第60話
(国王様が捕まるなんて……)
建物の屋根伝いに王都の暗闇を駆ける者が居た。
(犯人は確認できなかったけれど、相当な実力者であることは間違いないだろうし……)
その女は、王都の城壁の上に飛び乗り、そのまま南西の門を無視して平原へと降り立つと、再び加速する。
(兎に角、フィリナ様に報告しないといけないわ)
カナリーゼは、ラキートの街の方向へと向かって走る。
その速度は、一般人には視認することすら叶わないほどだ。
(それに、彼———ゼオユーランも居るし……)
ゼオユーランが来てからは、発見した時には既に頭に穴を空けられて息絶えた暗殺者の死体を多く見かける。
お陰で、余計な手間が減って助かっている一方、底知れないその強さに、何処か畏怖している自分も居る。
だが、彼の力が借りられるのであれば、これほど心強いことはない。
(まぁ、手を貸してくれるかどうかは分からないけれど……ん? 誰かが、此方に来ている!?)
そこで、自分の方へと向かって来ている人間の気配を察知した。
(速いですね。このタイミング……やはり、例の賊の関係者だと考えるのが妥当でしょうね)
それでも、カナリーゼは冷静だった。
何故なら、体力温存のために、まだまだ本気では走っていないから……危ない人間だったら、逃げればいいと思っているのだ。
「そこの女、止まりやがれ」
「貴方は……」
「なんだ、俺を知っているのか?」
夜の闇より姿を現したのは、第二王妃の護衛をしていた、ウルグートだ。
「いえ、何の用ですか?」
「ああ、こんな夜中に何処に向かっているんだろうな、と思ってな」
「貴方の方こそ、何故こんな所に?」
「いやぁ、散歩だよ……ってのは流石に厳しいか。やっぱお前、俺のことを知ってるだろ?」
「まぁ、そうですね」
「よし。ならば、死ね」
ヒュッ!
ウルグートが高速で抜剣し、そのままカナリーゼに斬りかかる。
「避けた……?」
「えぇ、鈍間なオッサンの攻撃など私には当たりませんよ」
こう言ってはみるものの、実際はかなりの攻撃の速さに焦ったカナリーゼは、ウルグートから逃げる方向に思考を切り替える。
「————殺す!」
再び剣が振られる。
しかし、既に逃げる準備をしていたカナリーゼには当たらず、剣は宙を切ることとなった。
(コイツには勝てないが、幸い、私は素早さに特化しているから、逃げれはするだろう)
カナリーゼは、ウルグートに背を向けて走りながら考える。
「待ちやがれ!」
「……ッ!」
ウルグートが投擲した短剣が、カナリーゼの頬を掠めると、一筋の血が流れる。
「絶対に逃がさないからなッ!!」
ウルグートは移動の速さでやや劣っていたため、カナリーゼに追いつけず、怒声を浴びせる。
しかし、カナリーゼは振り返らずに平原をひたすらに直進するのだった。
♢
「はぁ、はぁ……流石に疲れましたね」
三日後、カナリーゼの視線の先には、ラキートの城壁があった。
彼女は様々な街を経由し、急いで走ってここまで辿り着いたのだ。
(もうこんな時間ですが、一刻も早くフィリナ様に伝えないと)
「すみません、街に入りたいのですが……」
「……はっ!? ん……?? 嬢ちゃん、こんな夜遅くにどうしたんだ?」
カナリーゼがラキートの入り口となっている門の一つに近づき、声を掛けると、夜勤で完全に寝落ちしていた中年の門番の男がガラス越しに反応を返す。
「街に入りたいのですよ」
余談だが、ラキートは魔の森の近くにあり、シュッペルゼ王国で最も冒険者が多い街であり、魔物に備えて城壁は険しく、王都よりも高いのだ。
その上、街の外には建物は無い。
そのため、カナリーゼは王都を出た時のように建物の屋根を利用して城壁を飛び越えるようなことは出来ず、フィリナリア姫から渡されている偽装身分証を使って普通に城門からラキートに入ることにしたのだ。
「ああ。それなら、身分証を見せてくれ」
「どうぞ」
「……問題ない、と。入ってい————うわぁああっ!!」
「何です————ゴホッ……!!」
門番がチラリと顔を上げた時、カナリーゼの腹から剣が生えていた。
「やぁーっと、追い付けたぜェ……! こんな所まで逃げやがってよぉ……?」
剣が刺さった状態のカナリーゼが後ろを振り返ると、ウルグートが獰猛な笑みを浮かべて、その剣を掴んでいた。
カナリーゼは一瞬目を見開いたが、剣が引き抜かれると、大量の血を吐いた。
「態々ここまで追ってきたのによ……これが避けれないとは、疲労が溜まっていたのか?」
「グッ……!!」
「よく見たら可愛い顔してんじゃねーか。楽しんでから殺せば良かったぜ。……まぁいい。この街で女を探すとするか。腹黒ババアの顔は見飽きたしな……。ッ……!!」
長々と独り言を呟くウルグートに、闖入者の蹴りが入り、ウルグートは城壁から離れた場所まで飛ばされる。
「……テメェ、何者だ?」
カナリーゼの前に巨漢が立つ。
「俺はガルフだ。事情は知らんが、一方的に女を傷付けていいと思っているのか?」
突如現れたガルフが、怒りの表情でウルグートに言い放つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます