第76話


 数日後。



「フィリナ、元気でいるのよ?」


「大丈夫よ。お母様こそ、元気でね」



 俺とフィリナは、王都を出る前にスゥージー王妃に別れの挨拶をしに来ていた。



「ゼオユーラン様、娘をよろしくお願いします」


「勿論です」



 カナリーゼをラキートに転移で送ったあと、王城を出た俺とフィリナは、そのまま王都の城壁まで歩いて行った。

 東門が見えてくると、貴族専用の門に向かう。



「止まれ。ここは貴族様が利用される門だ」


「……」


 (あ、そういうことね)



 馬車も持たずに従者を一人しか連れていない貴族なんか、普通は居ないか。

 俺は、今の俺たちの状況を客観的に評価した。



「これで、よろしいですか?」


「? なん……は、はっ! し、失礼しました! どうぞお通り下さい!!」



 フィリナが何やら紋章を見せると、衛兵は慌てて俺たちに道を譲った。



「さっき、何を見せたの?」


「王族だけが持つことができる紋章よ」


「へ〜、そんなのがあるんだ」



 平原を走りながら、話す俺たち。


 普通の人が今の俺たちの姿を見ると、ギリギリ視認できるかできないか、というくらいの速さで走っている俺たち。

 フィリナも、レベルが高いからな。


 道中、何度か盗賊の気配を感じたが、襲っては来なかった。そもそも、俺たちに追い付くのは難しいと思うし、奴らは超速で走る俺たちの方を見て、ヤベー奴だと思ったことだろう……


 ……え? なんで転移を使わないかって?


 それは、流石に旅の雰囲気を壊しすぎだろ?


 でも、ただ走り続けるのも飽きてきたわけで……



「空を飛びたい!!」


「急にどうしたの?」


「走るだけだと飽きてこない?」


「私はずっとゼオンくんと話せるから、楽しいわよ?」


「それでも、移動の時間を短縮するに越したことはないでしょ?」


「まぁ、そうね」


「というわけで、空を飛んでみます!」


「そんなことも出来るの?」


「やってみないと分からないけどね」



 俺が足を止めると、続けてフィリナも立ち止まる。



「行くぜ!!」



 俺は風魔法を駆使して飛ぼうとする。



 フワッ


「うおっ!?」



 結果、空高く飛び上がったのはいいが、滞空するだけの魔力制御力がない。

 魔力制御には自信があったのにぃぃいぃぃい!!


 俺は、空中から勢いよく落下した……



「何してるの、ゼオンくん……」


「いけると、思ったんだ……」



 光魔法で服に付着した土を取り除きながら答える俺。



「うん。……普通に走ろう」


「それがいいわ」



 俺たちは再び、目的地に向かって走り始めるのだった。




   ♢



「ここか?」


「そうね。ここが旧シクール侯爵領の極東の街よ」



 日が暮れる頃、今日の目的地である街に到着した。



「で、今回は貴族門を使わないんだっけ?」


「ええ。自分が来たことを態々知られたいとは思わないでしょ?」


「まぁね」



 王女が来たとなれば、それなりに騒ぎになってしまいそうだしな。



「でも、身分証はどうするんだ?」


「大丈夫よ。王族は皆、偽装身分を最低一つは持っているわ」


「なるほどね」



 そりゃあ、それくらいは権力で何とかできるか。



「ゼオンくんの方こそ、その偽装したギルドカード、初めて使うでしょ?」


「まぁね」



 俺の手元には、Dランク仕様となった、茶色のギルドカードがある。


 EやFランクだと酷い絡まれ方をしそうだし、俺の年齢的にはこれくらいが妥当だろうと思ったんだ。



「————次の人」


「はい」


「……おー、坊主、若いのにDランクの冒険者なのか! 凄いじゃねーか!」


「ありがとうございます」


「そっちの嬢ちゃんは冒険者ではないみたいだが、坊主の妹か?」


「まぁ、そんなとこです」


「はっはっは! 強くなって、妹を守ってやるんだぞ!」


「元より、そのつもりですよ」



 気のいい門番のおじさんと雑談をしてから、門を通る。


 因みに、フィリナの容姿は目立ちすぎるため、フードを深く被って、顔を隠してもらっている。



「まずは宿を確保しましょう」


「ああ」


「なるべく綺麗な所ね」


「そうだな」



 俺たちは、街中を歩く。

 王都に比べると圧倒的に規模が小さいが、賑わっていると言える。



「ここが良さそうね。そこそこ高級感があって、部屋も広そうだわ」



 とのフィリナの言で、決まった宿。

 俺たちは、その食堂で夕食を済ませた。


 そして、当然ながら同じ部屋をとった俺とフィリナであった……




   ♢



「今日は国境を越えるけど、隣国ゴクスメラットの検問は厳しいモノと聞いたことはないから、特に問題なく入国できると思うわ」



 再び、マラソンを始めた俺たち。

 景色が著しく変化し続け、やがて山岳地帯に突入した。



「……道を塞いでるヤツらが居るな。数は二。多分、盗賊だが、隠れる気も無いようだ」


「国境付近は領主の運営する騎士団とかの監視も緩くなるから、賊も増えるわ……それに、シクール侯爵家が取り潰されたことも関係しているでしょうね」


「どうしようかな……」


「今回は私が戦うわ」


「分かったよ。危なかったら、助けに入るけどね」


「ええ」



 とは言うものの、盗賊でフィリナと互角以上に戦える者など居ないと思うし、魔力の感じからして、弱そうだから全く心配はしていないが。


 その気配の近くまで来たところで、俺たちは走るのをやめ、徒歩で国境に向かい始めた。




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