第35話


 昼時。


 クラードル伯爵家の屋敷には、既に貴族やクラードル家と懇意にしている商人など、招待された者全員が集まり、賑わっていた。


 以前、第一王子派と第二王子派みたいな話をしたが、勿論、中立派の貴族もいる。そして、ダルグート様はその内の一人である。中立派で高位貴族の伯爵が主催するこのパーティーには様々な派閥の貴族たちが足を運んでいる。

 そのため、クラードル家の屋敷の会場内は多くの人で賑わっていた。



「クラードル伯、本日はお招き頂きありがとうございます」


「ああ、ペガルー子爵か。元気そうで何よりだ」



「いやぁ、クラードル卿、ご息女の成人の日とはめでたいですな」


「ありがとう、シュレリド卿」



 という感じで、貴族の当主の方々がパーティーの主催者の伯爵に挨拶しに来ている。

 俺は、伯爵とクレアフィーネがパーティー参加者の皆さんと軽い会話をする中、その隣に居て伯爵に紹介されるだけになっている、ドレス姿のお嬢様の後ろに控えている。因みに、俺の隣にはフルムートさんが居る。


 俺は、この空間以外のもう一つの人だかりをチラリと見ると、そこにはグレインと一人の男がいて、同じく挨拶に来ている者たちへの対応をしていた。


 グレインと同じ真っ赤な髪と瞳を持つ長身の男だ。グレインの父親———侯爵家の当主だろう。違うのは、グレインよりも目の主張がかなり弱く、第一印象が優男という一言で表せることだ。


 だが、侯爵家の当主なだけあって、その手腕は驚くべきものらしく、第一王子派を率いるこの男に媚を売る者が多くいるようだ。



「皆の者、今日は娘の誕生日パーティーに来てくれて、ありがとう」



 一通り、全員が挨拶を終えたタイミングで、伯爵が会場全体に向かって告げる。



「娘はこれで成人となるが……ここで伝えておきたいことがある。娘とガドルカットス家の長男の婚約だが———」


「待ったッ!」


「……何だね? グレインくん」



 おそらく、婚約破棄について話そうとしたのだろう。伯爵は元凶の人物に言葉を遮られたことで、少し不機嫌そうに返す。



 (グレイン、自分から言ってくれるようだな……その方が都合がいい)


「皆の者、聞いてくれ! 俺はメルシアーネ・クラードルとの婚約を破棄する!」


「何だと!?」



 伯爵がグレイン自身から婚約破棄を提案してきたことに驚く中、俺は心の中でほくそ笑んでいた。



「その女は五日前、俺を侮辱する言葉を発し、有ろう事か、Aランク冒険者に俺を攻撃するよう命じた!」


「何だって!? 伯爵令嬢といえど、赦されることではないぞ!」


「そうだぞ! クラードル伯爵令嬢、グレインくんに謝れ!」



 第一王子派の貴族たちを中心に、お嬢様に非難の声が集まる。



「何とか我がガドルカットス家の勇敢な騎士たちが撃退してくれたが、俺は婚約者に裏切られたことで心に深い傷を負った……ッ!」


 (白々しいんだよ、クソ野郎。大体、心に傷を負ったんなら、なんでそんなに堂々と話せるんだよ!)



 俺は頭の中でツッコむ。



「よって、俺は優しく、気遣いができる、このメアリーナ・キルシュフと婚約することにした!」


「「「「「おおーっ!」」」」」



 グレインがいつの間にか隣にいた子爵家令嬢の片手を持ち、頭上に上げると、周りのパーティー参加者から歓声が上がる。



 (所謂、悪役令嬢モノってやつか……? まぁ、調子に乗るのも今のうちだ……)


「皆さん、ありがとう! だが、やはり! クラードル伯爵令嬢には謝ってもらいたいと思う! それが最低限の礼儀だ!」


「そうだそうだ!」


「謝れ!」


 (低レベルな発言ばかりだなぁ……)



 グレインがドヤ顔を頑張って隠そうとしているのが分かるが、もう参加者たちはグレインではなく、お嬢様の方を見ていた。



「え……。わ、私は……!」



 だが、お嬢様は会場内の雰囲気に呑まれて、上手く言葉を発せないようだ。



「ふ、ふざけ————」


「ふふ、はははははッ!」



 伯爵は「ふざけるな」と言おうとしたのだろうが、俺が会場中に響き渡る笑い声でその言葉を掻き消すと、会場内に静寂が訪れ、全ての視線が俺に集まる。



「……おおっ! これはこれはAランク冒険者殿! そこの女に命令されて俺を攻撃しようとしたゼオユーラン殿ではないか!」



 グレインが俺を馬鹿にするように大きな声を上げると、周りの人々が「こんな子供が!?」と困惑する。



「……グレイン様、嘘だけは一流でございますね」


「あ? テメェ、状況が分かってねぇのか!? 誰が嘘を吐いているって……!?」


「グレインという名前の者は貴方しか居ないでしょう?」


「「「「「……」」」」」



 グレインにAランク冒険者と言われていた者とはいえ、平民が貴族、それも最上位の侯爵家の長男を馬鹿にする発言をしたことで、会場内の空気が凍りつく。



「テメェ……何のつもりだ?」


「いやぁ……その答えなら、そろそろ分かると思いますよ?」



 この場に向かう複数の気配を捉えると同時に、俺は不敵な笑みを浮かべる。



「何だと……?」


「————中に入れてくれ! 俺はガドルカットス家の者だ!」


「この手形だけでは会場内には入れません。身分証明をしてくれませんと……」


「俺はナットレール伯爵家の関係者だ! 入れてくれ!」


「其方の方も、入場には証明が必要です!」



 ふと、会場の入り口から幾人かの大きな声が聞こえてきた。






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