第56話 帝国の序列二位


「カナリーゼは《睡眠不要》の固有スキルを持っているのよ」


「あぁ、それで……」



 翌朝、俺はカナリーゼの睡眠について、フィリナリア姫に訊ねていた。



「眠れないことはないんですか?」


「ええ。なだけだから……でも、カナリーゼはもう何年も寝てないわよ」


「えぇっ!?」


 (睡眠は人間の三代欲求の一つなのに、それをしないとは、いくら固有スキルで大丈夫でも、辛くないのかな……?)



 俺はサラッと告げられた事実に驚くのだった。



「それはさておき、今日は玉座の間に行くわよ」


「何をしに行くので?」


「帝国からの外交官が昨日、迎賓館に到着したのだけれど、その男がお父様に謁見する予定なのよ」



 帝国とは、この国の東のフェリート王国のさらに東にある、皇帝を君主とした実力主義の国だ。



「それに何かおかしなことでも?」


「ええ……ただの外交官なのに、帝国の近衛騎士序列二位のラズノートを護衛として連れてきたらしいのよ」


「序列二位、ですか……」



 帝国最強の少数軍隊で、皇族を守ることを絶対としている近衛騎士団には、強さの順で序列が決められている。

 序列二位とは即ち、帝国で二番目に強いと認められた者だということだが……普通は、それだけ上位の近衛騎士が国外に出ることは有り得ないのだ。



「怪しいですね」


「ええ、そうなのよ。だから、帝国の者の動きを少しでも多く知るために、謁見に参加させてもらうことにしたのよ」


「なるほど」



 そんな話をしていると、玉座の間に続いているという、皇族専用の控え室前に到着した。



 ガチャリ



「「……」」



 そこには、それぞれ従者を連れ、無言で不機嫌そうに、離れた所に座っている二人の男が居た。



「————リュザートお兄様」


「お、おおっ! フィリナか! お前も帝国の使者が気になって来たんだな?」


「ええ。そうですわ」



 その内の一人、リュザート王子はフィリナリア姫に話しかけられると、暗い表情を一転させ、明るい表情で言う。



「ふん……帝国がどうしたというのだ?」


「「……」」


「おい、貴様ら! この俺を無視するな!」


「あら、私たちに話しかけていたのですね。気付きませんでしたわ————ジェラルド兄様」


「まったくだ」


「ふざけているのか!? この次期王たる俺に向かって!!」


「まだ、そうと決まったわけではないでしょう?」


「くっ……後で覚えておくんだな!」



 金髪に白藍色の瞳の男、ジェラルドが小物感溢れるセリフを吐く。



 (第一王子か。着ている物は一級品ばかりなのに、何というか……ゲームで雑魚敵キャラに居そうな雰囲気があるな……)



 俺は初めて見たジェラルドをそう評価する。



「皆様、準備が整いました。どうぞ、こちらへ……」



 一人の役人が玉座の間に続いていると思われる扉の先を示すと、その場の全員が歩き出す。


 玉座の間は荘厳な雰囲気が漂っており、左右を区切るカーペットには、シミ一つない。

 そして、カーペットの続く先……中央上段には、まだ誰も座っていない玉座があった。


 暫く、沈黙が場を支配していると、やがてその空気に変化が訪れる。



「国王陛下が到着なされました」



 その言葉を皮切りに、皆がその姿を確認する前から、敬意を表する礼————胸に右手を当てて頭を下げる。



「皆の者、楽にしてよいぞ」



 顔を上げると、そこには三十代後半といったところの紫色の髪に白藍色の瞳の男性————現国王、ライール・シュッペルゼが玉座に座っていた。



「我が子たち……いや、王を目指す者たちよ、よく聞け。もう直ぐ、帝国の使者が到着する。帝国は大陸屈指の強国ゆえ、友好な関係を築くのが良いと私は思っておる。帝国が序列二位を連れてきた意図は分からないが、くれぐれも、其奴を刺激しないようにな」


「勿論でございます」「俺はよく分かってますよ、父上」



 リュザート王子とジェラルドが返答すると、ライール王は満足気に頷く。


 その後、暫くすると、伝令の声が響いた。



「帝国の使いの方がいらっしゃったようです!!」


「通せ」


「「はっ!!」」



 玉座の間の入り口付近に立っていた兵士二人が巨大な扉を開くと、案内係に続き、二人の男が中に入ってきた。


 その内、前を歩く者はこれといった特徴もない、平凡な男が少し着飾ったという感じだった。


 一方、後ろの男は荒っぽい印象を与える格好をしており、目付きも悪く、暴力的な気配が滲み出ているが、《魔力操作》はフィリナリア姫に匹敵する程の精密さで、俺がこれまで会ってきた中でも一二を争う強者であることが感じ取れた。



 (こちらが気になっているようだな?)



 その男は前を向いてはいるものの、俺とフィリナリア姫の方に意識を向けていることが窺える。



「私はオーバルム帝国の外交官、クレイと申します」


「うむ。私はシュッペルゼ王国国王、ライール・シュッペルゼである。遠路はるばるよく来てくれたな」


「滅相もございません」


「して、本日は何の用で来たのだ?」


「はっ、帝国と王国の交易の更なる拡大についての提案がございまして」


「ほう……聞かせていただこう」


「では、貴国の東の領地を通じて—————」



 そこからは、国王とその側近と、外交官との長い話し合いが続いたのだった。







 


 

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