第39話 暗殺者襲来


「おい、聞いたか?」


「ん? オルムか……何を、だ?」



 ゼオンが久しぶりに依頼を受けて冒険者ギルドを出ていってから、三時間後。

 ギルド内で二人の男が軽食を摂りながら話していた。



「このギルドにAランク冒険者が来たんだよ」


「ここにはAランクに相応しい依頼は無いと思うが……」


「そうなんだよ。オマケにアイツは見たところ、まだ10歳くらいでよぉ」


「ほう……」



 筋骨隆々のオルムと呼ばれた大男が声を潜めて言うと、もう一方の男は感心したような吐息を漏らす。

 このギルドでトップクラスの実力者の二人は、遠巻きに冒険者たちから畏敬の念が籠った視線で見られている。



「お前が言うんなら、間違いないんだろうな……」


「あぁ———アイツは強い。一目見たら分かったぜ」


「そうか……それより、オルム……Aランクに相応しい依頼が無いって言うんなら、他のギルドに移ればいいじゃないか」


「俺はこの王都での生活が気に入ってんだ。それに、お前も居るしな!」


「まったく……」



 実は、このオルムという男はシュッペルゼ王国王都の冒険者ギルドで唯一のAランク冒険者なのだ。

 話し相手の男が、子供がAランクという彼の言葉を全く疑わないのも、そういうことだ。



「お前こそ、Bランク冒険者なんだからよぉ……美味い依頼の少ないこのギルドに留まってるのはやっぱり俺に会いたいからだろ?」


「気色悪いこと言うなよ……俺はただ、指導した新人冒険者たちの様子が気になっているだけだ」


「相変わらず面倒見がいいヤツだな」


「そんなことはない」



 オルムと話している男————スレグストは照れ隠しをするように早口で否定する。



「まぁ、そういうことにしておこう……今日はお前も冒険者の仕事は休みだろ? 一緒に娼館に行こうぜ!」


「おいおい、あんまり大きな声で言うなよ……行くけどな」


「そう言うと思ったから、お前も来るって先に伝えておいたぜ!」


「おいっ、それで俺が行かないって言ったらどうするつもりだったんだよ!?」


「ん? 勿論、引きずってでも連れて行くつもりだったぜ?」


「はぁ……もういい。行こうぜ……」


「おう!」



 そうして二人はギルドを出て、仲良く色街へと向かうのであった。




   ♢



 同じ頃、王都近郊の森の中。



『ギシャーッ!!』



 俺の目の前で全長30メートルを超える大蛇が首を失って、地面に倒れる。



「ふぅー。久しぶりに魔物と戦ったけど、特に問題はないな……って、うおっ!」



 突然、首だけになった蛇の頭が噛み付いてきたが、驚きながらもそれを躱す。



「危ねぇー……そういえば、前世で蛇は死んでも反射作用が残って噛み付いてくる可能性があるって聞いたことがあったような無かったような……」



 今倒したのは、ジャイアントポイズンスネークという魔物だ。その名称から、毒を持っているのは分かっていたが……



「レベルが高いとはいえ、毒に耐えれるかどうかは分からないからな……少し油断しすぎたか」



 事前に魔物の情報収集をするべきだったと反省しながら、俺は王都への帰路につくのだった。




   ♢



 二週間後———。


 俺はクラードル家の方々と伯爵邸の居間で寛いでいた。



「そういえば、グレインの野郎はどうなったんですか?」


「あぁ……グレインなら、ここ最近は社交界に出てないみたいだ」


「ふむふむ」



 俺はふと思い出し(考えたくもないが)、グレインについて伯爵に聞いてみた。



「ゼオユーラン殿のおかげで、グレインの名声は地に落ちた。……それでも、仮にも最上位貴族のグレインを表立って非難できる者はいないから、いつかは出てくるだろうがな」


「そうですね……」



 俺はグレインを破滅させられなかったことを残念に思う。



「あんなクソ野郎のことなんかどうでもいいわ」


「メル、そんな言葉遣いは辞めなさい」


「はぁーい」


「もう、メルったら……」



 クレアフィーネがお嬢様に注意するが、お嬢様は軽い調子で返事をする。



「そういえば、ゼオユーラン殿に出した護衛依頼の期間もそろそろ終わりだな」


「結局、暗殺者は現れなかったですけどね」


「まぁ、来ないならそれでいいじゃないか」


「それでも、護衛依頼なのに護衛っぽいことしてないなぁ……って思うんですよ」


「ゼオンくんには十分助けてもらってるよっ!」


「お嬢様にそう言って頂けると嬉しいですね」



 そんな会話をしたが、間も無く俺はフラグが立っていたことに気付いたのだった。




   ♢



 その日の夜———。


 暗闇の中。ゼオンの寝ている部屋の扉が独りでに開くと、一つの影が部屋の中に侵入した。



 (コイツがゼオユーランとかいうAランク冒険者か……)



 侵入者の男は、ベッドで寝ているゼオンを見下ろす。



 (例えAランクといえども、《暗殺術》と《隠密》のスキルが上級の俺の暗殺からは逃れられん……じゃあな!)



 男はゼオンの首目掛けてナイフを振り下ろす。



 「ッ……! (斬れない!?)」



 ナイフはゼオンの首を少し切っただけだった。


 ゼオンの首から少量の血が流れる。



「ぐッ……!」



 ゼオンが顔を顰めて目を覚ます。



 (チッ、起きたか! だが、このナイフの刃には猛毒が塗ってあるッ! お前は直に死ぬだろう!)



 暗殺者の男は、《隠密》スキルを発動しながら部屋の窓を割って、そのまま伯爵邸の敷地から離脱したのだった。






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