第49話 詐欺


 俺がフィリナリア姫の護衛についてから一週間後の朝。



「今日は王都の街中を見て回りましょうか」


「分かりました。行きましょう」



 俺はすぐさま言葉を返す。


 丁度、ずっと王宮で過ごしていて、そろそろ王宮の外に出たいと思っていたところだ。




   ♢



 いくつかの場所を回ったのだが、俺の中である疑問が生まれた。



「フィリナリア様。どうして人が少ない場所ばかりに行くのですか?」



 俺の声掛けに、フードを被って顔を隠したフィリナリア姫は、横に居る俺の方を見る。

 息抜きに城下に来たので、フィリナリア姫が平民に見えるよう、今の俺は護衛の立ち位置ではなく、彼女の隣を歩いている。

 因みに、カナリーゼは後ろから一般人に変装してついて来ている。



「————大抵の襲撃者を追い払える私でも、人混みの中、近距離で狙われると避けられないかもしれませんので……」



 恐らく彼女の察知能力ならば、すぐ隣を通った者に不意を突かれて攻撃されても、どんな状況であろうと避けられる。

 だが、彼女が思っているのは、周りの人たちまで襲撃に巻き込まれると、彼らを守るのが難しいということだろう。



「あぁ、それなら大丈夫ですよ。俺が居る限りは、誰が来ようとその場に居る一般人の誰も傷つけさせませんよ」


「まさか、全員を守れるんですか!?」


「ええ。多分、大体半径200メートル以内の人ならば」



 自惚れとかではなく、俺の身体能力と察知系のスキルがあれば、このくらいの距離はあってないようなものだし……何ならもっといけるはず。



「分かりました。それなら、私も久々に人の多い場所に行ってみます」



 その後、俺たちは王都で(俺の探知によると)一番賑わっている大通りにやってきた。



「うわぁ……こんなに近くで大勢の人を見るのは久しぶり……!」



 普段の悠揚とした様子と異なり、フィリナリア姫は目を輝かせて人々を眺める。



「フィリナリア様、歩かないのですか?」


「あっ……え、ええ、行きましょう」



 少し慌てた表情をした彼女は前へと進み始める。


 彼女は周りを見渡しながら、時折、興味を持った物を買って、通りを歩いて行く。


 俺はそれを微笑ましそうに見ながらついて行くと、突然、声を掛けられた。



「少しいいですか? そこのお二人さん」


「何でしょう?」



 眼鏡をかけた細身の男が営業スマイルを浮かべながら話しかけてくる。



「絵を見て行かないですか?」


「絵、ですか……」


「世間一般には知られていない、隠れた名匠が描いた絵ですよ? どうです?」



 なんか胡散臭いなぁ……



「そうですね……面白そうなので、行ってみましょうか、ゼオ……ゼノスくん」


「ええ、そうしましょうか」




   ♢



「どうですか? 見事なものでしょう!!」



 俺たちが彼について行くと、何点か絵画が展示してある建物の一階に辿り着いた。


 それらを見て俺は、ちょっと上手い人が描いただけじゃね?という感想しか抱かなかった。



「そうですか? 俺は絵画には詳しくないので……」


「これは見る者が見れば、価値が分かる作品ばかりでしてねぇ……ほら、例えばあそこにある絵だと、末端価格で金貨三枚する物となっておりまして……」


「はぁ……」



 多分これは詐欺だな、と思う俺であった。


 俺の心の中の声を肯定するかのように、



「そうですか? 私も絵を少し嗜んでおりますが、これは銀貨一枚くらいの価値しかないと思いますよ?」



 と、フィリナリア姫が言うのだった。



「なにッ……! オホン……まぁ、人それぞれですからね……。気を取り直して、あちらの作品は金貨四枚のそれはもう素晴らしい物でして、ここ以外で購入すると、少なくとも金貨六枚はする物となっております。どうでしょう? この機会に買ってみては?」


「それは銀貨二枚といったところでしょうね」



 フィリナリア姫が平然とした顔で言う。


 すると、男は額に青筋を浮かべて、態度を急変させる。



「チッ、なんだよ……絵の価値が分かるなら、最初からそう言えよ」


「ほう? やはり詐欺だったか。それで、どうするつもりだ?」



 まぁ、大体分かってるけどな。



「お前ら出てこい!」



 男がそう周りに呼びかけると、十人の男が現れる。



「有り金全て出しな」


「おい、そこの女。お前は俺たちが鳴かせてやるよ!」


「ギャハハハハッ!」



 男たちがフードを被っているフィリナリア姫に下卑た視線を向ける。



「貴方たち、衛兵に報告されても良いのですか?」


「ハッ……俺たちから逃げられるとでも思っているのか?」


「どうでしょうね?」



 フィリナリア姫がフードを脱ぎ捨て、腰に装備した短剣を抜き放つ。



「は……ははははッ! 俺たち、ツイてるぜ! こんな美人だとはな!」


「刃物を持っているくらいで俺たちに勝てるとでも?」


「まったくだぜ!」



 コイツらは自分達の勝利を微塵も疑ってないらしい。



「ゼオユーラン様、この者達を衛兵に突き出しましょう」


「分かりました、


「なにッ! 姫だと!?」


「待てよ……この顔は、まさか……第四王女か!?」


「どうせハッタリだろ! やっちまえ!」


「いや、でも本当だったら……」


「私はこの国の王女です。一般人を騙そうとする、貴方たちのような者は牢屋に送って差し上げましょう」



 彼女の堂々とした佇まいに、本物だというのを信じ始めた男たちは、お互いに顔を見合わせると、自らの得物を構える。


 フィリナリア姫の噂は市井にも広まっている。

 曰く、何をやらせても天才的な能力を発揮すると。


 噂は誇張されるものである。

 そのため、男たちはその噂を完全には信じてはいないが、手強いことは確かだと思い、真剣な表情となった。


 だが、今回に関して言えば、違った。

 男たちの中には、元Cランク冒険者の者も居て、自身の力に絶対的な自信を持っているが、残念ながら、彼女は本物の天才である。


 彼女の実力を正しく評価できる者は少ない……



 キィンッ!



「うッ!」



 瞬きの瞬間———一本の剣が短剣に弾き飛ばされ、男の目の前にはフィリナリア姫が凝然と立っていた。








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