第52話 勇者


「えーと……ここは……」


「私の寝室よ。ここなら誰にも聞かれないでしょう?」


「うーん、そうですね……?」



 あまり聞かれたくない話をする流れで王城の中を移動したんだが、王族専用で最上階の七階に来たと思ったら、そのままフィリナリア姫の私室に到着したのだ。


 何処か他の空き部屋で良くね?と思う俺であった。


 まぁ何にせよ、部屋を見渡してみる。


 以前見たお嬢様の私室も充分に広かったが、今回は王族の私室なだけあって、部屋の規模が違う。


 部屋にある調度品は一目で高価な物ばかりだと分かり、煌びやかな雰囲気が漂っている。されども、豪奢すぎるということもなく、調和がとれた構成となっている。



「いい部屋ですね」


「そうでしょ? 部屋の整理はいつもカナリーゼに手伝ってもらうんだけどね」



 フィリナリア姫は広い部屋の中央の壁に寄せられた大きな天蓋付きのベッドの端に腰を下ろす。


 でっか……これがキングサイズベッドってやつか……



「ゼオンくん、このベッドが気になるの? 横になってみてもいいわよ?」



 俺がベッドをジッと見つめていると、フィリナリア姫が悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、俺の方を見て話しかけてくる。



「遠慮しておきますよ。王女様のベッドに寝転がるなんて恐れ多い」


「あら、残念」



 三ヶ月、護衛として一緒に過ごして、フィリナリア姫は周りに人が居ない時は、こっちの素の口調で話してくるようになった。



「ところで、第二王妃の話は……」


「そうね、何から話そうかしら……」



 フィリナリア姫は顎に手を当てて考える。



「————お父様……この国の現国王は庶子なの。前国王が娼婦との間に作った子だった。そのせいもあって、国王としての権力がそんなに強くないのよ」


「前国王は結婚していなかったんですか?」


「してたわ。でも、何の気まぐれか、娼婦に避妊魔法が使われなかったらしいわ」


「へぇー」



 この世界の合法的な娼館の者は必ず、避妊魔法を掛けさせられる。


 避妊魔法は一度掛けると、一ヶ月ほど続くらしい。

 この魔法は毎度お馴染み、便利な光魔法に分類され、必然的に教会で掛けてもらうことになる。


 教会と娼婦の繋がりは違和感があるが、むしろ教会はお布施という名の定期的な収入が入るので、喜んで受け入れているらしい。



「そして、娼婦が国王の子供を身体に宿した。その後、国王が急死したのよ」


「……」


「当時、王の跡継ぎを決めるのに、侯爵家の者たちを中心に、裏で泥沼の争いが行われた……そんな時、国王の子供が産まれたのが明らかになった。それで、その子供だったお父様が国王となった」


「ふむふむ」


「時が経ち、お父様は国王にしては権力が弱いのに、男爵家のお母様を正妻に据えた。これも無理矢理に行ったことなの。それでも、前国王のこともあって、王として跡継ぎは多く作らなければならないから、最低限の義務として、貴族たちがあの女を第二王妃として押し通した。だから、侯爵家出身のあの女にはお父様も強く出れないのよ」


「なるほどなぁ……」



 そりゃあ、国王が逆らえない第二王妃が調子に乗るのは当たり前か。



「まぁ、そんな感じよ……ゼオンくんなら大丈夫だと思うけど、あの女の報復には気をつけてね」


「俺を殺せるヤツなんかいないと思いますよ」


「ふふっ、そうね。三ヶ月一緒にいるけど、全然ゼオンくんの底が知れないわ。未だに魔力の流れが見えないし……」



 極致級の《魔力操作》を感知されて堪るか!



「ま、頑張って下さい」


「そうするわ」



 俺たちはその後、王宮の敷地内にある図書館に籠って本を読むことにした。



「フィリナリア様、ようこそお越し下さいました」


「こんにちは、おばさん」



 フィリナリア姫が図書館の入り口の受付に座っているおばさんに挨拶をすると、俺たちは四階もある広い図書館の一階奥へと向かう。


 今、図書館の中には受付のおばさんが一人、司書が三人、利用者が六人で、俺たちを除いて計十人いるのを察知する。

 因みに、何度かこの図書館を利用して、交代制の司書たちの気配は覚えた。


 この図書館を利用できるのは、貴族だけ。

 今は、その中でも王族しか使えない区画に向かっている。

 別に、禁書とかいう物があるわけでもなく、単に王族が周りを気にせずに読むためのスペースだ。

 今のところ、ここにフィリナリア姫以外の王族が居るのを見たことがないし、本当に静かだ。



「今日は何を読もうかなぁ……あっ、これにするわ」


「俺はどうしようか……ん? 『歴代勇者についての考察』? 面白そうだな」


「あら、ゼオンくんは勇者に興味があるの?」


「まぁ、そうですね」



 同じく異世界出身だから、とは言わない。



『勇者たちは魔法がない世界からやって来る。そこは、魔法がない代わりに、文明の発達が著しいため、彼らは未知の知識を持つ。』



 ふむふむ。



『勇者たちは皆、例外なく、此方の世界に来る時、《異界へと渡りし者》という称号を手に入れる。』



 ん? 俺は召喚はされていないんだが……







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る