第36話
どうやら、会場に入っていいか、入り口の伯爵家の騎士に許可を求める、ごく普通の平民の格好をした者が沢山現れたようだ。
「その者を中に入れてやれ」
「こ、これはガドルカットス侯! 承知しました!」
ガドルカットス侯爵が騎士に話しかけ、その内の一人に入場の許可を与えると、その男が侯爵の耳元に何やら話をし始める。
「……ッ!!」
あまり表情が豊かではないように見える侯爵にとっても衝撃の報告だったようで、彼は一瞬大きく目を見開いて、
「……息子は勘違いをしていたようです。謝罪いたします」
と言ったのだった。
「入れて下さいっ!」「中に入れてくれー」
侯爵の突然の謝罪にパーティー参加者たちが驚く中、次第に入場を求める声が増え、会場の入り口に居る騎士が困ったような顔で伯爵様に判断を仰ぐ視線を向けると、俺は伯爵に向かって軽く頷く。
すると、伯爵は俺の意思を汲み取ったのか、
「今、入場の許可を求めている者は全て入れてやれ!」
と告げる。
一般人の格好をした大勢の人が会場に雪崩れ込む。
会場内の護衛たちが彼らを警戒する中、彼ら一人一人はパーティー参加者の元に報告しに行く。
「なにッ!」「何だと!?」「そうでしたか……」
すると、各々がその報告に驚き、何やら気まずそうに俯くのだった。
そして、伯爵の元にも一人の女がやって来た。
「閣下、ご報告がございます」
「お前は、確か中央広場の掲示板担当だったな」
「はい、そうでございます」
「……何があった?」
「『天下一の情報屋』が新しく公開した絵が———ガドルカットス侯爵家のグレイン様とキルシュフ子爵家のメアリーナ様が侯爵邸の一室でその……行為に及ぶ様子でした」
「なにっ!」
今、婚約すると宣言したばかりの貴族の娘と先にそのようなことをしていたのは、初めからお嬢様を嵌めるつもりだったということを如実に語っている。
「————何かの間違いだッ!!」
辺りの者がグレインに非難するような目を向け始める中、グレインがそう叫んだ。
「ゼオユーランッ、卑怯だぞ! 嘘を広めやがって!」
「何のことですか?」
「どうせ『天下一の情報屋』を金で丸め込んだんだろ!!」
「例えそうだとしても、貴方がお嬢様を嵌めようとした事実は変わりありませんよ?」
「ほら見ろ! コイツ金で————ウッ」
グレインが突然倒れ込み、眠っているのが見えた。
「いやぁ、息子がすみませんねぇ……」
眠ったグレインを支えた者———ガドルカットス侯爵が、そう言って謝る。
「どうやら、息子はキルシュフ子爵令嬢に唆されたらしい」
「え……わ、わたくし———」
「君は個人的な恨みをクラードル伯爵令嬢に持っていた。そのため、グレインを誘惑して操り、彼女を陥れようとした。……そうでしょう?」
「ち、ちが———」
『そうだろう?』
「は、はぃぃぃっ」
……この男、最後に《威圧》しやがった。
俺は《魔力感知》でギリギリ気付いたけど、他の人には分からないだろうな……
「とはいえ、私の息子にも非はあります。後日、改めて謝罪をするので、今日のところはこれで失礼するよ」
そう言って、侯爵は執事と報告に来た者と共に、グレインを抱えて帰って行った。
食えない野郎だ……グレインを再起不能にしてやろうと思ってたのに。
「……これから用事があるのを思い出した。帰らせてもらおう」
「……私も気分が優れないので、失礼する」
「あ、私も……」
さっき、お嬢様を非難していた者たちを中心に、何かと理由をつけて会場を後にした。
♢
残った者も、食事を終えると早めに出て行ったため、最後にはパーティー参加者の中で、ダルグートと最も仲の良いシュレリド子爵だけが残った。
「クラードル卿……ご息女を助けることができず、すみませんでした」
「いや、気にするな、シュレリド卿。俺も何も出来なかったしな。……ゼオユーラン殿が助けてくれたようだが」
「彼は随分と若いようですが……Aランク冒険者とは本当ですか?」
「ああ。俺の執事が手も足も出なかったって言ってたぐらいだしな」
「それほどとは……!」
「あの様子だと、『天下一の情報屋』との伝手もあったらしい……まったく、彼には敵わんよ」
ダルグートが何やら娘と談笑するゼオンの方を見て呟くと、
「そのようですな」
と、シュレリド子爵は頷いて肯定するのだった。
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