第80話 帝国の影


 夜。


 野営の準備を終えた商隊一行は、交代の見張りを立てて、睡眠を済ませようとしていた。


 見張りは傭兵の人達がやってくれるらしく、俺たち冒険者はゆっくり寝ていていいとのこと。



 (眠れねー)



 だが、馬車の中を殆ど寝て過ごした俺には、睡眠欲が湧いて来なかった。



 (《時空間魔法》を使えば、眠れんこともないが、そこまでするのもアホらしいしな……)



 冒険者組はそれぞれ二人組で、持参したテント内で眠っている。



 隣では、フィリナが静かに寝息を立てている。



 (散歩するか)



 俺はテントを出て、街道を外れ、森の中へと入って行く。



「おっ、魔物発見」



 森に入ると直ぐに、俺の探知に魔物が引っかかった。



 (転移)



『ゴ? ゴァァァア!!』


「ワイルドボアか」



 俺に気付いたDランクの魔物————ワイルドボアは咆哮して、その鋭い爪を突き立てようと腕を振るってきた。



『ゴァ?』


「悪いな。ちょっと暇潰しに付き合ってくれ」



 俺はそれを手の平で受け止め、投げると、ワイルドボアは何本か木を折り、吹き飛んで行く。



『ゴォ……!』


「どうした? 来いよ」


『ゴァァァアッ!!』



 俺の煽りに、馬鹿にされたと感じたのか、ワイルドボアが此方に突進して来る。


 俺はワイルドボアの腹下に、滑り込むように移動すると、そのまま蹴り上げた。


 ワイルドボアは、空を飛んだ!



 ドスゥゥゥウン!!



「ゴ、ゴァ……!」



 地面に落ちてきたワイルドボアは、ヨロヨロと立ち上がると、俺から逃げ始めた。



「逃げんなよ」



 ザシュッ!!



 ワイルドボアの胴体は、綺麗に真っ二つとなり、血が辺りにゆっくりと広がる。



 (亜空間を生み出せる俺が空間を斬る……破壊できない道理はないってね)



 今回、俺は剣を使ったわけでも、風魔法を使用したわけでもない。

 《時空間魔法》でワイルドボアの胴体が存在する空間を破壊したんだ。


 そのため、俺はこの世界に存在するモノは全て破壊できる……はず。



 (……誰だ?)



 ここで俺は、誰かが野営地に忍び込んでいるのを探知した。



 (狙いはフィリナか? ……いや、女冒険者二人のどちらかのようだな)



 侵入者は、少しも迷う素振りを見せずに、女冒険者のテントに向かっている。



 (フィリナも気付いたようだな)



 人一倍、襲撃に敏感なフィリナは起き上がり、侵入者の元に向かっている。



 (実力は、Aランク冒険者になれるか、なれないかって所か……いずれにせよ、フィリナの敵ではないな)



 俺は冷静に侵入者の実力判断をして、緊急事態ではないと結論づけたため、森の手前まで転移をして、そこからは呑気に歩いて野営地まで向かった。




   ♢



「あのテントだな……」


「どうしたの?」


「ッ……!?」



 月明かりの下。


 二つの影が浮かび上がる。



「あら? コソコソしているだけあって、後ろめたいことがあるっていう反応ね」


「……何者だ?」



 野営地への侵入者は、フィリナに問う。



「護衛よ」



 フィリナは、簡潔に答える。



「成程な……貴様は、伯爵令嬢に雇われた者か」


「いえ? 私は、この商隊の護衛よ?」


「貴様! 騙したのか!?」


「私は護衛としか言ってないじゃない。貴方が勝手に勘違いしたんでしょ?」


「……」



 黙り込む侵入者。



 キンッ!



「光魔法!?」



 侵入者の男が不意打ちに放った風魔法の一撃は、フィリナの光魔法の結界に防がれた。



「————覚悟しなさい」


「ッ!?」



 キンッ! ガギ、キィンッ!!



 侵入者と斬り合うフィリナ。


 フィリナの一撃一撃は重く、侵入者は次第に苦しい状況に陥っていく。



 (クソッ! この俺が! こんな小娘に!!)



 侵入者は焦っていた。



「あ、貴方は!」


「……」



 だが、二人の斬り合いは、フィリナの後ろから聞こえてきた声によって、中断された。



「————ユフィアーネ嬢、この女に言ってやって下さいよ。俺は貴女を迎えに来ただけなのに、この女は攻撃してきたんですよ!」



 男は、必死だった。


 フィリナには勝てないことを悟っていたからだ。



「……こんな所まで、追って来たのですね」


「ええ! ですから、此方に来て下さいよぉ————殿下が、近くで待っておられます」


「……フィアーナさん、私の事情に巻き込んでごめんなさい。彼には勝てませんので、どうか矛をお収め下さい」



 ミューネ(仮)は、フィリナに告げる。


 と、そこで、



「ユフィアーネ様に手出しはさせない!!」


「なんだぁ……?」



 イレイア(仮)が、男に斬り掛かった。


 だが、その一撃を、男は剣で軽々と受け止めた。



「こ、のッ!! クッ!」



 イレイア(仮)は、弾き飛ばされる。



「ザックラー!! まさか、貴様が来るとはッ!!」


「ハッ! 俺が来ちゃ、オカシイかよ?」


「クレリア、やめて!」


「やめません! ユフィアーネ様、お逃げ下さい!」


「させるかよ!」



 状況は、混乱していた。



「————なあ、これ、どういう状況?」


「「「……!?」」」



 そこに加わったのは、ゼオンだ。




   ♢



「貴様、どこから現れた?」


「普通に?」



 俺はありのままに答える。



「ザックラー、私は大人しく付いて行きますので……他の人には手を出さないで下さい」


「そ、そうですか! 分かりました。付いて来て下さい!」


「ダメです、ユフィアーネ様!!」



 男は、どこか焦ったように促す。



「いや、待てよ。お前」


「な、何だよ?」


「何勝手に帰ろうとしてんだ?」


「ゼノスさん! 彼を刺激しないで! 彼はザックラー! 帝国の序列十位なのよ!」


「へぇ? 帝国ねぇ……?」



 漸く、男の正体が明らかになる。



「そ、そうだ。……今なら見逃してやるから、う、失せろ」


「は? お前、何偉そうに言ってんだ?」


「え……?」


「————フィリナに攻撃したヤツを生きて帰すわけねぇだろ」



 ヒュッ



「ぁ……」



 風を切るような音が鳴ったのと同時に、ザックラーの側には、剣を振り切ったゼオンの姿があった。


 ボトリ、と地面にモノが落ちる。


 ザックラーの首は、胴体に別れを告げた……



「は、え……?」


「な、ん、だと?」



 女冒険者達はその光景に、呆然とした声を漏らした。






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