第66話 虐殺


『へぇ、そうなんですね……そんなモノがあるならば、寧ろ私が教えてほしいくらいですよ』


『……死刑台に上ってから、自らの行動を顧みるが良い』



 フィリナリア姫と侯爵が軽口を叩く。



『死ぬのは、貴方よ』


『……この軍勢が見えないのか?』


『勿論、見えてますよ。ただ、ゼオユーラン様の敵ではないというだけの話ですよ』


『Aランク冒険者……来ていたのか。だが、この人数差は覆せない! 私もまた、Aランク冒険者を雇いましたしね!!』


『はぁ……仕方ありませんね。やるしかありませんか……』


『此方のセリフですよ! 総員、戦闘準備ッ!!』



 敵勢、およそ三万が一斉に武器を構える。



『俺たちはその場で待機! ゼオユーラン殿の邪魔をするな!!』



 クラードル伯爵の率いる二千人は、納得がいかない顔をしながらも、命令に従う。



『進めッ! クラードル伯爵軍を殲滅せよ!!』


「「「「「おおおおおッ!!!」」」」」



 平原に地響きが鳴る。

 前方、視界全てを覆い尽くす、武装した人々が押し寄せてくる。


 俺はそちらに向かって、悠然と歩を進める。



「魔法部隊!! 目標、Aランク冒険者ゼオユーラン!! 放てッ!!」



 ローブと杖を持った、典型的な魔法使いの恰好の者たちが、後方から魔法を放ってくる。それらは、綺麗な放物線を描き、俺の目の前に迫る————



『これを防ぎ切るとは……いや、待て。光魔法、だと?』



 多種多様な魔法は全て、俺の光魔法の結界で防がれていた。



 (お返しだ)



 俺は、極致級へと至った光魔法を初めて広範囲へと使用する。



『な、なん、だと……?』



 拡声の魔道具を起動したまま、茫然とした声を漏らすガドルカットス侯爵。


 矢の形を取った、光魔法の魔力の塊が無数に俺の頭上、横一列に並ぶと、三万の軍勢は一斉に歩みを止める。



「色んな事情があるだろうが……攻めて来た以上、死ぬ覚悟は出来ているんだろ?」



 俺は、自分に言い聞かせるように話して迷いを断ち切ると、魔力を解放する。


 光の矢は、一瞬輝いたかと思うと、敵軍に降り注いだ。



 シュ……ッ! ズドドドドドドッッ!!!!



 ガドルカットス侯爵軍の元に、膨大な魔力が吹き荒れ、蹂躙する。



 ギャッ! ガッ! へ? グ…… ゲッ!!



 断末魔の叫びを上げる間も無く、光の矢と触れ合った兵士達は、一瞬の悲鳴と共に蒸発していく。鎧や盾、土魔法による壁……防御に関する全ての物は、その役目を果たすことはなかった。


 兵士が居た場所の下には底が見えないほどの深さの大穴が出来ていた。



「「「「「ひっ……ひぃぃぃッ!!!」」」」」



 生き残ったのは、後方付近に居た約二千の兵士。



「ゼオンくん」


「ええ、行きましょうか」



 俺とフィリナリア姫は、侯爵の魔力に向けて、転移した。




   ♢



 敵将ガドルカットス侯爵が側近の者と共に居る場所。

 そこに突如として現れた俺たち。



「久しぶりだな、ガドルカットス侯爵。それと、グレイン」


「は、はひっ!」


「まともに返事も出来ねぇのか、これだからクズは……」


「は、はいっ! す、すみません!!」


 (聞いてない、聞いてないぞ!! ゼオユーランがこんな化け物だったとは……ッ!!)



 この場には、ガドルカットス侯爵の息子であるグレインも居た。

 勝てる戦いであると思っていたのもあり、将来は侯爵家を継ぐのだから、戦場を一度はその目で直接見させた方が良いだろう、と思った侯爵が連れてきたのだ。


 例のクラードル家でのパーティーの後、暫く謹慎となっていたグレイン。彼は謹慎処分が解けた後もずっと、どうにかゼオンに復讐出来ないかと色々探っていた。


 だが、目の前で三万の軍勢を歯牙にも掛けず、大量虐殺を執行したゼオンに逆らう気は失せていた。



「……ゼオユーラン、貴様は何者だ?」



 ガドルカットス侯爵は、静かに俺に問う。



「さぁな? これから死ぬ貴方に言っても意味はない」


「そう易々と死んでやるつもりはない」


「へぇ……?」



 実際、侯爵はまだ諦めてはいない男の顔をしている。



「————オルム」


「ああ。正直、この男に勝てるかは分からんがな」


「だが、コイツは態々こんな近くまで来てくれたんだ……魔法は化け物だったが、近接ならば勝てる可能性はあるだろう?」


「簡単に言ってくれるな……まぁ、やってやるよ」



 最近、王都で会ったオルムが侯爵の後ろから現れる。



「オルムさん、やはり貴方が侯爵の言う、Aランク冒険者でしたか」


「そうだぜ。スレグストの知り合いのようだが、手加減は出来なさそうだ……死んでも恨むなよ?」


「あはは、折角のお誘いですが、貴方と戦うのは俺ではありませんよ」


「なに……?」


「あら、どうして私がこの男と戦うつもりだって分かったの?」


「長い付き合いじゃないですか。それくらい分かりますよ、フィリナリア様」



 フィリナリア姫の戦う相手は、元からある程度は強い者にする予定だった。

 弱者を瞬殺しても、中途半端な罪悪感が残ってしまうだろうと思ったからこその割り当てだ。


 それに、以前、侯爵がグレインを眠らせた時、魔力の流れが一切掴めなかった。

 そのため、得体の知れない侯爵の相手は俺が行うことにした、というのもある。





 


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