第57話


「俺は政治のことを詳しくは分かりませんが……大した話じゃなかったみたいですね?」


「ええ。それよりも、序列二位の者がこの国に滞在するという話が何か引っかかるのよね……」


「確かに、おかしな話ですよね」



 謁見後、外交官は暫く王都を見物したいと言い、王都に留まることになったのだ。

 必然的に、護衛で序列二位の男も王都に滞在することとなった。



「それに、ジェラルドが嫌らしい笑みを浮かべていたのも気になるわ」


「そうですね」



 そう。あの男、帝国の者が来てからずっとニヤニヤしていて、正直気持ちが悪かった。



「今日はこれからどうします?」


「そうね……それなら————」


「フィリナリア様、国王陛下がお呼びです」


「あら? お父様が?」


「はい。玉座の間に来るようにとのことです」



 突如、カナリーゼが現れると、そう伝えてくる。



「分かったわ」


「では、そのように伝えて参ります」



 カナリーゼの気配が遠ざかっていく。


 護衛依頼開始当初とは違い、最近は側に俺が居れば、こうしてカナリーゼがフィリナリア姫から離れることも珍しくはなくなった。


 漸く信用してもらえた、ということかな……?


 そんなことを考えていると、いつの間にか俺とフィリナリア姫は玉座の間の巨大な扉の前に到着していた。



「では、準備はよろしいですかな、姫様?」


「ええ」


「では……フィリナリア姫がいらっしゃいました!!」



 扉の前の騎士が叫ぶと、徐々に目の前の扉が開いていく。



「フィリナよ、お前に仕事がある」


「何なりと、国王陛下」


「う、うむ」



 少し、ライール王の表情が曇る。



「お前には、領地の視察をしてもらいたくてな」


「……どこの領地でしょうか?」


「ヨスィート侯爵領だ」



 ヨスィート侯爵領といえば、確か領都がラキートの所だな……



「承知いたしました。……しかし、一つ質問してもよろしいでしょうか?」


「勿論だ」


「では、この視察は誰の提案でしょうか?」


「……」



 国王陛下が黙り込む。



「……。……あぁ、これは……ドルキアの提案でな……」


「やはり……」



 あの第二王妃のおばさんの提案なのか。何か怪しいな……


 フィリナリア姫の後ろに控えている俺は、そう思う。



「まぁ、そういうことで、詳しいことはお前の侍女に伝わっているはずだから……よろしく頼む」


「ええ、分かりました」



 その後、俺たちは、談話室で侍女の話を聞くと、出発が明日の朝であることを知り、それに備えて、今日はもう解散することにしたのだった。




   ♢



「では、行きましょうか」


「はい」「いってらっしゃいませ、フィリナリア様」



 翌朝。


 馬車に乗り込んだ俺とフィリナリア姫は、カナリーゼに見送られていた。


 近頃、第一王子派の動きがキナ臭いということで、何かあった時に情報を素早く伝えるために、カナリーゼが王都に残り、護衛は俺だけが行うこととなった。

 尤も、王族の視察なので、見栄のために騎士たちも付いては来るが。



「ラキートか……久しぶりだなぁ」


「確か、ゼオンくんはラキートで冒険者登録をしたと言ってましたね」


「ええ」


「到着したら、知り合いに会いに行ってもいいんですよ?」



 ヨスィート侯爵領の視察は、領都であるラキートから始めることになっている。



「いえ、今回はカナリーゼも居ませんし、フィリナリア様の側を離れるわけにもいきません」


「私も付いて行きますので、大丈夫ですよ」


「うーん……それなら、お言葉に甘えさせて頂きます」



 どうやら、久しぶりにウォルクたちに会えそうだな。



 馬車は騎士たちに囲まれて、街道を進む。王都からは整備された街道が王国中の主要都市に一直線に伸びていて、馬車の乗り心地も良い。



 数日後。


 いくつかの町を経由して、街道を進んだ俺たちの前に、ラキートの城壁が姿を現した。


 これだけ豪華な馬車ならば、盗賊の一つや二つに襲われそうなものだが、移動の途中、何度か気配は感じていたが、大勢の騎士を見て襲う勇気がある者は流石に居なかったようだ。


 貴族門から、馬車に乗ったままラキートへと入る俺たち。



 (懐かしいな……)



 約三年ぶりのラキートは、前と変わらず人や屋台で賑わっていた。

 大通りに沿って奥まで進むと、やがて領主の屋敷が見えてきた。



「フィリナリア様、ようこそいらっしゃいました」


「久しぶりね、ヨスィート侯爵」



 屋敷の敷地内に入ると、ヨスィート侯爵と名乗る男が挨拶をしてくる。



「どうぞ中へ」


「ええ」



 侯爵邸の応接間に場所を移したフィリナリア姫が、ヨスィート侯爵と色々と話し合った後、俺とフィリナリア姫はラキートの街中に出ていた。



「視察も兼ねたゼオンくんの知り合い巡りね」


「それってちゃんと仕事したことになるんですか?」


「大丈夫よ。私が独自に集めていた情報によると、特に問題はない領地みたいだし、この視察もドルキア王妃の嫌がらせみたいなものでしょうし」


「あはは……」



 今は、騎士や侍女たちは侯爵邸に留まっており、ここに居るのは俺とフィリナリア姫だけだ。


 暫く歩くと、ある建物が見えてきた。



「……ここは?」


「『夜明けの君主』というクランのクランハウスです」








 

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