第40話


「ぐッ……!」



 俺は、鋭い痛みを感じて目を覚ます。

 すると、少し赤色に染まったナイフを持つ、全身が黒で覆われた人間が視界に入ってきた。



 パリィイインッ!!



 その男と目が合ったと思うとすぐにその男は窓に突っ込み、それを割って逃走した。



「待て———ガハッ……!」



 俺は男を追いかけようとベッドから降りるが、力が抜け、吐血して床に膝をついた。



 (まさか……毒か!)



 極度の倦怠感、気持ち悪さや全身への痛みを感じ、そう結論づける。



 (光魔法で回復して————ん?)



 そこで、俺はスキルを得る感覚がやってきたのに気付く。



「ゴフッ!」


 (めちゃくちゃ痛いが、《状態異常耐性》ってスキルを得たようだな……)


「ゼオユーラン様! どうなされましたかッ!?」



 さっきの暗殺者と同じく黒装束を着た者が、俺を心配しながら部屋に入ってくる。



「クラードル家の諜報部隊の者か?」


「はい、そうです。……血を吐いておられますが、大丈夫なんですか?」


「俺は大丈夫だが……グハッ」


「本当ですか!?」


「あ、ああ。暗殺者に狙われてな」


「その者が窓から逃げた、というわけですか……」


「そうだ」



 俺は苦しみながらも返答すると、お嬢様の気配が此方の部屋に向かっているのを察知した。



「どうしたのっ! ……ってゼオンくん!?」



 お嬢様がネグリジェを着た状態で登場し、驚きの声を上げる。



「ゲホゲホ……あぁ、お嬢様。貴女を起こしてしまいましたか。騒がしくして、申し訳ございません」


「血が出てるわよ! ゼオンくん、大丈夫なの!?」


「治せますから大丈夫ですよ」


「治せるのなら、どうして治さずに血を吐いてるのよ?」


「あぁ……これは、そういう気分なだけですよ」


「どんな気分よ!?」



 血を吐いているとはいえ、余りにも沈鬱とした様子がない俺を見て、安心したのか、お嬢様が突っ込みを入れてきた。



 (おっ、スキルがもう超級になったか。もう何も痛みを感じないな……)


「……」



 俺は無言で首の辺りに回復をかける。


 眩しい光が俺を包み込み、それが収まった時、首の傷は完全に塞がっていた。



 (新しいスキルを得て、しかも超級になったとか運が良かったなー……あっ、《気配察知》と《魔力感知》も超級になってる!)


「結局、何だったのよ?」



 俺が気を良くしてニヤニヤしているのを見ると、お嬢様は呆れたような顔になって、そう言うのだった。




   ♢



「いやー、まさか、俺を狙ってくるとは思いませんでしたよ」


「この屋敷の警備の目を掻い潜る者が居たとは……」



 早朝。


 伯爵邸の居間に集まった俺たちは、俺を襲った暗殺者について考えていた。



「夜は特に屋敷の周りに人が何人も配置されているのは気付いていたが……あれを通過して俺の部屋まで辿り着くとはな」


「……余程腕の立つ暗殺者だったのだろうな」



 屋敷の警備は万全だと言っていた伯爵は少し気まずそうにしている。



「———それと、毒を盛られたとか聞いたが……」


「あぁ、全然大丈夫でしたよ」


「それは良かった」



 伯爵はゼオンが毒を盛られてから、わざと暫く回復しなかったと報告を受け、何か秘密があるのだろうと推測して、それを聞いてみようと思ったのだが、冒険者にスキルなどの情報を尋ねるのは無作法だろうと思い直し、それ以上ゼオンに聞くことはなかった。



「それより、お嬢様が狙われなくて良かったですよ」


「いや! メルの部屋には寝ずに護衛をする者が何人もいるから、メルが狙われても返り討ちにできるはずだ!」



 伯爵は声を大にして主張する。



「お父様! ゼオンくんの部屋にも護衛を付けなさいよ!」


「お嬢様。護衛の俺が守られてどうするんですか……」



 そもそも、俺は寝ている時に暗殺者が来ても《気配察知》や《魔力感知》で気付くことができると思っていた。


 それなのに、暗殺者はこの二つのスキルを突破して侵入してきたのだ。

 伯爵も言っていた通り、相当な実力者だったのだろう。


 これは駄目だな……Aランク冒険者になったといえども、暗殺という手段を取られたら容易に死に得ることが今回、よく分かった。


 ならば、どうするか?

 俺は今まで、固有スキルの《成長促進》のおかげで急速に強くなってきた。


 これ以上に強くなる手立てはあるのか?

 ……俺にはまだ使えていない固有スキルがある。

 そう、《時空間魔法》だ。


 固有スキルに強力なモノが多いのは、周知の事実だ。



「————くん」



 俺が《時空間魔法》を使おうとすると、魔力があと一歩足りない感覚に陥る。


 それなら、魔力を増やす魔道具を手に入れれば使えるようになるんじゃないか?

 だから————



「————ゼオンくん!」


「うおっ!?」


「どうしたの? 急に黙り込んで……」


「あ、あぁ、少し考えごとをしていただけです。お嬢様」


「なら、いいけど……」



 そんなことを考えていると、お嬢様が心配そうに此方を覗き込み、声を掛けてきた。



「……今日は出かけてきてもいいですか?」


「何処に行くの?」


「うーん、秘密です」


「……まぁ、いいわ。行ってきなさい」



 こうして、お嬢様から外出の許可を得た俺は、王都へと繰り出すのだった。




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