第65話


「あ、はい。そうですね」


「そうでしょう? では、これで失礼します、お兄様」


「あ、ああ……」


「ゼオンくん、よろしくね」


「え、ええ……」



 フィリナリア姫、恥ずかしいことを戸惑いもせず言ったな……

 少し照れてしまったが、俺は直ぐに気持ちを切り替えると、転移を発動した。



 次に俺の視界に飛び込んできたのは、城壁前に陣を張って固まる約二千の人。


 後方近くに集まっている、見知った気配。そこに向けて、フィリナリア姫の後ろを歩いて進む。



「何者だッ!」



 近くに居た兵が此方に気付くと、剣を抜いて言い放った。



「私は第四王女、フィリナリア・シュッペルゼです。クラードル伯爵と話に来ました」



 フィリナリア姫が、王族用の身分証を兵に渡すと、その兵は部下と思われる別の兵に渡す。

 その兵が走って後ろに下がって行く。



「少々お待ち下さい。何ぶん、この状況ですから」


「ええ。構いませんよ」


「感謝します」



 少し待つと、



「本人確認が取れました! どうぞ此方へ!」


「分かりました」



 何やら耳打ちされると、彼は此方に向き直り、敬礼しながら俺たちの案内を開始した。



「フィリナリア王女をお連れしました! では、俺はこれで失礼します!」


「ええ。案内、ご苦労様」


「滅相もございません!!」



 俺たちは、天幕の中に入る。



「ようこそ、フィリナリア王女。俺がクラードル伯爵です」


「ええ、知っているわ」


「本日は何をしにいらっしゃったのですか? もしや、何か陛下のお言葉でも……?」


「いいえ、お父様の言葉では……いや、ある意味ではそうかも?」


「?」


「お父様が、反乱軍は彼に引き受けてもらうことにしたわ」


「誰でしょうか?」


「ええ、この……」



 フィリナリア姫が視線を背後に向けると、つられてクラードル伯爵も、フィリナリア姫の後ろを見ることとなった。



「ゼオユーラン殿っ!?」


「ええ、久しぶりですね。伯爵様」


「……今度は随分と大きくなったようだな?」


「ははは……」



 伯爵は、俺が幼児化した時のことを言っているんだな。



「あら? そう言えば二人は知り合いだったかしら?」


「ええ、ゼオユーラン殿には以前、娘を助けてもらったのですよ」


「そうでしたか」



 フィリナリア姫には冒険者になった後のことは殆ど全て話したからな。



「お嬢様はどちらに?」


「メルならば、クレアと共に領地に帰らせた。俺は死ぬかもしれんが、彼女たちにはまだ生きてほしいしな」


「……」


「ゼオユーラン殿、Aランク冒険者である貴方が居れば心強いが、戦力差は歴然。俺にはこの国の貴族としての責務があるが、貴方にはない。貴方が死ねばメルが悲しむ。冒険者は自由なんだろう? こんな戦いに参加する必要はないぞ」



 伯爵は俺を心配するような様子を見せる。



「伯爵様、貴方が死ねばどちらにせよ、お嬢様が悲しみますよ」


「そうだな……」


「俺のことは心配しないで下さい。今の俺はお嬢様の護衛をしていた時より、何倍も強いですよ」


「っ……!? ほ、本当か?」


「俺はつまらない嘘は吐きませんよ。だから、安心して下さい————俺が反乱軍を制圧してみせますよ」



 俺は自信満々に言い切った。



「そうか……では、頼まれてくれるか?」


「ええ、勿論」


「————話が付いたようね」


「はっ……ゼオユーラン殿に任せることにしました」


「じゃあ、私も戦うからよろしくね」


「「えっ!?」」



 フィリナリア姫がサラッと言った言葉に驚く俺と伯爵。



「いいでしょ? 私は強いんだし」


「それは分かっていますが……」



 王宮内では、フィリナリア姫はCランク冒険者レベルの実力を持つと噂されているが、それは誤りで、実際はAランク冒険者並みの強さであることを俺は知っている。

 彼女は、そう簡単には自らの手札を晒さないのだ。



「私は、ゼオンくんだけに人を殺させるつもりはないわ。……まして、今回の件は私が頼んだようなものだし」


「……分かりました。ですが、出来るだけ俺の近くで戦って下さいね」


「分かったわ」


 (フィリナリア王女も、ゼオユーラン殿の近くならば、安全だろう……)


「ゼオユーラン殿、俺は何をすれば良い?」


「伯爵様には、兵士達を俺より前に出さないようにして頂きたいと思います」


「承った」


 (セグルムート侯爵に預かった兵士達も納得させるようにせねばな……)


「クラードル伯爵!」



 俺たちの元へ、一人の騎士がやってきた。



「なんだ?」


「ここから二キロ離れた平原までガドルカットス家の軍が迫っていると、斥候の者からの報告がございました!!」


「分かった。……全員、そのまま待機するよう通達しろ。ヤツらが現れても、ゼオユーラン殿の前には出ないようにとも言っておけ」


「は、ゼオユーラン殿……? あっ……り、了解しました!」



 クラードル伯爵家の騎士の彼は、ゼオンのことを知っていたため、ゼオンの姿を認めると直ぐに返事をしたのだった。




   ♢



 30分後。


 クラードル伯爵の率いる兵隊は、ガドルカットス家の軍隊と何も無い平原を挟んで向き合っていた。



『————クラードル伯爵。大人しく投降しろ。そうすれば、悪いようにはしない』



 ガドルカットス侯爵が、拡声の魔道具を使って、呼び掛けてきた。



『ガドルカットス侯爵。何故、王家を裏切るような真似を?』



 それに対抗して、クラードル伯爵も拡声の魔道具を使い、質問する。



『私は王家を裏切ってなどいない。ただ、現王と第二王子の凶行は見るに堪えなくてね……優秀な第一王子のジェラルド様こそが王に相応しいと、そう思ったんだよ』



 侯爵は、悪びれもせずに言う。



『侯爵……いや、反逆者よ。お前は誤った選択をした』


『……何のことだ?』


『残念ながら、負けるのはお前だ』


『ふふふ、そうか、投降する気はないと……ならば————』


『ガドルカットス侯爵』


『ほう? これはこれは、フィリナリア王女ではないですか! そう言えば、貴方にも第二王子の凶行の手助けをした証拠が上がっていましたね!』



 クラードル伯爵から拡声の魔道具を受け取ったフィリナリア姫が呼び掛けると、侯爵は声を張り上げて言いがかりを付けた。






 

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