第50話


「いつの間———グヘェッ!?」



 男は蹴りを受け、仲間の頭上を通過しながら吹き飛び、後方の壁に激突した。



「「う、うぉおおおおッ!」」



 その光景を見て腰が引けながらも、二人の男がフィリナリア姫に襲い掛かる。



「遅いですね」


「カハッ……」



 迫る剣先を難なく避けるフィリナリア姫。一人には蹴りが入り、もう一人は投げ飛ばされる。



「一斉に攻撃するんだ!!」



 その言葉に、正面から四人の男がフィリナリア姫に向かって武器を振るう。


 彼女は次々と放たれる攻撃を危うげなく連続で弾き、建物内に激しい斬撃音が鳴り響く。



「クソッ! この女、強いぞ!」



 一人の男が悪態をつく。



 (チクショウ……選ぶ相手を間違えたな。まさか王女だとは……)



 眼鏡をかけた男は、四人の後ろから様子を眺め、



「おい、お前等、ガキの方を狙え!」



 と、余った三人に指示を出す。


 眼鏡の男はこの集団で一番の実力者であり、実際に戦いを見て、フィリナリア姫の卓越した技量を感じ取っていた。


 そのため、三人がゼオンの方に向かうのを確認すると、気配を消して、その場から逃げ出したのだった。




   ♢



「お前には人質になってもらうぜ!」



 フィリナリア姫の後ろに居る俺の元へと回り込んだ三人の内の一人がそう叫びながら、俺に掴み掛かる。



 ゴキッ!



「ギャァァアア!!」



 俺に触れようとした男の両手首があらぬ方向に曲がる。



「何だと!? テメェ、何をしやがった!?」


「手を折っただけだ」


「テメェ、何者だッ!?」


「さぁな? どうでもいいだろ。来いよ、犯罪者共」


「クッ、もういい! コイツはやってしまえ!」



 痛みに悶えている男以外の二人がそれぞれ剣を横薙ぎしてくる。



「「なッ……!」」



 二つの剣は俺の片手それぞれに掴まれていた。

 そんな攻撃で俺の身体を傷つけることはできない。



「「は、放せ!」」


「お前等、息ピッタリだな」



 バキッ!!



 俺はその剣を握り締めて、折った。



「「ば、バカな! ———ヘギッ!?」」



 俺が男たちに電撃を与えると、二人は気絶した。

 電気を操る魔法は、母が使っていたモノを参考に試していたら、水魔法と風魔法を組み合わせるように意識すると、意外と簡単に再現できたのだ。



「そちらも終わったようですね」



 声を掛けられ振り返ると、そこには地面に転がった四人の男と、此方を見ているフィリナリア姫が居た。



「最初の男は逃げましたがね」


「でも、気付いているんでしょう?」


「ええ。そろそろでしょうね」




   ♢



「ハァハァ……ッ」



 眼鏡を男は人気のない路地を何度も曲がって、先程居た場所から離れていた。



 (チッ、アイツらは結構使えるヤツらだったんだが、俺が捕まっては意味がないからな……)



 今、男が走っている区画は王都でも治安が悪く、進んで他人に関わろうとする者は居ない。

 そのため、必死に走る男を気にかける者はおらず、道行く人は路地の通路脇に寄り、彼を避けていた。



 (……ん?)



 ふと、何処にでも居そうな格好の女が道の真ん中を悠長に歩いているのが男の視界に入った。



「そこの女! 早く退けや! 俺は急いでるんだ!」



 男が警告するも、女はどこ吹く風といった様子で、行動を改める気配がない。



「チッ!」



 全速でぶつかって大怪我でもさせたら、変装もしていない顔を覚えられてしまうかもしれない。


 長く犯罪行為を繰り返してきた男は冷静に判断すると、やむを得ず減速し、狭い道の中央を歩く女性の横を通り過ぎようとした。



「———あ?」



 男は横腹に違和感を感じたため、顔をその部位に向けて確認すると、そこには一本の短剣が刺さっていた。



「なにがぁぁ……?」



 次第に男は身体を上手く動かすことができなくなり、地面に倒れ込む。



「ぁ、ぅぅ……」



 男は言葉を発することも困難になったところで漸く、麻痺毒を盛られたことに気付く。



「毒の回りが遅いな。犯罪者にしてはレベルが高いようだ……」



 男がまだ動かせた眼球を上に向けるとそこには先程、道の真ん中に居た女が立っていた。



 (く、そ……まさか、俺が、こん、な所、で……)



 自分に向けられる女の冷徹な目を見たのを最後に、男は意識を手放した。




   ♢



「失礼します」


「無事に連れてきたようね」


「はい」



 カナリーゼが逃げた男を引きずりながら現れる。



「コイツら、どうしましょうかね……」


「それならば、数分後、ここに衛兵が到着する予定ですので、放って置いて大丈夫です」


「おおー」



 流石、仕事ができますねぇ……



「では、まだ早い時間帯なので、引き続き王都を見て回りましょう」


「ええ」



 その後、俺は夕食の時間の直前まで、王都を巡るフィリナリア姫に付き添ったのだった。




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