第34話


「お、お待ち下さい、グレイン様」


「あ? なんだ?」



 グレインが騎士に命令すると、執事が待ったをかける。



「その者が本当にAランクの冒険者ならば、抵抗されると勝ち目はないかと……」



 執事が一瞬俺に視線を向けて、グレインに注意する。



「お嬢様に危害を加えられるのなら、此方も容赦はしませんよ?」


「ハッ、貴様のような子供に何ができる。お前ら、やれッ!」



 俺は忠告するが、グレインは聞く耳を持たずに、再び騎士に命令する。



「お嬢様、よろしいですか?」


「ええ、勿論」



 俺は一応、お嬢様に侯爵家の騎士を止める許可を求めた。


 騎士二人が前進し、お嬢様を掴みに腕を伸ばす————



「は……?」



  騎士の伸ばした腕は片方ずつ俺の両手に掴まれていたが、誰よりも早く、呆けた顔をしたのは、グレインだった。


 グレインも貴族の例に洩れず、パワーレベリングにより、レベルはかなり高い。

 そして、彼は騎士たちの訓練を見るのが好きなのだ。何故なら、他の人が全く見えない速さで剣を振るう、侯爵家の騎士団の長の動きがハッキリとは言えないまでも、見えるからだ。他の人は見えないモノが見えることで、自尊心を満たすのがこの青年、グレイン・ガドルカットスの楽しみの一つだ。


 ————それにも関わらず、自分よりも明らかに歳下のゼオンの動きが全く見えず、見えたのは、ゼオンが座った状態から、いつの間にか立ち上がり、騎士の腕を掴んでいたというだけだった。


 この事実をグレインが頭の中で理解した瞬間、未知なる体験にグレインは思考停止した。


 そして、時を同じく騎士たちはと言うと、



「なっ、全く動かせないぞ!」「くっ、どういうことだ!」



 掴まれた腕を引っ張ったり、捻ってみたりしようとするが、ゼオンの腕が全くその場から動かないことに驚愕を隠せなかった。



「貴方たち、分かっているんですか? 侯爵家の者の命令とはいえ、伯爵家のお嬢様に危害を加える手伝いをした、というだけで、十分、打ち首になり得ますよ?」



 ここで、俺は騎士たちに再度、忠告する。



「「……」」



 すると、騎士二人が無言で力を緩めたので、腕を解放してやると、二人は後ろに下がっていった。



「じゃあ、こんな所、もう帰りましょ」


「そうですね」「は、はいぃぃぃ」



 俺と完全に空気になっていた侍女がお嬢様に返事すると、俺たちはガドルカットス侯爵邸を後にした。




   ♢



「なにッ! グレインくん……いや、グレインがそんなことをメルに言ったのか!?」


「ええ、そうよ」



 屋敷に戻り、事情を説明すると、伯爵が憤慨する。



「クソッ! 俺も行っていれば……! 済まない、メルっ!」


「ゼオンくんが助けてくれたからいいわよ」


「ゼオユーラン殿……本当にありがとう!」


「俺は護衛の仕事をしただけですよ」



 というか、今のお嬢様なら一人でもあの場から逃げれたと思う。



「それで、今後はどうするんですか?」


「ああ。本当なら、今すぐ婚約を破棄してやりたい所だが……グレインはクズとはいえ、侯爵家の長男。家格に劣る此方から婚約破棄すると、我らクラードル家が他の貴族たちから後ろ指を刺されることになるだろう……」


 (うわぁ……貴族って面倒臭いな)


「そうなのよね……アイツと結婚なんて……」


「い、いや、メル。ガドルカットス侯爵家に掛け合って、今回のことを正式に謝罪してもらえば大丈夫だ。だから、もう少し待ってくれっ!」


「……分かったわ。お願いね、お父様」


「ああ!」



 伯爵は娘の期待に応えようと、勢いよく返事した。




   ♢



 五日後———。


 クラードル家の屋敷で行われるお嬢様の誕生日パーティーの日となった。


 あれから、伯爵は何度もガドルカットス侯爵家に謝罪するよう、抗議したようだが、そんな事実は無いと、一蹴されたらしい。



「本当に済まない、メル……」


「別にいいわよ」


「パーティーが終わったら、例えクラードル家が汚名を着せられようとも、婚約を破棄するぞ!」



 今日のパーティーには、お嬢様の一応婚約者であるグレインの実家であるガドルカットス侯爵家も参加する。伯爵は、その場で直接伝えるつもりなのだろう。



「そこまでしなくてもいいわよ……」


「いや! 絶対にやってやる!」


「はぁ……」



 お嬢様はクラードル家のことを想い、大人しくグレインに嫁ぐと言うが、伯爵は聞く耳を持たない。



「お母様、お父様を止めてくれないかしら……?」


「いいえ、私も怒っています。グレインくんを許すことなど出来ません」


「そんな……ゼオンくんは……?」


「ふふふふふ……」


「……」



 含み笑いをしていて、俺が何も話す様子がないのが分かると、お嬢様は諦めたような顔で溜め息を吐いた。


 ふふふ……アイツは必ず破滅させてみせますよ、お嬢様。


 俺はニヤリと笑うのだった。








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