第37話


「はい、ゼオンくん。あーん」


「あ、あーん」



 早朝、俺は伯爵邸の食堂で、お嬢様から食事を手ずから与えられていた。



「ゼオユーラン殿ッ! いくら貴方といえども、メルに『あーん』させてもらうのは百年早い!」


「お父様は黙っててくれる?」


「はい、ごめんなさい」



 伯爵は娘の一言に撃沈したのだった。



「それにしても、ゼオユーランくんが『天下一の情報屋』を知っていたとはねぇ。驚いたわ」



 クレアフィーネがおっとりとした様子で言う。



「まぁ、偶然知り合いましたからね」


「やっぱり、ゼオンくんは凄いわ〜」



 お嬢様がそう言って、すぐ隣に座っている俺の腕を取り、そのまま両手で抱える。

 お嬢様の控えめだが、それなりの膨らみが俺の腕に押し付けられる。



「……ってゼオユーラン殿!」


「なによ?」


「何でもないよ、メル」


「ふぅん……」



 お嬢様、強かな子になったなぁ……

 どこか遠い目でお嬢様の成長を感じる俺は、お嬢様の誕生日パーティーの三日前の日について思い出す。




   ♢



 俺は王都にあるストゥード新聞社の本社に来ていた。



「次の方ー」


「はい」


「君、何の用で来たの?」


「この新聞社の社長に会いたくてね」


「えっ……あっ、少々お待ちください!」



 俺は門前払いを食らわないように、冒険者カードを見せながら要望を伝えると、受付の人が俺に待つように言ってから、建物の奥に引っ込んで行った。



「ゼオユーランさん、どうぞ、此方へ」


「ああ」



 少し経って、受付の人が戻ってくると、案内の人を紹介され、そのまま建物内の一室に案内される。



「私はジェルド。このストゥード新聞社の代表をやっています」


「Aランク冒険者のゼオユーランだ」



 中には、ストゥード新聞社の代表がいた。



「貴方のお噂はかねがね伺っております」


「……」


「なんでも、ドラゴンを倒してAランクとなったとか」


「俺だけの功績じゃないがな」


「それでも、貴方が居なかったら成し遂げられなかったと聞いております」


「それはさておき、本題に入らせてもらう」


「分かりました」



 俺は一旦、話を区切る。



「ウルムンドの居場所を教えてほしい」


「———何故貴方が彼を知っているのですか?」



 ジェルドが、警戒するように目を細める。



「偶然、盗賊に捕まっているのを助けたんだよ」


「ほう……」



 ジェルドは目を据えて、俺の真意を探る。



「その時に、王都に来たら頼っていいと言われたが、ウルムンドがどこにいるのか分からない、というわけだ」


「なるほど……」



 すると、ジェルドは何やら考え始める。



「……何か、彼でないと解決できない案件がおありで?」


「ああ。ウルムンドの固有スキルを頼りたくてね」


「……!! 彼は貴方を相当気に入ったようですね」


「一つ、聞いていいか?」


「……? はい」


「『天下一の情報屋』ってダサい二つ名はウルムンドのことか?」


「……。……彼の固有スキルまで知っているのなら、もう貴方には隠すことでもありませんね」



 その言葉は暗にそれが事実だと証明していた。



「そうか。……それで、ウルムンドはどこに?」


「ちょっと待って下さいね……ここです」



 ジェルドは王都の地図の一部分に丸を付けて示し、それを俺に手渡してきた。



「ありがとう。今日はこれで失礼する」


「分かりました。ウルムンドによろしくお伝え下さい」


「ああ」



 キィィー……ガチャン



 俺はストゥード新聞社の建物を出ると、目的の場所へと向かった。



 (ゼオユーランさん……その二つ名を作ったのは私なんです……。ダサくてごめんなさい……)



 ゼオンが部屋を出ていくと、ジェルドはそう落ち込んだのだった。




   ♢



 俺は王都の中層の一軒家に来ていた。



「すみませーん、誰か居ますかー」


「———はーい! 今行くよーっ」



 俺がその家の中に向かって声を掛けると、元気の良い返事が返ってきた。



「はい! お兄さん、何のご用ですか?」



 家の中から、快活そうな少女が出てくる。



「ウルムンドという人はここに居るか?」


「居るよー、私のお父さんだよ〜」


「そうなんだ……それで、彼にゼオユーランが来たと伝えてほしいんだ」


「ゼオユーラン?ってお兄さんのこと?」


「そうだよ」


「うん、分かったよ〜。ここで待っていてねっ!」



 少女が家の中に戻って行って少しすると、



「おおー、ゼオユーランさん。よく来てくれました。……あれ? 僕、ゼオユーランさんにこの家の場所、教え忘れた気がしてたんですけど」


「あぁ……ジェルドって人にこの場所を聞いて、ここに来たんだよ」


「なるほど。ここじゃなんですから、どうぞ中へ」



 ウルムンドが出てきて、俺を歓迎する。



「ゼオユーランさん、以前、旦那を助けてくれたようで……ありがとうございます」


「いえいえ」



 俺が居間に通されると、一人の女性がお菓子とお茶を持ってきた。



「ウルムンド、お前、結婚してたんだな……」


「ゼオユーランさん……僕だって結婚くらいしますよ……」


「そういえば……お前が住んでいるにしてはこの家、小さくないか? 沢山稼いでいるはずだろ?」


「表向き、平凡な平民の僕が高い家に住んでいたら、怪しまれて何処かしらの権力者に監視されてしまいますよ。それに、僕には人並みの生活が合っていますよ」


「なるほどな。まぁ、それは置いといて、お前に頼みたいことがあるんだが……」



 ウルムンドの家族二人が部屋から居なくなると、俺は話を切り出す。



「何でも言って下さい」


「……今、俺はクラードル伯爵令嬢の護衛をしてるんだが————」



 俺はウルムンドに事情を説明するのだった。




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