第81話


「フィリナ、睡眠の妨げになったでしょ? 寝て来たらどう?」


「そうするわ。お兄ちゃんは?」


「……俺はまだ眠くないから、また散歩に行って来る」


「分かった」



 フィリナは、テントへと戻って行く。


 勢いで呼び名戻ってたわ……




「————あ、あのっ!」


「ん?」


「護衛をっ、私たちの護衛をしてくれませんかっ?」



 ミューネ(仮)が、頼み込んでくる。



「どうしようかな……」


「お金なら……いえ、報酬は……わ、私でどうでしょうかっ!!」


「要らん」


「……」



 ミューネ(仮)が、衝撃を受けたような顔になる。



「何だと貴様! ユフィアーネ様を侮辱するか!」


「侮辱はしてねぇだろ……大体、それだよそれ。偽名を使ってるんだろ? 事情も話さないヤツの護衛なんか誰がするんだよ」


「そ、それは……」


「そうですね……私は、ユフィアーネ・ベルツルーラン。帝国貴族ベルツルーラン伯爵の娘です」


「ふぅん……」


「なんだその反応は! 伯爵令嬢のユフィアーネ様だぞ!?」


「……」



 いや、だってさぁ?

 フィリナは王女だし?


 今更、伯爵令嬢とか言われても、だからどうした?って感じなんだよねぇ……



「で、その伯爵令嬢様がなんで帝国近衛騎士に追われてんの?」


「……」


「……帝国第三皇子のレニムルが、ユフィアーネ様を見初めたんだ」


「いいことなんじゃね?」


「レニムルは変態的な趣味を持っていてな……レニムルと一夜を共にさせられた女性は皆、壊れてしまうんだ……」


「なるほどね。でも、皇族とはいえ、伯爵令嬢にそんなことをするのは許されないんじゃないのか?」


「帝国は実力主義だ。皇族であるうえ、戦闘に才能があるレニムルのすることは基本的に全てが容認される」



 イレイア(仮)は、悔しそうに語る。



「それで、お前は誰なんだ?」


「私はユフィアーネ様の元侍女兼護衛だ」


「その元侍女兼護衛のお前は、何故ユフィアーネ様と一緒に居るんだ?」


「ユフィアーネ様が帝国を出ると決めた時に伯爵様に頼まれたからだ」


「ふーん、伯爵様は帝国貴族なのに、娘が帝国から逃げるのを許したんだ?」


「伯爵様は、ユフィアーネ様のことが最優先だとおっしゃっていた」



 伯爵は娘を溺愛している、と……



「そうだな……お前達が俺たちに付いて来るなら、その間は守ってやる。対価には、かねを貰う。ただし、行き先の変更は認めん」


「……帝国以外ならば、どこでも」


「今のところ、帝国に行く予定はない」


「ッ……ありがとうございます!!」



 ユフィアーネは、その美しい顔をパッと輝かせて、礼を言ってきた。


 まぁ、フィリナが最優先なのは当然だが、たった二人を護衛するくらいなら、何の問題もない。



「ザックラーを倒したお前の護衛は有難いが、一体、何者なんだ?」



 イレイア(仮)は、俺に質問をしてきたが、



「気が向いたら教えてやるよ」



 と、俺は返答するのだった。




   ♢



「で、護衛を引き受けたのね」


「はい。勝手に引き受けて、すみませんでした」


「別にいいけど……」



 翌朝。


 俺はフィリナに事後報告をしていた。



「帝国、ねぇ……」


「序列二位でも雑魚だったから大丈夫だよ」


「ゼオンくんから見たらそうでしょうね」


「あはは」


「そういえば、Sランク冒険者だって教えなかったの? これから行動を共にするのなら、ずっと兄妹で通すのはキツいんだけど……」


「それもそうだな……」



 それは考えてなかったわ……まぁ、なるようになるだろ。


 その後、北の街に向かって進み始めた馬車。



「えっ!? フィアーナさんも彼に勝てたのですか!?」


「ああ。別に俺が手を出さなくても、妹はアイツに勝ってたぞ」


「本当に何者なんだ。お前達兄妹は……」


「さ、さぁね?」



 イレイア(仮)改め、クレリアの指摘を、適当に流す俺。


 そんな感じで、順調に進む馬車。

 偶に街道に現れるハグレの魔物を狩ったり、小規模の賊の襲撃を防いだりして数日後、俺たちは目的地の街に到着した。



「冒険者の皆さん、また機会があれば会いましょう」


「ええ、そうですね」


「では、これで」



 街の外で依頼主の商人と別れた俺たちは、街の中に入った。



「それじゃあ、宿を確保するぞ」


「ええ」「分かりましたっ!」



 そして、隣合う二部屋を確保した時には、夕食の時間となっていた。


 夕食を済ませ、二人ずつ部屋に別れた俺たち。



「ねぇ、ゼオンくん」


「うん?」


「最近、ご無沙汰じゃない? だから……しよ?」



 ベッドでフィリナに迫られた俺。

 それを拒む理由は無かった……


 だけど、防音の魔道具が欲しい……これ絶対、周りに筒抜けだって……




   ♢



「おはようございます」


「ああ、おはよう」


「ところで昨日のは……」


「ん?」


「いえ、何でもありません……」



 ユフィアーネが何か聞いてこようとして、やめた。

 やっぱり聞こえてたよな。知ってた。



「クレリアは?」


「まだ寝てます。昔から、睡眠が深いんですよ」


「そうなんだ」



 一時間後、漸く起きたクレリアも連れて、朝食を摂りに、四人で食堂に来た俺たち。



「なぁ、聞いたか?」



 ふと、他の宿泊客の会話が耳に入る。



「なんだ?」


「帝国の第三皇子がこの街にやってきたらしいぜ」


「皇子がこんな街まで、何しに来たのかねぇ……?」


「それは分からないが……第三皇子に良い噂は聞かねぇな」



 ガタンッ!



 と、突然ユフィアーネが椅子から立ち上がる。



「どうした?」


「あ、あ……」


「————探したぞ? ユフィアーネ」



 ユフィアーネの視線の先。


 銀髪黒目の20歳くらいの男が、軍服らしき物に身を包んだ者達を伴って、食堂の入り口に立っていた。






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