくサティバですが、奴が乗り込んできた時に気を失ったと」

「そういえば、眠かったって言ってたな。でもアナも、体調のせいか、ワインのせいかも知れないって言ってたはずだ」

「確かにその可能性もありますが、俺達と話していた王女は怯えてはいたものの体調は問題なさそうでしたし、眠ってしまうほど酒を飲んだ後には見えなかった」

「確かに……」

「それに、あまりに都合がよすぎると思いませんか。丁度眠った時に賊に攫われるなんて、まるで怪我をさせずに、秘密の場所へと攫いだすにはうってつけだ」

「じゃあ今回のことはサティバだけじゃなく、別の、飛行船にいた誰かも絡んでるってことか?」


 レイヴンは立ち止まり、こちらを振り返る。その顔は険しく、王女の背後に迫る危険を危惧しているようだった。俺も立ち止まって頷く。


「飛行船にいた誰かに睡眠薬のようなものでも盛られたか……その可能性もあるかも知れません」

「確か、ベイン・ウォルフスの飛行船って言ってたな……」

「少し、調べてみる必要があるかも知れませんね」


 さて、どこから情報を探ろうか。

 思案しながら歩みを再開し、レイヴンの前を通り過ぎる。だが後ろに続くはずの足音は聞こえず、訝し気に振り返ると、丸くなった金色の瞳とぶつかった。


「…………」

「レイヴン?」


 ぽかんと立ち止まる男の名前を呼び、言外にどうしたのかと問う。彼は、ああ、いや、と小さく笑った。


「リード、金にならねぇ話なのになんでそんな積極的なんだ? 普段のお前なら、面倒くさい、俺は降りますって言ってるとこだ」

「俺がそう言っても、貴方は聞く耳なんて持たずに勝手に仕事を振るでしょう」

「まあな」


 悪びれもせずに笑うレイヴンに、はあとため息を吐く。

 そう、俺は面倒が嫌いだ。金にならない仕事はもっと嫌いだ。レイヴンの言う通り、今回の事件を調べたところでどこかから金が入ることもなければ、なにやら面倒臭そうなことになりそうな匂いがぷんぷんする。普段なら、一切関わりたくないところだ。


「それに、王女の危機だ。それを助けたら少なからず俺達にも益はあるはずです」

「まあ、そうかもな」


 レイヴンは肩を竦めて頷いた。

 頷いてはいるが、そうなる可能性が低いことは、勿論わかっていることだろう。


 今回のことを調べて何かしらわかったところで、俺達にできるのはその情報を王女、あるいはファルコンの誰かにどうにかしてこっそり渡すことぐらいだ。

 公にはどうすることもできない犯罪者である俺達は、事件解決に寄与したところで今までの犯罪行為が消えることもなければ、謝礼をもらえることもないだろう。


「まあ、どんな理由であれリードが手伝ってくれればこの事件、解決したも同然だ。ひとまず、帰ってさっさと計画立てようぜ」


 レイヴンは俺の肩をぽんと叩いて追い越していく。口調は軽いが、心なしか哀愁漂う背中に、ああ、もう、と頭を掻いた。

 さっきの俺の言葉が本心じゃないことぐらい、わかってるはずだ。つまりは、ああ、言葉にしなきゃ伝わらないってか。お前に一番言われたくない言葉だよ。


「くそっ」


 悪態を一つ、大股で奴の背中に近づき、どんっ、とその背中を蹴飛ばした。


「いってっ!」


 よろめき、おいっ、と怒りを乗せてこちらを振り返るレイヴンに、睨みをきかせて吐き捨てた。


「友人の好きな女は、助けるに決まってるだろ」

「――リード!」


 途端に顔をほころばせ、大型犬のように飛びついてくるレイヴン。引き離そうとするが、中々離れない。

 くそ、やっぱり言うんじゃなかった!


「おい、やめろっ! 抱き着くな!」

「ありがとなっ! お前が友達で俺は嬉しいよ!」

「離れろ、おいっ!」


 ああ、もう! やっぱりめんどうだ!

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